「『永遠』と云う言葉についてどう思われすか?」
「素晴らしい言葉でしょう。我々は、老い…そしていずれは無に帰る。人である以上、その運命からは逃れられませんから」
「では、あなたは『死』から逃れられないと?」
「私は、全てを手に入れる。死を越える術さえも」
「あなたは面白い方ですね、ミスター。」
「……貴方ほどではありませんよ。レディ」
「そうかもね。でも、貴方は真実を知らないわ。 永遠とは変わらない事、そして…。」
「そして?」
「……まあ宜しいでしょう。貴方に死を越える方法を伝えましょう。」
漆黒の闇の内で、二人の人影がブランデーグラスを掲げあった。
 
 人の欲望と、強い意志…その力によって“運命の扉”は開かれた……。
 
 
TOKYO NOVA-D to Play.By.E-mail
[第1回:2/3Moon.“欠け始めた月”]
 
 
 酸性雨がしとしと地面を濡らすスラムの奥で、ボロボロになった男が踞っている。男の名はテオフラストゥス・カルマ(−・−)通称はテオ。脛に 傷のある輩の治療を専門とする、闇医者である。
『肉体から精神まで治せないモノはない』
“癒し手”を気取るわけではないが、自分の腕に自信はあった。
 それが、仇となった。極秘で預かっていた非合法ドラック中毒患者のショック死、
……たった一度の診療ミス。
普通ならばどうということはない。
だが、相手がいけなかった。とあるメガコープの役員の一人息子。
一度のミスで、テオは今まで築いていた全ての名声を失った。
 追い立てられ、泥を囓り、行き着いた先はスラムの中であった。口座は凍結、キャッシュはすでに使いきった……。
「これで、終わり…か。」
塗れたコンクリの壁にもたれながら最後に一本残ったタバコに火をつける。
カチッ カチッ
しけったライターは火花すら出さなかった。
「見たところ【タタラ】のようだが、何かあかったのかね?」
品の良さそうな男が自分の方へ傘を掲げた。
「……どうあろうと俺の勝手だろ」
「ああ、確かにそうだな……」
男は無言でオイルライターの火を灯した。
「生きたいかね? ……【タタラ】として」
その優しげな言葉が凍えた自分の心を溶かした。
差し出された火は、実に暖かげだった。
 
*    *    *
 
(――つまらねぇ)
グリーンエリアを巡回しながら、SSS巡査部長:山本リョウジ(やまもと・−)は誰彼と無く悪態をついた。
 役立たず・事なかれの代名詞という不名誉な“二つ名”で呼ばれる『SSS』の中で、神をも恐れぬサイコ共が
唯一恐れているのが、山本リョウジ の存在である。
『犯罪者拿捕率、94.6%』
驚異の戦歴の保持者。…ただし、斬殺死体の生産作業を拿捕と呼ぶならばの話だが…。
 ストリートのサイコ達は、彼をこう呼び讃える。“死の猟犬”と……。
その猟犬は、最近暇をもてあそんでいた。N◎VA軍の治安維持活動。“ボーイスカウト”精神に満ち溢れる
ブラックハウンド遊撃部隊の設立。 N◎VAの治安がよくなったわけではないが、彼らの活躍のおかげで『SSS』に
大仕事が回ってこなくなった。
(異動でも志願しようか……)
そんなことを考えていた矢先――――
 
ガシャアアアン!!
 
金属が激しい音を立てた。
(――仕事だ。)
山本は、ニヤリと笑みを浮かべて、音が聞こえた路地に駆け込んだ。
 
「うごくなっ、『SSS』だ!!」
サメのような笑みを浮かべながら、路地を抜ける。
 その場にいるのは、血まみれの女学生、クグツ風の女性、そして蜂の巣になったサイコが2人……。
クグツの腕はサイバー義肢のようだ。
(この、クグツがやったのか?)
クグツは、見たところ丸腰である。もっとも体内隠蔽型火器が普及しているN◎VAにおいて、見た目“丸腰”と
いうことが無害の証拠とは成り得な いのだが……。
「これは、姉ちゃんの仕事か?」
警戒を怠らず、クグツに近寄る…。
「申し訳ございません。主人の生命の危機のため、やもなく殺害いたしました! 正当防衛権の範囲と思います。
不審にお思いなら…後日出頭いたし ます。
今は、主人が重傷故、病院に搬送させてください!」
クグツは、そういってIDデーターの写しを渡した。
「おい、この嬢ちゃん。 どう見ても助からない…」
その言葉も耳に貸さず、クグツは風のように車を走らせた。
 
*    *    *
 
「私におりいった用とは…仕事のことか?」
ナイトワーデン社長室のソファに一人の厳つい男が臨座している。彼の名は揚紅龍(やん・ほんろん)。N◎VAでも
十指に入るであろう技量と信念 を兼ね備えた凄腕のカブトである。
「そうだ。君ほどの腕がなければ頼めない大仕事だ。私の友人からの推薦状も頂いている。」
デスクに座する、“カブトの父”ブロッカーが念を押す。
「推薦者の名は?」
「『TF』会長:粕川うらら女史だ。依頼主は、『TF』の支援者の一人と考えて良いだろう」
ブロッカーは、そう言いながらコーヒーを口に運ぶ。決定権は揚に委ねている。それだけの信頼が両者にはあった。
「依頼主、或いは連絡役と会わせてもらおう。請ける請けないは、その後だ」
わかっているよと苦笑しながら、ブロッカーは内線をとった。
「依頼主の秘書がこちらに来ている。彼女から詳しい話を聞いてもらおう。」
 
「『TMS(月代・メディカルサポーツ)』社長:月代一馬[つきしろ・かずま]の代理として参りました、エリザ[−]と申します。」
エリザと名乗った端麗な女性は、深々とお辞儀をした。
(――『TMS』。確か、規模は小さいが独自の技術で医療界に切り込みをかけている新進気鋭の医療企業だったな。
…解せないのは、この女がフ ル・ボークだということだ)
揚が現場で培った戦術眼は、彼女の身体は戦闘用の全身義体で出来ている事を見抜いている。
医療品会社の秘書が行うべきサイバー化ではあり得な い。
「……話を伺おう」
ミラーシェイドの奥で、揚の瞳が鈍く光った。
「依頼内容は、会長:月代めぐみ[つきしろ・−]の護衛。期限はとりあえず一ヶ月。それを越えるようでしたら、再度商談いたします。
報酬は1プ ラチナム。危険手当と必要経費はその都度相談に応じます。」
(月代めぐみ……。広告塔役のお飾り会長か)
揚は解せないと思った。会社を潰すならば、広告塔よりも頭脳を潰すべきであろう。これには、裏がある。揚の直感がそう告げている。
 ……しかし、断らなかったのはエリザと名乗る秘書の表情と言葉に嘘は感じられない事と、少女の死骸をみるのはうんざりだという
自分の過去のせ いであろう。
 
*    *    *
 
「おねがですっ! 父さんと、母さんの敵をとってください」
ストリートの路地裏で少女は、曲狩剣鍬(まがり・けんしゅう)に泣きついた。
彼は、ハザード前……平安と呼ばれた頃より、この世のあらゆる悪を断ってきた『曲狩(まがり)の一族』第百六十三代正統継承者である。
継承者 は、曲狩の教えに従い、己が剣を以て悪を断ち、世を耕す鍬となるべく「剣鍬」の名を踏襲している。
「…………狩るべき悪の名を教えてもらおう」
「『TMS』の会長、月代めぐみっ!
お父さんも、お母さんも…クグツに連れて行かれたまま帰ってこないの」
「『月代』…? まさかな」
曲狩の脳裏に、同姓の吸血鬼一族の名が過ぎったが、心の奥にしまった。
「君の懇願を受け入れよう。曲狩の剣の名にかけて、悪を断とう!」
少年は力強く頷き、雑踏の中に消えていった。降る酸性雨降りゆく路地のなかで少女は、立ちつくしていた。何時までも。
俯いたままの少女の表情は 分からない。
 
「…………“大公”自らが、道化をなさるとは。」
路地の闇より、執事風の男が現れ、恭しく一礼した
「我々の伝説にも残っている、退魔師の一族:曲狩。 
……少し失望したわね。」
「――と申しますと?」
執事は、タオルを差し出しながら訊ねた。
「余りにも歴史の中に埋もすぎたからよ。狩人は、狩りを続けれなければ勘を忘れるの。
今の一族を動かしているのは、“時代遅れの慣習”。それだけよ。
…正に“道化”といったところかしら」
少女は面を上げ、年不相応の妖艶な笑みを浮かべた。
それを待ち受けていたように雲は空から去り、血のように紅い月が姿を見せた。
「さぁ、愛しの姫君は…どう動くかしら? 
 …あなたは、どう思います?」
少女は、虚空に向かって囁きかけた。
天空に在る欠け始めた紅い月は、なにも答えなかった。
 
*    *    *
 
 
 この世の退廃の創り手、【エグゼク】達が集う会員制の高級クラブの一角で、倉敷恭也[くらしき・きょうや]は静かにグラスを傾けていた。
「ご一緒して、よろしいかしら?」
漆黒のナイトドレスを着た妖艶なる美女が、返事も待たずに、ボックスに座り込んだ。
「『千早重工』の倉敷恭也さんね。『TMS』の内紛を治め、特許の使用権を認めた英雄……。噂はかねがねきいているわ。」
ブランデーを転がしながら、倉敷は視線も向けずに囁いた。
「――君は、口が過ぎるようだな」
「よく言われるわ」
微笑みながら、優雅な手つきで倉敷の手からグラスを奪い、琥珀色の液体を飲み込んだ。
「で、君は私に何の用かね」
「貴方に、興味を持った…じゃいけないかしら?」
「ほぅ。」
「…朝までご一緒するわ」
深紅のルージュがやけに淫靡にみえた。
 
「……そういえば、君の名を聞いていなかったな」
夜景を背に、グラスを傾けながら倉敷が呟く。シャワールームから、お湯の流れる音と共に、声だけが返ってきた。
「モーリガン=ル=フェ(−)よ」
「モーリガン…。なかなか詩的な名前だな。
 勝利を運ぶ女神なのか、アーサー王を破滅させた魔女か……君はどちらだね?」
「………貴方の望むように」
バスルームから、タオル一枚のモーリガンが現れた。
薄暗い照明の中、二つの蔭が重なり合った……
 
 
*    *    *
 
 
「こいつは、“買い”だな!」
煩雑な部屋の中で、男はニヤリと微笑んだ。
ストリートで自称“愛と真実の”情報屋を営む、ルクセイド=タカナシ(−・−)の下にはN◎VAを飛び交うあらゆる情報が集められる。
株式情報。企業の動向を見切る上でこれほど便利なものはない。
「企業も大人しくなったこのご時世に…イキのいいこった。」
『TMS』、彼が目をつけたのは社員100人前後の子会社である。
「他に追随を許さない独自技術をもつ子会社。へっ、謀略の的だよな。」
株式情報とTMSの経営状況を調べる。『TMS』は1年前に、会長派と専務派による内紛が起きており、千早重工の介入により
会長派が勝利したと いう過去がある。その後、千早重工のバックアップもあり、現在の経営状況は良好。株式は上昇して当然ともいえる。
しかし、ここ数日の上昇幅は異常だ。
 何者かが、意図的に『TMS』株を大量購入していることは間違いない。
「ご同業、せいが出るねぇ」
不意に、肩を叩かれる。
「誰だ、あんた?」
「――神宮桃次(じんぐう・とうじ)。名前くらい聞いたことないかな?」
タカナシは、数秒考え込んだ後、ニヤリと笑った。
「思い出したぜ、“放送コード無視”の取材で話題になったな?」
「まあ、そういう所さ。噂もあながち間違いではないからなぁ、“愛と真実の情報屋”君。」
「よくご存知で」
クルードな二人はニヤリと笑い合った。
「『TMS』について詳しい情報を持たないか?」
「タダじゃないだろ?」
「株式情報の裏でどうだ?」
「のった!」
商談成立とばかりに、お互いにニヤリと笑う。
「いろいろと、ダミーの人間を使用しているようだがな。『TMS』株式を買いあさっているのは、雪雅代[すずき・まさよ]というブローカーらし い」
「聞いた事ねぇ」
「奇遇だな〜。 私もだ」
再びニヤリと笑う。
笑いながら偶然通りかかった露天商から缶コーヒーを抜き取りカッパーを放る。口をつけ、神宮は宣わった。
「まあ、情報も武器だってことだ」
 
(ヘヘッ…。こいつは特ダネだ)
二人が別れた後、その場に唯一残った露天商が嫌らしい笑みを浮かべる。
男の名は、樞綿彦(とぼそ・わたひこ)。非合法ドラックから情報までなんでも売りさばくブローカーである。
(この情報、どちら側に売っても損はないな)
そして、この男には誇りという言葉が存在しなかった。
 
 
*    *    *
 
 
 
(……また、何かが始まろうとしているのね)
木更津湖湖岸を散歩しながら、月代めぐみは思惟にふけっていた。昨年に起きた一族の内紛は、叔父1人の命を代償に収めることが出来た。
 人通りも疎らな湖岸歩道、ベンチに腰掛けている
男が、気付かれないようにめぐみを視線で追っていた。
(こいつを拉致すればだけか。イージー・ミッションだな。)
懐に、“雷神・改”スタンバトンが入っていることを確認し、ゆらりと後を追う。
 
ドン!
 
その刹那、ぶっきらぼうに歩いている警官とぶつかる。男…いや、誘拐犯はドキリとして後ろを振る向いた。
(……『SSS』か、驚かせやがって………!)
いざとなれば、彼奴は始末すればいい。
そう思いながら、気配を消しつつ近寄る。スタンバトンを振り上げようとした瞬間、誘拐犯は自分の右手が無くなっていることに気付いた。
「よう、危険物無届所持と誘拐未遂の現行犯だ」
背後から呼びかけられてる。誘拐犯の真後ろには“降魔刀”を玩ぶSSSの警官…
山本リョウジが立っていた!
「右手に力を込めなければ、もげないように斬っておいたんだけどよぅ…。
――運が悪かったな。」
誘拐犯は、無言で“オメガRED”を起動させた。
「やめとけやめとけ。全力で動かない方がいいぞ」
その声が届く前に、光が零れた!
……ゴトリという音がして、首が落ちる………。 
「だからいっただろ? 運が悪かったなと……」
トントンと血塗れた刃の背で肩を叩きながら、リョウジはめぐみの方に歩み寄る。
「さて…と、あんたの方にも事情を聞かなきゃいけないんでね。 …ご同行願おうか?」
「あ、あなたは……? どうして私が!?」
「公務だ。 理由を述べる必要はない」
有無もいわさぬリョウジの気迫と、血塗れた白刃。女子を威嚇するには十分すぎる。
 その現場に、もう一つの気配が現れた。
「待て。」
上等の三揃え(スリー・ピース)にミラーシェード。そして、不動の信念……。この人物が、【カブト】であることは誰の目にも明らかである。
「誰だ、あんた?」
「……貴女のボディ・ガードだ。官とはいえ、筋は通してもらいたい」
「…警察に楯突くと、公務執行妨害で逮捕だぜ?」
「できるのか、“SSS”?」
「――よぅし、お前は逮捕だ。」
その瞬間、降魔刀が真一文字に振り下ろされた。
が、白刃はカブトの籠手に阻まれる。真っ赤な火花が二人を分かつ……!!
「依頼主に危害を加えるならば仕方ない。……龍の逆鱗に触れると言う言葉の意味を、身を持って教えてやろう。」
カブト:揚紅龍は、腰の太刀を引き抜く。数打ちの刀とは、明らかに違う神々しき輝きが見る者を圧倒させる。
「…参るッ!」
下段からのなぎ払い、予想外の太刀筋にリョウジは反応しきれない。切っ先はリョウジの頬をかすめた
「いい、動きだ。【カブト】にしておくには勿体ない」
ニタリ…と、実に楽しそうに…それでいて残酷な笑みを浮かべる。
「じゃ、俺も本気を出さないと…失礼にあたるな」
降魔刀を左手に持ち替え、背中の太刀を引き抜く。
「関の銘刀:魂時雨(たましぐれ)。そうそうお目にはかかれないぜ」
(………こいつは、)
揚は、ただの“SSS”とは違うこの男に、戦慄というものを感じた。
(『SSS』の……“死の猟犬”だっ!!)
揚は覚悟を固め、“駆龍”と銘打たれた愛刀を正眼に構えた。
「いくぜえぇぇぇぇ!」
ガキッ!!
二本の降魔刀・真打は、ぶつかり合いながら火花を散らす。お互いに、離れることも出来ないままの鍔迫り合いが続く…。 
 
「――待てっ!!!!」
 
揚、リョウジ、めぐみの視線が声の方向に集中した。
夕焼けを背に、誰かが立っている。逆光のせいであろうか、シルエットしか確認できない。
 
「…夜の次には必ず朝が訪れるように。悪しき者には正義の刃が降る。 
……人、それを『断罪』と云う……」
 
「……誰だ、手前は?」
勝負に水を差されたリョウジが不機嫌に問うた。
「曲狩一族、第百六拾参代正統継承者…曲狩剣鍬っ!」
光が、飛び散る。
「幼き者の怨嗟の声が、曲狩の剣を呼び寄せる。月代めぐみ、覚悟してもらおう。 
……旭光(あさひ)よっ!!」
天高く掲げた右腕に、光芒と共に一降りの太刀が顕れた!
「……た、退魔剣!?」
ゾクリとめぐみが震えた。震えてから、自分が零した言葉に驚いた。 二人の男はめぐみの所作には気づいたてなかったようだ。
「お前も、依頼主(クライアント)の命を狙うか」
剣鍬の前に、揚が立ちはだかる。たとえ二人がかりであろうとも相手をする。無言で周囲に語る。リョウジはやる気が失せたように
真打を鞘に仕舞い 掌をひらひらとふった。
「平安より悪を狩り、百六拾参代にわたり研鑽を重ね続けられた曲狩の太刀。邪魔をするなら、何人たりとも切る!」
退魔の太刀:旭光を正眼に構えながら剣鍬は揚の前にでる。
「……来い。」
「後悔するぞっ!」
 
一閃
 
旭光は、涼やかな金属音をたてて、木更津湖に落ちた。
「馬鹿なっ!」
「……これが、現実だ。」
やる気がなさそうに、リョウジがつぶやいた。
剣を構える揚に油断はない。
「こんな無茶苦茶な剣技、聞いたことがない!
 貴様、何流だ!?」
「――独学だ。 いつの間にか身についた」
「馬鹿なっ!?」
その遣り取りに、リョウジはため息と哀れみを向けながら囁いた。
「…ボウヤ。虎や獅子がどうして強いか教えてやろうか?」
全員の視線が、リョウジに集中する。それを確認してリョウジは一言。
「――――元々、他の動物より強いからだ。」
「巫山戯るなっ……!?」
剣鍬の激昂は、最後まで口から漏れなかった。いつの間にかリョウジの右腕に隠されていた“MDガイスト”、首筋に押し当てられていた。
「カビの生えた、お座敷剣道はN◎VAでは役に立たないんだよ、“ボーイスカウト”!
 怪我をしないうちにお家に帰りな。N◎VAには、怖いおじさんが多いからな」
「クッ、くそおおおおおおおおおおおおっ!!!」
剣鍬は光に包まれ、消え失せた。
 
「……趣味が悪いな」
「口で言っても解らない、糞ガキにはあれが一番だ」
剣を収め、見合う。めぐみが揚を促して傍らのカフェテリアに足を運んだ。無論、リョウジもそれに続く。心の内に刃を抱く者は、
刃を交える事で解り合えたのであろうか。
 
*    *    *
 
宇宙。大航海時代のごとく、人が新天地を求め彷徨う星の海……。その海を亜軌道シャトルという船が進んでいる。
千早グループ御用達のシャトル。その中にあるゲスト用の特別室で少年が、古風な紙製の書類に目を通していた。
「『TMS』社。なかなかに面白い企業と提携を結んでいるようですね。雅之さん」
「……『TMS』の“エリキシー”ブランドは、岩崎やBIOSですら開発していない高品質品。加えて、製薬/調合できるのは『TMS』の【タタ ラ】のみ。
この技術を利用しない手はありません」
壁についているモニターには千早重工社長:千早雅之が映っている。
「この、会長:月代めぐみという少女は何者でしょうか?」
「…お飾りというのが、一般的な評価です。」
少年、千早グループ統括査察部課長、クロウ=D=G(−・ディトリッヒ・ガルガンダス)はクスリと微笑んだ。
「じゃあ、あなたの評価は?」
「長には、二つのタイプが有ります。本人の絶大的な能力で部下を動かす専制君主型。部下に全てを任せ、公正な見識で評価する議長型。」
「あなたは彼女に長の器を見いだしていると?」
「…そこまでは言っていません。今の彼女は、只の学生です」
「そうですか。…で、わたしはどのような仕事が待っているのですか?」
「『TMS』対外折衝の担当:倉敷のサポートをお願いします。 指揮下に入る必要はありませんので、貴方の判断で行動下さい」
「…わたしの行動は、『重工』とは一切関わりない。…そう言いたいわけですね」
「貴方のお好きなように解釈して頂いて結構です。
空港に、我が社の社員を案内役として配備しております。詳細はその者にお聞き下さい。」
「まあ、いいか。 どう動くか楽しみだね、アルクル」
実に愉快そうに、少年は傍らの黒豹に語りかけた。
黒豹は、眠そうに大きな欠伸をした。
 
 南房総国際空港のチャーター機用滑走路に企業人らしからぬ高貴な容姿をもった女性がジェットの到着を待ちわびていた。
(まだかなぁ〜。倉敷次長とのセッティングの時間に遅れちゃうじゃない)
千早重工営業部のクグツ、鈴希(すずき)は心の中でぼやいた。営業部きっての敏腕者、ただし本人にその自覚はない。
ついでにいえばそれだけ働いたわけでもない。常に、状況が彼女にとって有利にはたらいているのだ。
「あ、来た来た。」
彼方から着陸態勢に入った亜軌道ジェットが降りてくる。
(千早グループ全てを監視する、査察部のエグゼクってどういう人かしら)
彼女は、心の中でビシッとブランドもののスリーピースを着こなした辣腕の壮年を夢想した。
 タラップから降りてきたのは、どうみても自分より年下の黒豹を連れた少年だった。
(査察官の子息かしら?)
鈴希を確認した少年は優雅な笑みを浮かべつつ、歩み寄ってこう告げた。
「初めまして、千早グループ統括査察部課長:クロウ=D=ガルガンダスです。」
鈴希は、頭の中が真っ白になった。

 
*    *    *
 

『TMS』の社長室、質素だが品の良さそうな社長卓に白髪交じりの男が夕焼けを背に座っている。
貴族を思わせるこの壮年こそが『TMS』社長、月代一馬である。
社長室に白衣を身にまとった男がはいってくる。
「やあ、商売の方はどうだね“ドクター”。」
「貴方のお陰で、【タタラ】らしい生活を営んでいます。
ところで……姪御さんも含めて、月代さんの身辺がキナ臭いように見受けますが?」
「覚悟の上だ。しかし、この度は犯人も動機も見あたらない」
「……しばらく、あんたの傍でボディガードの真似事をさせてくれないか? 姪御さんは護衛がついたが、貴方に護衛は居ない。」
「そこまでしてもらわなくても構わない。」
【タタラ】は、ドンと音をたてて机に両手を置いた。
「俺は、あんたのお陰でタタラとして立ち直った!
……俺に恩返しをさせてくれ」
「ありがとう。 …だが、何が起こるか判らないぞ」
「覚悟のうえだ」
机の上のDAKから内線呼出がはいる
「社長。タカナシと名乗る方がご面会を求めておられます。アポイントはございません」
(噂をすればなんとやら……)
二人は、互いに見合い、頷き合った。
 
*    *    *
 
煩雑としたタタラ街のオフィス。その中の雑居ビルの一つに雪雅代のオフィスがある。
「こいつかぁ。まあ隠れるのには最適だな」
趣味の悪いアロハシャツに金ネックレスにジャケットを着込み、十人誰もが【レッガー】と答える格好の樞がオフィスの入り口に立っている。
この間、ストリートの情報網を駆使していくばくかの情報と、彼女の仕事の証拠をつかんでいる。
「んじゃ、一儲けさせてもらうか」
アポもなく樞はオフィスのベルを押した。
 
「初めまして、オレはストリートで何でも屋を営む、
樞ってもんだ。雪さん、あんたに“ためになる話”を持ってきた」
下手に出ながらも、決して毒は隠していない。
いかにも、実業家然とした怜悧な女性…雪雅代は、表情を変えずに返答した。
「アポイントもなしに訪れるとは、とんだ礼儀知らずね。 …まあ、いいわ。話を聞きましょう」
樞はニヤリと笑って手を差し出す。
「嫌ならいいんだぜ、『TMS』なり『セニット』の取引委員会なりに話を持ち込むことだって出来るんだ」
「……モラルの欠片も無いわね。」
「ハッ、姉御だって似たようなもんだろ?
上品な談笑はナシにしようぜ」
「まあ、いいわ。」
シルバーを1枚差し出す。
「毎度。『TMS』には、千早重工が肩入れするらしいぜ。他には個人的に月代一馬に肩入れする“ボーイスカウト”が数人、
なかなか人望があるよ うだな」
「……千早重工の誰?」
「倉敷恭也って云う奴だ。選り抜きの辣腕家らしいぜ? 
姉御はそいつに勝てる自信があるのか?」
その言葉を受け、雅代は微笑む。
「何も、問題ないわ」
 
 
*    *    *
 
 
 
「へぇ〜『TMS』の株価が急上昇? あのお嬢様の会社、流行っているようだなぁ」
N◎VAの仮事務所で、自称:トレジャーハンターのフリュウ(−)はDAKからのハードコピーを右手に、左手にティーカップをもって優雅な午後 を満喫していた。
世界を飛び回るこの大学■(←検閲)年生は、とある爆弾魔事件で仕事を共に行い、月代めぐみと知り合いとなっている。
「ちょうど今、暇だし……休養がてら、訪ねてみるか――」
トレジャーハンターにとって、投資や仕事を廻してくれそうなスポンサーへの挨拶回りは非常に重要な仕事の一つである。
 
 
*    *    *
 
 
「毎度、“愛と真実の情報屋”ルクセイド・タカナシっうもんです。」
社長室に通されたタカナシはオーサカ商人よろしく下手に出た。
「それで、私に如何なるようでしょうか?」
月代一馬も一社を預かる【エグゼク】である。人を見抜くような瞳でタカナシを見据える。
「いや〜すいませんねぇ忙しい所を…。実はね、旦那が欲しがってるんじゃないかな〜と思って持ってきたものがあるんですよ〜。
情報ってのは旬がだいじですからね」
「…どのような、情報を欲しがっていると?」
秘書がおいていった珈琲を口に含みタカナシに問う。
「そのまえに、人払いを〜」
視線は、傍らに臨侍するテオに注がれる。
「彼は、優秀な【タタラ】であり、私の相談役だ。何も問題ない」
(こいつがTMSの秘密兵器“エリキシー”ブランドの主要開発者か?)
それにしては、垢抜けている、後でこいつの調査だな。そう思いながら、タカナシは話を続けた。数枚のハードコピーを出す。
そこにはここ数日のTMS株購入者のリストが載っていた。
「ま、こういう仕事してると目端が利いてなくちゃやっていけませんよ。……と、いっても、お宅の株が変に上がってることくらい
誰でも知ってま すぁなぁ。
ぼちぼち、他の企業や、千早さんも動でしょうなぁ……。旦那方みたいに企業の看板ぶら下げてちゃ、妨害に会ったりで手に
入らない情報だってあるでしょ?
ま、そんな時のためにうちらみたいな情報屋がいるんですがどね。どうです?これからどうせ、よそからの妨害が入るだろうし、
このリストから先の情報も知り たいでしょ?」
タカナシは、にやりと笑い一馬を値踏みした。
(経営者……というより、学者だな。)
タカナシはそう思った。
「……先はあるのか」
横からテオが口を出した。
済まなさそうに、頭をかく。そう簡単に全情報を晒すわけにはいかない。レートを吊り上げれる内は、渋った方がいいと思った。
「ところで、心当たりはあるんですかい?」
回答代わりに、質問をする。
「どこの企業も、同じ危険は孕んでいるものです。とにかく、何か情報がありましたらお願いいたします。 …些少ですが、お車代です」
シルバーが1枚古風な封書に包まれて差し出された。
 
「信用できるのですか?」
テオが、冷めた珈琲を飲み干す。
「TMSには諜報機関が無い。それに、誇り高き『一族』がそんな仕事を好むと思うか?
……我々には、手駒がなさすぎるのだ。信用するしかない。 …無論」
一馬は電話をとった。
「エリザか、私だ。 ルクセイド・タカナシという男について情報を集めてくれ。今から、どこに向かうかも忘れないでくれ」
 
(インテリの学者さんを丸め込むなんてワケがないぜ)
ステッペンウルフを駆りながら満足した。
(まあ、学者さんなんていうのは…『理論』通りに動かれるからなぁ〜)
そういって、ブーストをかけた。これも、『理論』通りの事であるかのように…。
「……追尾失敗です。タカナシという方の運転技術は並ではないようです。…追いかけますか?」
背後から、ステイヤーMk-2で尾行をかけていたエリザが、スロートマイクを通して一馬に報告する。内耳にそのまま、
追跡中止とめぐみを迎えに 行くようにと命令が聞こえた。
 
「撒かれたようですね。【カゼ】でしょうか?」
「見事という他はない。 …しかし、あまり当社を嘗められては……な。」
「どうされるのですか?」
「不本意だが、“裏業”を使う」
そういいながら、自分に不慮の事故で没しためぐみの父…実兄ほどの手腕、あるいは“能力”があれば、とため息をついた。
 
 
*    *    *
 
 
「――――ご注文は?」
「珈琲、キリマン」
「烏龍茶だ」
「では、ウバを……」
湖畔のカフェテリアで、三人は飲み物をオーダーする。
「紅茶を追加、ダージリンで」
その台詞に、全員の視線が集中する。
「やあ、ごきげんよう。今日あたり、ここで会えるような気がしましたよ」
淑女に向かう騎士のように、フリュウは恭しく礼をした。
「ところで、聞くところによると内部でゴタゴタがあったとか?」
ティーカップに口を付けフリュウが訪ねる。
「はい。我が社の幹部が、クーデターを起こしました。
幸い、千早グループの援助を頂き、事なきを得ましたが」
「……で、また命を狙われるか? 災難が絶えないな」
キリマンジェロの酸味がきいた香りがたちこめる。
「心当たりは?」
烏龍茶の含み、揚が訪ねる。
「この度は……ありません」
めぐみが沈痛な表情で応える。
(ああ。本当に心当たり無いようだな。)
めぐみをちらりと観る。
(……本当に、ミステリアスなレディだ)
淑女然しためぐみは、時として達観した言葉を話す。まるで
全てを観てきたような悲しそうな瞳で。
揚は、そのような喧噪を余所に一点を凝視していた。
(視られている)
視線で、リョウジに語る。ジロリと目線で周囲を威嚇する。
(――こいつ、ただものじゃねぇ!?)
精神的に制圧されている客達を後目に、トレンチコートにテンガロンハットを被った男は、悠然とコーヒーを飲んでいる。
やがて、こちらに意味ありげな笑いを向け、店を出た。
(あの野郎、誘ってやがる!?)
(――追うか?)
リョウジが降魔刀を片手に駆け出そうするところを、フリュウが制した。
「ここは、本職におまかせを」
 
(変だなぁ、あの男…素人にはみえないのだけど)
男は、こちらに気付いていないらしく、木更津湖畔を抜け、路地に入っていく。
(そこは、行き止まりの筈だ)
フリュウは、路地に駆け込んだ
 
「……フリュウさんを追いかけましょう」
「カブトとして、賛成しかねる」
揚が二杯目の烏龍茶を器に注ぐ。
「あの男から、危険な香りがするのです!」
リョウジがふうと溜息をついた。
「お嬢様も、“ボーイスカウト”かい。
いや、この場合は“ガールスカウト”か?」
「――いきます!」
二人の制止もきかず、めぐみはカッパーを数枚、机において走り去った。
 
「恐れずに、良く来たボウヤ。」
路地に立ち入った刹那、妖しい男は振り返りフリュウに語りかけた。
「あなたですか? 月代のお姫さんを狙っているのは」
男はクククと笑いながら、懐からピストルを取り出し、ホールドアップを促した。
その刹那、一陣の疾風の鞭がピストルとテンガロンハットを弾き飛ばす! 男は、咄嗟に腕で顔を覆った。
「やれやれ、まいったね……。僕はただのトレジャーハンターなんだけどな」
「……【風使い】か!?」
「疾風は何者にも捕らわれず、さ」
【バサラ】を知るものだと悟り、フリュウは恭しく一礼した。
「……後悔するぞ、小僧ッ!!!」
急に空気が冷えだした…ような気がする。
“フェイトの勘”というのが、正確な表現なのかもしれない。
突如、男の背中を引き裂いて悪魔の翼が顕れた!
顔を覆う腕をずらした…その顔には何も無かった。
「ア、悪魔っ!?」
「ククク…悪魔カ? 人間ドモハ、ソウモ云ウ。
我ハ誇リ高キ<夜の一族>ノ隷(シモベ)…ナイト=ゴーント[−]!」
「よ、夜の一族!?」
「人間風情デ、我ニ傷ヲツケタ報イ…。貴様ノ魂ヲ喰ライ尽クシテヤロウ!」
闇が、襲いかかった!!!!
 
いつのまにか、フリュウは午睡をしていたようだ。
「おぼっちゃま、このようなところで眠られたらお風邪を召しますぞ」
ゆさぶられ、自分を眠りから連れ戻す。
「ロ、ロッシュ!?」
遠い故郷の屋敷に、長い間仕えている執事は、神出鬼没に顕れ自分の世話を焼く。
「なあ…あんたいつも、どうやって僕の居場所を突き止めてるんだ? どこかの事務所に落ち着いた次の日くらいには現れるよな……?」
ロッシュ執事は、顔を綻ばせながら、茶の用意をする。
「私は、お家よりフリュウ様のお世話を言い遣っておりますゆえ。それから、フィルリーア様からの伝言がございます。あまり無茶はなさらないよう に、と――」
「ああ、そうか」
故郷の婚約者のことを思い出す…………。
穏やかな午後は、何事もなく過ぎていく。…何事もなく…
 
「眠レ、深淵ノ目覚メヌ夢ノ中デ……」
ナイト・ゴーントの目の前で、フリュウは眠りについた。
その姿をみてナイト・ゴーントは満足げに頷いた。
 
 
*    *    *
 
 
「初めてお目にかかります。ガルガンダス特務査察官殿」
千早アーコロジー内のVIP用の面談室にて、クロウ・鈴希・倉敷の三者は向かい合った。
「倉敷さん。堅苦しい挨拶は抜きにして…『TMS』について詳細な情報をいただきたいと思います。」
軌道人特有のロイアル・スマイルを浮かべクロウは倉敷の異常なほど慇懃な挨拶に返礼する。
「詳細は先ほど、鈴希に持たせました資料に載せてありますが?」
「『千早重工』が『TMS』と関わるようになった……一年前の事件について、当事者である貴方の意見を伺いたいのです」
(……こいつ、【マネキン】ではない…ということか)
倉敷は、相手を嘗めすぎていたという事に第一声で気付いた。
このガキが、ただの七光りではないということに気付ける者は少ないであろう。倉敷も只の安楽椅子【エグゼク】ではない。
様々な現場を立ち回り、あまたの同僚を押しのけて管理職の地位を得た叩き上げである。
「『TMS』は、取締役5名によって運営されているよる株式会社です。社員数は100名足らず。主要の人物として、
代表取締役会長:月代めぐみ、取締役社長:月代一馬があげられます。」
「この、会長は“マネキン”だという事が資料で見受けられましたが、貴方の私見としては?」
「…………特務査察官が格好の例かと存じます。」
「それは、好意的に受け取ってよいのでしょうか?」
倉敷の返事はない。
「一年前、取締役専務:月代継男氏が、会長と親・会長派を一掃しようと、『TMS』の株式を掌握しようとした事件が起きました。
当社としては、常々『TMS』と親交を深めたいと願っておりました矢先でしたので、私の一存で『TMS』会長派に梃子入れをさせて頂きました。
 結果、役員層の支持は会長側に集まり、月代継男氏は腹心と共に自殺。事態は収拾の運びとなりました」
「……で、今回の事件と一年前の関連性は?」
「鋭意調査中でございます。」
「――解りました。わたしの方でも独自の調査を行わせて頂きますが、かまいませんか?」
「特務査察官殿の敏腕ぶりを拝見させて頂きます。ここにいる鈴希を秘書兼案内役としておつけいたします。お役に立てると思いますが?」
「ご厚意、感謝いたします」
(――はにゃ〜〜ん!?)
二人の【エグゼク】同士の腹の探り合いに同席しただけでも、お腹いっぱいなのに、まだ関わり合うの!?
鈴希は、己の【クグツ】的不幸を嘆いた。
(それにしても、倉敷次長…本気で怒っているようだわ。)
鈴希は、震えた。倉敷も独立行動権を有する一己の【エグゼク】である。二十年ばかり修羅場を潜り抜け、
ようやく掴んだ“栄光”を上回る地位と特権を、目の前の子供が、当たり前のように有しているのである。不機嫌にもなるであろう。
大人は総じてクソ生意気なガキが嫌いなのなのは間違いない。そのガキが大人面で自分のシェアを荒らしに来たのである。怒るなと云う方が、無理で ある。
鈴希は、これからの行く末を考え溜息をついた。
 
 
*    *    *
 
 
「その人から、離れなさいっ!」
「――ダレダ?」
黄昏時の残光を背に、月代めぐみが立っている。
「お前は…夜の従者! アストラル界に住むお前達がどうして物質界に!?」
「ククク。アノ御方ガ、道ヲ開キ…我々ヲ導イテ下サッタノダ」
「あの御方? …まさかっ!?」
「ソウ、オ前ゴトキ、異端ノ徒トハ格ガ違ウ夜の<始祖>、“大公”ダ!」
めぐみの顔が青ざめる。そして………日が沈む。
「…夜ガ来タ。 我ノ真ナル業ガ振エル刻ダ。」
めぐみは、俯いた。
「とにかく。その人を放し、ここから去りなさい!」
「立場ガ、オ解リデナイヨウデスナ、姫……ッ!」
いいかけて、ナイト・ゴーントは絶句した。周囲の空気が歪んでいる。
「……従者が……、主に勝てると思うの?」
血のように紅く輝く瞳を頌えためぐみは、まさしく人ならざる者…【アヤカシ】であった。
凍り付くようなオーラ、普段の淑女(ミストレス)然しためぐみとは全く違う、この世の者ではない妖の貌。
存在レベルで決して購えぬ距離。いうなれば、主人と奴隷の関係……この空間は、
<帝王の時 間>ともいえる。ナイト・ゴーントは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。
「――去りなさい」
めぐみの言葉に、ナイト・ゴーントは、脱兎のごとく闇に消えた。
 
めぐみの足下には、夢魔に取り憑かれたフリュウが倒れている。
……ドクンドクン……。
血の奔流が始まる。エサが目の前に転がっている。めぐみは刃のような犬歯を剥き出しに
しながらフリュウを抱き寄せた。
「…大丈夫か!」
その刹那、駆けつけた揚の声で我に返った。
「さっきまで、とんでもない殺気が漲っていたが問題ないようだな〜。つまらないぜ」
太刀を片手に、リョウジがつぶやく。
「――はい」
めぐみは、荒い息をつきながら口を閉じた。
(助かった)
正直、そう思った。<始祖>の力を行使した後は、衝動的に大量の血を欲してしまう。
血が力の源である<夜の一族>の避けられない宿命である。
「この男の状態は…眠っているのか?」
戦場で培った揚の経験則が、フリュウの状態を見極める。が、揚には彼を目覚めさせる方法が見あたらない。
「……私に、任せてください」
めぐみは、フリュウに額寄せ、瞳を閉じた。
 
闇の中から、自分を呼ぶ声がする。優しい声だ。まるで、聖母のような……
「……フィー?」
譫言のように、婚約者の名前をつぶやいた。
「ごめんなさい、私はその人ではないのです」
寂しげに、めぐみは微笑んだ。
「あ、お嬢さんか? ……僕は寝ていたのかな」
「はい、催眠暗示で死ぬまで眠り続ける所でした」
揚、リョウジが周囲の警戒から戻ってきた。
「異常はない。」
平素と変わらない感じで揚が告げる
「お嬢さん。あの、ナイト・ゴーントというバケモノと関係があるの?」
めぐみは、悩んだ。いくら蔭の住人とは云え【アヤカシ】の存在をおいそれと知らせるわけにはいけない。
仮に、告げたところで一笑に伏されるであ ろうが……。
「夢魔という悪魔について、本で読んだ事があります。 それによく似ていたから…」
(――嘘をついているな)
フリュウのフェイトの勘がそう告げる。心理療法の難しさは、フェイトとして心理学を囓った自分がよくわかる。
「お嬢さんはかわっているね」
そう言うのが精一杯だった。
「しかしよう、変わっていると云えば…嬢ちゃん。ボロ雑巾のようになっていなかったか?
五体満足になるには早すぎないか?」
(――察せられた!?)
めぐみの背筋が凍った。
「このようなときの為に、自分の四肢を培養していたのです」
しどろもどろに取り繕う。
「――まあ、俺には関係ないからな」
立ち去ろうとする、リョウジにめぐみはこっそりと暗示をかけた。
 
 

*    *    *

 
「はじめまして、月代さん。わたし、千早グループ統合査察部課長をつとめております、クロウ=D=Gともうします。」
月代めぐみが、私室としている木更津湖畔のボートハウスに、珍客が訪問した。
「重工ではなくて…千早グループの方ですか?」
「はい。特務業務のために先日、センターラピッドより参りました」
「そのような方が、私にどのようなご用でしょうか」
(……めぐみ様)
エリザが、中に入っていただくように促す。護衛の揚は、隙なくこの珍客をみている。
 ソファに向かい合い再度、懇談する。
「用と申しましても…、若干17歳で会社の会長をされる、月代さんに個人的に興味をもった。 というだけですよ」
軌道人特有の優雅な笑みが零れる。
「貴方も、随分とお若いように、お見受けますが。」
「ずいぶんと、手厳しいですね。ところで、私の調査によりますと…あなたの身辺に不審者が屯しているようですね。」
数枚のハードコピーを机の上に出す。そこには、めぐみの誘拐依頼がかかれていた。報酬は成功報酬のみで4プラチナム。
絶対に身体に傷をつけないこと。あらゆる意味での無礼を働かないことを条件としている。
連絡先は、スラム街のある地下倉庫。連絡方法として、とある雑誌に規定の内容で投稿をするように書かれている。依頼主は、
できるだけ接触を好ま ないようだ。
「……裏社会に公募か。手段を選ばないのか、それとも馬鹿か…?」
揚がポツリとつぶやいた。どちらにせよ、殺害を目的としないならば、カブトワリによる遠距離狙撃や爆薬/毒物による
無差別攻撃はあり得ないであ ろう。それだけでも安心できる。
護衛業は、籠城戦に近い。活路がなければ完全な消耗戦となる。そうなれば、依頼主を守りきることは非常に困難となる。
「失礼ですが、犯人の情報はないのでしょうか?」
エリザの問いにクロウは首を横に振った。
「手みやげ代わりにお持ちしようと、さがしまわったのですが。力足らずです。また、なにかありましたら連絡いたしましょう」
クロウは実に優雅に、いまは骨董品化した紙製の名刺を差し出した。
 
 
*   *   *
 
 
「社長、お久しぶりです。」
「倉敷主任……いや、いまは次長でしたな。1年ぶりでしょうか」
「社長も、お変わりなく」
『TMS』社長執務室で、月代一馬と倉敷は、握手をした。
「……ずいぶんと、変わられましたね。」
1年前、学者風の風貌であった倉敷は、今や誰がみても辣腕の経営者の貌である。
「管理職について1年。人間も変わりますよ」
倉敷は笑った。彼は月代一族の秘密を、一年前の争乱の中で知った。
“変わる”という意味はそのことを含めて…であろうか?
「千早重工は、今回の件に関しまして全面的に貴社を支援することとなりましたので、
この度もパイプ役として参りました」
「……“今回の件”とは、どのようなことでしょうか?」
「腹の探り合いは、無しでいきましょう。本社は、御社の技術供与を重要視しています。」
「――そうですか。では、この度もお世話になりましょう」
月代一馬が頭を下げようとした矢先、内線が鳴った。一馬は内線をとる
「打ち合わせ中に失礼いたします。樞綿彦と名乗る人物が面会を求めております。」
「樞? 知らないな」
「…いかにも、【レッガー】風の男です。お会いにならない方が…あっ、なにを!?」
電話先で、受話器の奪い合いが起きた。
「よう、社長さん。こちらが善意で、役に立つ情報をもってきているのに、つれないじゃないか? 
なんなら、そっちの情報を敵さんに売りつけても いいんだぜ?」
すでに、雪にTMSの情報を売りつけていることを棚に上げ、樞は月代一馬を強請った。
涼やかに微笑みながら、倉敷が一馬から受話器をとる。
「――人を動かしたいのなら、礼を尽くすことですね。樞さん…でしたっけ?」
「その声は、社長じゃあねえな? 誰だ手前ぇ?」
「千早重工の倉敷という者です。 貴方は、ここに金をせびりに来たのですか? 情報を売りに来たのですか? 
前者ならば、千早重工の者としての 考えがありますよ」
「なんで、千早さんがTMSの私兵になるんだよ!?」
「……ニュース欄を読んだ方がいいですよ。千早重工はTMSと提携を結んでいます。盟友の為に動くのは至極当然でしょう」
樞は、その一言で毒を抜かれた。いくら権力とは無縁のストリートでも、千早の恐ろしさは十分に承知している。
「……話を聞きましょう」
時間をおいて、月代一馬が答えた。
「…あんたらの、株式を狙っているのは雪雅代というフリーランスのブローカーだ。」
「聞いたことがないですね」
「ストリートは、深淵だってことだ。社長さんにはわからんよ。現在、雪の元には35%前後のTMS株があるぜ」
月代一馬は倉敷の顔を見た。
樞ははったりがうまくいったと内心ほくそ笑んだ。
「昨年の騒動で社内株は外部に流出してしまい、現在の所持率は5%というところです」
「60%が浮遊株というわけですね。 雪というブローカーの資産がわからないと何ともいえませんが…」
「まあ…このペースで資金が尽きなけりゃ、1月もあれば40%以上に達するぜ」
「……この男に、謝礼をやってくれ」
秘書に指示を出し、一馬は受話器を置き大きく息をついた。
 
 
*   *   *
 
 
「お前ぇ、その話に嘘はないだろうなぁ?」
ストリートの路地裏で、情報屋風の男が水たまりに尻をついて怯えている。
目線の先には、暗殺拳銃を手にした神宮桃次が立っている。
「嘘じゃねえ! 俺っちの目を見ればわかるだ…!?」
パスッと、涼やかな音がして、情報屋の股間数センチのところに、ケースレス弾が着弾する。
「私が、“機械仕掛け”と呼ばれているか…知っているだろ〜?」
適当な情報で取り繕うとした、情報屋は己の浅はかさを悔やんだ。そして、この男を納得させる≪真実≫を告げることこそが、
生き延びれる唯一の方法であることも……。
「雪は、『TMS』をそのまま≪買収≫できるだけの資金を有している!」
「一介のブローカーが有する資金じゃあねえな。【クロマク】は誰だ?」
「言えねぇ!! そいつだけはっ!」
眉間に、“駆風”の銃口が押しつけられる。
「…選ばしてやるよ。 今、死ぬか。生き残れるチャンスに賭けるか…
“Two One(2つに一つ)”だ!」
「わかった! 【クロマク】は……ッ!!!!」
劈くような銃声。 銃というより砲声に近い!
反射的に、神宮は射線から離れるために横に跳ぶ!
(超長距離からの、狙撃だと!?)
サイバーアイの能力で、彼方のビルから消えゆく人影がみえた。
 
摩天楼を見下ろせる超高層ビルの最上階。シーツ一枚の姿でモーリガンは、N◎VAを見下ろしている。
「おもしろく、なりそうだわ」
女神のように、悪魔のように微笑む。シーツを剥ぎ淫靡なる肢体を街下に晒す…
「――わたしは、この街を……眠らせないわ」
月が、翳り始めている。 天空の月は何を望んでいるのか。
人は天空ばかりを眺め、地上にある星々の存在に気付かない。
真実は光化学のスモッグに覆われ、見える事はない……。
< 幕間 >
 
 
■ 次回予告 ■
「ご契約ありがとうございます。千早重工営業部の鈴希です。
最初の第1回から、跳ばし気味・伏線張りすぎのこのアクト。
ちゃんと収拾がつくのでしょうか?
 TMSを狙う。雪女史の狙いは? そして、月代めぐみ会長は何故狙われるのか? 
他人の夢を操る謎のバケモノ:ナイト・ゴーントとは何者でしょうか!?
…そして、私の宮仕えの苦労は報われるのでしょうか…。
 次回、皆様の活躍を期待いたします!」
 
▼次回アクション一覧
01-1:倉敷恭也の手伝いをする
01-2:月代一馬に関わる
01-3:雪雅代に関わる
01-4:月代めぐみに関わる
01-5:ナイト・ゴーントについての調査
01-6:邪魔なあいつをあの世へ送る
01-7:他に成すべき事がある
※「01-7」は汎用アクションでありますが、他のアクション選択者と対決が起きた場合、不利となります。
 
▼ 消費神業清算
・月代めぐみ ≪霧散≫   内容:ダメージを消去
・雪雅代   ≪完全偽装≫ 内容:雪雅代に関わる不利な情報を秘匿
 
▼業務連絡/個別私信
このたびは、アクトに参加して頂き誠にありがとうございます。これからしばらくの間お付き合いいただければ幸いです。
・なんらかの明確な対策を提示しなければ、1月後(第4回終了時)にTMSの総会を動かせるだけの株式を雪が所有します。
・月代一族の正体/情報はご周知の事と思います。(存じない方はHPを参照ください)が、情報として利用するためには、何らかの手段を講じて キャストが情報を有さなければなりません。
 また、見込みアクションの場合も、予想に至る前提条件を明記して頂きます。
・リアに書かれている文章/情報は自由に利用して頂いて構いません。ただし、シーンに登場していない場合は、「なぜ、その情報を有するのか」明 確な理由付けが必要となります。
・アクションを成功させる秘訣は「5W1H」を明記する事です。
 
・曲狩様
この度の敗因は戦力不足です。正面からの突撃は非常に不利となります。依頼を継続するならば、搦め手から攻めるか、戦力を補強してください。
あと、RLは「マ○ン・ロボ」についての知識が欠落しています。「スパ○ボ・I」しか触れた事がありませんので…
・モーリガン様
意図は了解いたしました。茨の道は甘美な道…でしょうか?
なお、倉敷は冷徹です。真意を知るならば、貴女が「信頼できる存在」であることを証明する必要があります。
 ご指摘の通り、第0回においてめぐみは≪霧散≫の神業を消費したとルール的に解釈します。
・鈴木様
行動の詳細がないと、アクトに参加できません。
次回に請うご期待。
・樞様
ダブルアクションならぬトリプルアクションです。
判定が不利になりました。
・テオ様
月代一馬をどのように護衛するか計画を立ててください。
テオ自身が(一般的な)カブトの真似事をするには実力不足です
・クロウ様
今後、倉敷とどのように関わるか、立場を明記してください。
・山本様
精神ダメージ(洗脳)が入っています。内容は、「貴方は月代めぐみと会っていない」。
誰かに治療してもらわないと、自発的にめぐみに関われません。
 
・フリュウ様
今後、めぐみに関わる場合は、対応と行動を明記してください。
現段階でめぐみから依頼が来る事はないでしょう。
・揚様
月代めぐみ護衛を継続されるなら、護衛計画を建ててください。なおエリザは、常にめぐみの傍に居るわけではありません。
 
 
 
 
■新発見のニューロタング解説
ボーイスカウト:報酬も無しに正しい事を行おうとする者を指す。正義漢
主として、蔑称として使用される事が多い
 
SSS:1.シノハラ・セキュリティ・サービス
   2.役立たずの事

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