千早アーコロジーの上層階にある、重役専用のリラクゼーション・ルーム。日差しが差し込み、初
夏の南国の外気に完全調節された
プール施設である。プール傍にあるリラックスチェアに、サマーセータにスラックス姿の千早雅之[ちはや・まさゆき]がわずかな休暇を満喫していた。
脇の机には、トロピカルジューズが2つ。来客を意味していた。
「社長。お客様の来訪です」
執事がそう言い、ドアのロックを解除する。
「……お待ちしていました」
雅之は口元に微笑をうかべながら立ち上がった。彼の目線の先には体長40cm程度の、黄色い
物体が航空頭巾とゴーグルを被り
、純白のマフラーをはためかせつつ立っていた。
「お元気そうで何よりです。
…その後、N◎VA軍からの“ちょっかい”はありますか?」
「ダーーイ(ハッハ、その件はお互いに誤解だったと和泉大佐と“解り合えた”から、問題ない
ぜ)」
「……それはなによりです。」
雅之は、普段は決して見せないほほえみを浮かべつつ、黄色い生物に語りかけた。
「――ところで、貴方にお願いがあるのですが」
スラムの貧民が一月は過ごせるであろう、モノホンのフレッシュジュースを音を立てながら啜りつ
つ、黄色い生物…
ダイチュウ(−)は雅之の方を向いた。
星霜の真下にある街トーキョーN◎VA。大いなる退廃と災厄の街、トーキョーN◎VA。
このN◎VAにさらなる災厄をもたらす“黄色い悪魔”が舞台に登った。天にある紅い月は、黙して
語らずこの光景を眺めていた……。
かくて、運命の扉はひらかれた。
TOKYO NOVA-D to
Play.By.E-mail
[第2回:1/2Moon-Heads.双貌割月]
スラムの最奥……その汚れた路地裏に、神宮桃次(じんぐう・とうじ)は立っていた。
目の前には、頭部の弾けた死体が一つ。
「なんだぁ、これは!?」
情報屋にして、銃器の扱いにも長けている神宮は、目を疑った。そもそも、狙撃は最も安全であり、
かつ
難しい行為である。
距離を離せば離すほど、狙撃手の安全は確保されるが、銃弾の命中率は激減する。人にはそよ風でも、
銃弾にとっては直進を妨げる強風と化す。
(だいたい、ここは開けた土地だぞ!?)
自分の腕には自信のある方だが…それでも、神宮が狙撃を行うとしたら、1kmが限界である。それ
以上は、
当てる自信がない。 そして、銃弾の飛来方向で狙撃ができそうな建物は2km近く離れている。
(サンダーボルト・ライフルを使用しても、2kmを飛ばす事は不可能
だ)
神宮は、そこに向かいながら、自分の知りうる知識を総動員する。
(だいたい、ライフル弾は貫通力を最重要視する。 マグナム弾じゃあるまいし、頭部が弾けるなん
て、ナンセンスだ。
……いや、発想を変えればいい)
神宮は、自分がスナイパーライフルに固執していたことに気付いた。
2km先の廃ビルの屋上。 そこを隈
無く探す。二脚架の置いた痕……。狙撃用ライフルの大きさではない。
「――“ゲイボルク”対戦車ライフルか」
人間など、豆腐のように吹き飛ばす大型ライフル……。これならば数キロ先の獲物を狙うことができ
る。
飛行機や建造物を目標とする距離で人間の頭部を吹き飛ばす……常識では考えられない発想であ
る。
この狙撃手は並の腕と度胸ではない。神宮は寒気を覚えた。
* * *
「……命を狙われる理由は、思い当たらない。 間違いないな?」
揚紅龍(やん・ほんろん)は、自分の養女と同じ年くらいの少女の護衛をしている。守るべき者の名
は、
月代めぐみ[つきしろ・−]。TMSという医療会社の“お飾り会長”である。
「はい。」
毅然とした態度で、返答する少女の姿には一種の気品すら感じる。自分の娘もこれくらいしっかりし
ていたらなと一瞬思った。
「俺は、命に代えても貴女を守る。」
「それが社長…一馬叔父さんからの依頼なのですね?」
「そうだ。…それに、俺は無辜の命が消し飛ぶ所を見たくない」
カブトという人間は、極めれば極めるほどに無骨で不器用になる。それは、依頼主とはビジネスの関
係を貫かなければ
ならないと言うアイデンティティと、命を守りたいと言うフェイスが常に葛藤するためであろうか。
* * *
「まっ、手土産ぐらいにはなるはずだ」
無造作に右手に持っている書類封筒には『TMS』
の浮遊株がいくばくか入っている。
「お…手前ぇ!!」
背後から、ボロ雑巾のようになったクグツが、レッガーに歩み寄る。
「あんたは、用済みなんだよ!」
レッガー…樞綿彦(とぼそ・わたひこ)の左手に構えられた“トンプソン”SMGが、軽快な機械音
を連発した。
TMSの名も無き社員は、30分もすればスラムの廃物回収屋に髪
の毛一本も残さずに回収されるだろう。
暗闇の路地から、光ある通りに出ながら、樞はほくそ笑んだ。
「よう、姐御。景気はどうだ?」
雪雅代[すずき・まさよ]に、先ほどの手土産を放りながら、ご機嫌伺いをする。
「予定通り…といったところかしら?」
怜悧な美女は微笑みながら、席を勧める。
「尤も……予定外の行動もあったけど」
流し目で、樞をみる。
「貴方、月代一馬に会いに行ったでしょ。
情報提供の報酬は、キャッシュで1シルバー。間違いない?」
あくまで、世間話のように…雪は訪ねた。
「困ったなぁ。 あれは、敵さんの情報を手に入れようとしただけなんですよ。」
愛想笑いをしながら、樞は腹の中で臍を噛んだ。
(――こんな女を飼っている、【クロマク】ってどんな奴だ!?)
ストリートで人の裏も表も見てきた樞には、どうも雪という女性がこの作戦の元締めとは思えな
い。投入している資金は
個人が運用できるレベルではない。下手をすると
短期間で、強引な買い取りを行っている分、収支という面では赤字かもしれない。そして、月城一馬
が雪雅代を知らない
のなら、人間関係的な繋がりも無いと見て良い。
ということは、雪のバックにもっと大きな権力(ちから)をもっている人間がいるか、かなり特殊
な事情があるか、という事に
なってくる。どちらにしても調べておけばかなり有益な(金に化ける)情報になるはずだ。
それでもなお、樞はせせこましく頭を働かせる“鼠”であった。
* * *
「神宮桃次さん? 職業は、情報屋……とお聞きしましたが?」
「みてわからないかい? “千早の英雄”さん」
千早重工の執務室で倉敷恭也[くらしき・きょうや]は胡散くさげな男と会見していた。
「なるほど、どこかで聴いた名前だと思えば…かのマリオネットで“機械仕掛け”と恐れられた突撃
レポーターでしたか。
で……今は、情報屋と?」
「世の中、いろいろあるのさ。倉敷さんだってそうだろ? 対外折衝の【タタラ】だった一年前とは
偉い違い……という噂だぜ。」
「……なるほど。確かに人は変わりますね。」
鋭い目が、神宮を射る。
「それで、どのようなご用件で?」
「なぁに、俺をしばらく雇ってほしいのさ。
こう見えても、現場には慣れている。倉敷さんが動きづらいところでも、情報を仕入れてこれる自信
はあるのでね。
…やすい買い物だと思うぜ」
数刻、沈黙を保ったまま、ちらりと横にいる妖艶な女性に視線を向けた。
「わたしは、構わないわよ」
ブランドもののスーツに身を包んだモーリガン=ル=フェ(−・−・−)は淫靡な笑みを浮かべる。
(――悪女だな、こいつは。近づき過ぎると俺まで災厄に巻き込まれそうだ)
無論、神宮とて倉敷が“ボーイスカウト”ではないと始めから解っているが、もしかしたらこの男
は自分では御しきれない……。
そのような気がした。
* * *
「一年前のデーターの再検索っと……、データーは、次長の用意したモノで全てだと思うのだけど
ね。特務査察官さんも、
案外細かい方ねぇ〜」
千早重工の営業販売員、鈴希(すずき)は、千早グループ総合査察部課長クロウ=D=G(クロウ・
デイトリッヒ・ガルガンダス)
の要請をうけ、1年前の『TMS』の内乱と株価上昇についての関係を洗い直していた。
(――月代継男氏が、存命かもしれません)
ガルガンダス特務査察官は、一年前にクーデターを起こし、死亡した月代一馬の弟が生存しており復
讐を志しているのではないか。
可能性としては、ゼロではない。
そういう考えのようだ。
「だいたい、一年前のものとなると、年度末にデーター整理しているから…無くなっている可能性が
多いのよねぇ〜」
タップのキーボードをさらに叩く。
「しょうがないっと、データーベースから資料を拝借してこよっと」
鈴希は、クロウから借りた…エグゼク級IDをスロットに差し込み手当たり次第ダウンロードをかけ
た。
「えーっと、こんなファイルあったかしら?」
インデックスを斜め読みした、鈴希の顔が見る見る蒼白になった。
(はにゃ〜〜ん。 これって、“みちゃいけない”類の資料じゃない)
ついでにダウンロードしたデーターは、一年前の事件に関する「機密」に関する報告書
であった。怖くなった鈴希はとりあえずデーターを凍結した。
「えーっと、クロウ様。 ご依頼の資料を……お、おもちしました〜」
ひきつった笑いを、抑えきれないまま鈴希は、データーのハードコピーをクロウに渡した。
「どうしました、鈴木さん。気分でも悪いのですか?」
抗しがたいロイアルスマイルで、クロウが訪ねる。
(ダメよ、鈴希。機密ファイルの存在を告げたら……私の立場が、危うくなるっ!)
「あ……、女性には、いろいろあるんですっ!」
女性にしか使えない、“都合のいい理由”で誤魔化しながら鈴希は、レポートの報告をした。
そもそも一年前の事件の発端は、当時『TMS』
の専務取締役であった月代継男(一馬の弟)が、会長の座を狙い、
会長(月代めぐみ)の誘拐・傷害・スキャンダル放送を含む嫌がらせによる脅迫を行ったことに発端する。
月代継男は、会長退任を断られると古参の役員を抱き込み、役員会議による会長職解任を要求し
た。『TMS』との
交誼を望んでいた千早重工は、医薬局営業企画部主任:倉敷恭也(現・次長)が提案した、「事態を収拾することを友誼の
手土産とする」案を採用、提案者である倉敷を特命大使として、派遣した。
倉敷は、役員層を説得あるいは買収し、会長への過半数の支持を取り付けた。進退窮まった月代継
男は、物理行使に
及ぶが、フリーランサーの活躍により、撃退。月代継男は自害し事態は収まった。
「そうですか。 ところで、月代継男氏の死亡は確認されたのですか?」
「間違いございません。 倉敷次長が埋葬まで列席されましたから」
クロウの目論見は外れた。しかし、一年前の事件がただの権力争いには見えない。だとするなら
ば、会社の信用を損なう
ような「強引な手段」には出ない筈だ。月代継男の作戦は『TMS』の未来は眼中にないのではないか。【エグゼク】としての
クロウの思考が、疑問を投げかける。
「月代の一族……謎が多いですねぇ」
クロウの嘆息をうけ。今まで自堕落そうにソファで寝ころんでいた、黒豹がのそりと起きあがった。
「――月代ノ一族。旧世界ノ闇ニ名ヲ轟カセタ〈夜の一族〉ノ名家ダ」
「アルクル。〈夜の一族〉って何かな?」
「人ノ心ヲ支配スル能力ニ長ケタ、人ノ精ヲ喰ライ、夜ニ生キル【アヤカシ】ノ一派ダ」
「人じゃあ無いんだ〜。 ふふふ、おもしろそうだねアルクル」
(えええええええー!?)
獣が、片言であるとはいえ人語を話す。その光景に、鈴希は卒倒した。
* * *
「きょうは、赤城屋のAランチにし
よっか〜☆」
「いいわねー」
木更津にあるオフィス街、正午近くの昼飯時の界隈は、お得なランチセットを楽しむクグツであふれ
ていた。 その雑踏の中を、
キャタピラァが織りなす蹄鉄の鼓動が聞こえる。
木更津の車道を、草原迷彩を塗装された戦車が疾駆している。外部に取り付けられた街宣用のスピー
カーからは、『日本國』
の国歌が揚々と流れている。
……ただし、寸法が……子供の足こぎ式自動車程度なのだが。在る者は、ラジコンカーだと思い、
在る者は新手の広告だと思い。
さして気にもとめなかった。歩道に上がり、とある賃貸ビルの目の前で停車した。
キリキリキリ……
歯車の軽快な音と共に、砲塔がオフィスに向けられる。そして、非現実な鋼鉄の咆吼が轟いた!
* * *
「姐御。ずいぶん余裕な顔をしているけどよ……実際の所、俺たちが所有している株は
10%ってとこだぜ? それに、こんな赤字当然の売買を続ければ50%に到るまでに息切れしてしまう」
「それでいいのよ。10%あれば、私の勝ち。」
「どうやって、勝つんだよ!」
激昂に応じて、雪はゆっくりと珈琲カップを机に置いた
「スペードの“A”は、既に手元にあ
るのよ。」
(――この女の【クロマク】は切り札を、用意済みってことか?)
雪は、笑みを浮かべながら樞に囁いた。
「貴方、いつまでも……スラムの“ドブネズミ”で満足できるの?」
フラッシュ・バック!
その瞬間、閃光と轟音がオフィスを支配した!!!
「ダイチュウ(――“地獄の釜”は開いたか?)」
オフィスの外で、白煙をモニターで眺めながら、戦車の操者であるダイチュウは満足げに誰彼と無く
ささやいた。
「なにごとだ!!」
爆発音をききつけ、オフィス・セキュリティーズが“MP10”
ライフルを構えながら駆けつけてくる!
「こいつか!」
「リモコン操作の戦車だと!? なめやがって」
セキュリティの一人が、戦車を蹴り倒した。
「ちゃああああああああああああああああ!!!」
中に乗っていたダイチュウの世界が回転した。
「誰か乗っているのか!?」
「武器を捨てて出てこい!」
セキュリティーズは、十重二十重にダイチュウ専用戦車を囲む。
(――敵は25人。アサルトライフルを持っている支援要員は驚異となる)
ダイチュウは、蓋を開けた。
「!!」
全員の視線が集中した刹那!
「ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアイイイィ!!」
劈くような叫声と共に、ダイチュウは飛び出した!
飛び込みざまに、腕にマウントしてある鋼鉄製の鞭を繰り出し、接触と同時に10万ボルトの高電圧を
送り込んだ。
肉の焼ける薫りと断末魔の悲鳴を轟かせ、一人がショック死した。仲間が絶命した瞬間、セキュリ
ティの一人が銃架を振り上げながら、
ダイチュウの背後をとった。21世紀はいざしらず、ニューロエイジのセキュリティは仲間を犠牲にしてでも任務を遂行する訓練を受けている。
(その、反応の良さが命取りだ!)
相手が繰り出す、銃架の一撃よりも、振り向き様に抜き撃った“降魔刀”の斬撃の方が数瞬早かっ
た。
「ダアアアアアアアアアアアアアアアァァイイィィ!!」
メリケン製の3流アクション映画のような叫び声をあげながら、ダイチュウは敵陣に躍り込んだ!
「なんなの!? こ……これは!」
全てを定理法則で裁く雪にとって、街中で瘤弾を打ち込まれる事態は理解の範囲を超えていた。さら
に、40cm程度の黄色い寸胴
ネズミが訓練された企業兵隊と戦う外の光景は冗談以外の何者でもない。
(――まずい。あの“黄色い悪魔”に関わったら身の破滅だ)
ストリートの深淵にまで精通する樞にとって、ダイチュウは歩く災厄以外の何者でもなかった。 ダイチュウにケンカを売った「ヴィル=ヌーブ
系ギャング団」は100人近い死傷者を出し、N◎VAからの撤退を余儀なくされた。
そして、ダイチュウの後ろには非公式ながら千早雅之の影が見え隠れしている。奴の持つ最新鋭の
武装は、全て千早重工の試作品だと
云われる。
それを証言する証拠がある。千早雅之に反抗的な態度を取った、御門家出身の重役はクリスマスの夜
更けにダイチュウと言う名の
“狂ったサンタ”によって、煙突から手榴弾を投げ込まれ爆死した。これは粛清以外の何者でもない。
(逃げるが、勝ちだ。)
樞は瞬時に判断を下した。
「おい、ここは“ダミー”のオフィスだろ!? とっとと、ずらかるぜ!」
問答無用で、雪を掴みダストシュートに踊りこむ。
(もっとも……このままじゃあ、済ませねぇがな!)
樞は、K-TAIの短縮ダイヤルを押した。
「ハッハー、Genocide(ジェ
ノサイド)!」
壁向こうからから聞こえていた、銃声と剣戟の音は聞こえなくなっていた。
* * *
ドシャ…。
木更津湖畔のアスファルトに、屍体が折り重なる。
4人の痴れ物の内、一人が揚の太刀の餌食になった。その瞬間、めぐみに対し2人が両側から飛びか
かる。返す刀で一人の首を撥ね
その勢いで、もう一人に掌撃を仕掛ける。
ゴキリ。
鋼鉄の篭手は、そのまま鉄槌となって胸骨を砕いた。
その瞬間、最後の一人が…めぐみの背後をとる。
「…ッ。させんっ!!」
目に見えない速度の突撃が、めぐみの首筋数センチをかすめて、痴れ物の掌を貫通した。
「――言え。 誰に雇われた」
咽喉元に突きつけられた、降魔刀・真打の白刃が誘拐犯を威圧する。
「いう、云うから…刀を納めてくれっ!」
誘拐犯の懇願に、一瞬ためらいが起きたが降魔刀を納めようとした…その瞬間、誘拐犯は仕事を諦
め、脱兎のごとく逃げ出した。
その先から、ペットを連れた姉弟とおぼしき男女がこちらに歩いてくる。
(あの、ガキを人質にとる)
飛びかかろうとした、刹那。
「アルクル。」
黒豹が誘拐犯に飛びかかり、喉笛を噛み千切った。
揚の誰何に、少年…クロウは優雅に一礼した。
* * *
「イエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェイイ!!」
叫声を上げつつ、ゴーグルとガスマスクを身に着けたダイチュウはオフィスの中を驀進している。建
造物制圧のセオリー通り、全ての部屋
に手榴弾を投げ込み、家具や物陰にマシンガン掃射を一々行っている。拳銃弾と異なり、ライフル弾は防弾処理の施されていない家具や
調度品を易々と貫通する。家具を盾に代わりしている愚か者、ロッカーに潜んでいる臆病者は遮蔽物ごと打ち抜かれ、遮蔽物がそのまま
棺桶代わりになる。
ドオオオオオオオン!!
硝煙を越えて、ライフル用高速弾の雨が飛来する。煙の晴れたのを見計らい、ダイチュウがライフ
ルを構え、ゆっくりと社長室へ足を踏み込んだ。
「ちゃ〜?」
そこは、既にもぬけの空だった。
「ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイイイ!!!」
賃貸オフィスの一角で、もう一度爆発音が木霊した……。
* * *
千早重工のオフィスにある、倉敷のデスクの内線が鳴った。
倉敷は、珈琲カップを片手に受話器をとる。
「………ッ!!!」
報告を聞いている倉敷の顔がみるみる赤くなる。
バキ!!
鈍い音を立てて磁器製カップの持ち手が砕け、カップがデスクに落下し机に琥珀色の水溜まりが出来
た。
「…あの、“気違いネズミ”をなんとかしろっ!!」
クグツは一礼すると下がった。
「もう一件あるわ」
いつの間に来たのか、モーリガンが壁を背にして立っている。
「聞こうか。」
「月代の会長さんを狙うネズミがいるわ」
「あいつを向かわせろ。あの月代一家がそう易々と殺されるとは思わないが、『TMS』に恩を売るいい機会だ。……但し」
スラムの奥にある廃ビル街。その一角にある『ダイチュウ秘密基地』の周辺で銃撃戦がくりひろげら
れていた
「チャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
数十人の黒服に対し、秘密基地に備え付けている“FL30”
機関砲で段幕を張り、突入だけは阻止している。
「だちゅー!(弾がきれたでちゅー)」
横で、マガジンベルトを持っていた、弟分のダチュウ兄弟から悲鳴が飛ぶ。
「ダイダイ!!(弾倉の交換は10秒以内にしろ。20秒を超えたら蜂の巣だ)」
弟分に檄を飛ばしながら右手で手榴弾を投擲し、左手でKTAIの短縮ダイヤルを押した。
「私です。」
執務中の千早雅之は、いつもと変わらぬ声で応対した。
「ダイダイ!(あんたが飼っている“飼い犬”が、俺に噛みついてきやがった! なんとかしてく
れ!!)」
問題発言の数々を、千早雅之は何事もなかったかのように、秘書に数語の指示をおくり、ダイチュウ
に優しく話しかけた。
「それは、失礼いたしました。クグツ達には、よく言い聞かせておきますので、ご安心下さい。
………但し、今回限りですよ。」
魂をも凍り付かせるような殺気と、不気味なほどの優しい声に、ダイチュウはガクガクと震えながら
失禁した。〈白馬の王子〉は、残酷なほど優しかった。
* * *
千早アーコロジーの傍にある、倉敷恭也私邸。贅を尽くした寝室で、倉敷とモーリガンは淫らな舞
踏を繰り広げていた。
「何か呑むかね?」
房事の合間に倉敷はガウン一枚で暖炉の上に置いてあるグラスとボトルを手に取り、
口に含んだ。
「貴方と同じものでいいわ。」
一糸まとわぬ姿で、倉敷に近づく。そのまま口づけし口内を舌で舐り、倉敷が含んだものを自らの中
に掻き出した。
「ねえ、貴方の計画の目的についてだけど……ひとつ聴きたいことがあるの」
寝物語のように、モーリガンは倉敷に驚くべき内容を語った。
――神宮は、偶然置いてきた〈盗聴器〉越しに聞こえる2人の会話を聴いて、傾けていたグラスを握
りつぶした。
* * *
月代めぐみへの襲撃は、連日連夜に及んだ。流石の揚にも疲労の色が見え始める。
めぐみを誘拐するのが目的である、襲撃者達は大掛かりな武器や狙撃の心配は無い。それだけが唯一
の救いともいえる。
しかし、雑魚の小出しともいえるこの襲撃は、決定的な効果(めぐみの拉致)は及ぼさない。
(どういうことだ!?)
本気で、めぐみを拉致する気ならば『チーム』を組ませ、組織的に活動させるべきである。
今までの襲撃者は個々で襲ってくる。この前の遭遇戦は複数居たが、恐らく全員が“漁夫の利”を得
ようとしているだけで、コンビネイション
を組んでいる気配は無かった。
『TMS』の社屋にある、会長室。そ
こに、4人は居た。外出の都度、不審な影に追いかけられる、その数日間にめぐみはひどく疲労していた。
「私を誘拐して、何の利益があるのでしょうか?」
ぽつりとめぐみは漏らす。
「営利誘拐というには、規模が大きい。 怨恨という線も考えにくい」
揚は、事実だけを端的に述べた。
(もし、フリーランサーに誘拐させる気が無いとしたら?)
先の見えない恐怖は、対象を肉体・精神両面から疲労させる。この連続した襲撃が、揚を疲労させる
ことだけが目的で、頃合を見て本命がくる…としたら……。
揚は、自分の予想にぞっとした。
「――で、何のご用で?」
己の動揺を隠すために、揚はクロウに話を振った。
「そうですねぇ。一年前のことについて、直接あなたから話を聞きたいと思いまして、
めぐみさんには辛いことだと思いますが、貴社のためと思いご協力ねがえませんか?」
そういって、手土産を出すように鈴希に促す。
「謝礼として、誘拐の首謀者の情報をお持ちいたしました。
“ノン・ヴォイス”という人物が【クロマク】のようです。スラムの深淵に隠れ家を持っているよう
で、一応…アドレスらしきものは発見できました。」
攻めるなら、疲労しきらない今……。そう告げようとした刹那!
「闇の砦に籠もり、謀議を重ねるか……諸悪の権化よ!
たとえ、黒の衣にて全てを覆おうとも、悪を貫く一条の光を阻むことは出来ない!
……人、それを『真実』と云う。」
灰色の雲が晴れ……紅き黄昏の陽光が、窓より差し込む。 そして、光の爆発と共に一人の少年が、
飛び散るガラスと共に顕れた!
「闇を断つ刃、曲狩剣鍬(まがり・けんしゅう)。推して参った!!」
全員が、身構える中……揚が口を開く。
「少年。『ナイト=ワーデン』は依頼主に対して、徹底した身辺調査を行い、依頼を承ける。私は、
その『ナイト=ワーデン』を通して依頼を請け、
彼女の護衛をしている。
……我々(カブト)は、悪は守らぬっ!!」
巌のごとき【カブト】の誇りと気迫に、剣鍬は動けなくなる。
「少なくとも、人の会社に無断侵入する者に、正義は名乗られたくないですね」
クロウの言葉が、剣鍬の心を抉る。
「黙れ、黙れっ!!! お前達は、だまされている!」
精神的に追いつめられながら剣鍬は、最後の武器に頼った。
「この女が、お前達に対して……自分の素性を語ったか!?
狙われる理由を語ったか! そんな女を、信用できるのか!!」
まさしく、其の通りであった。月代めぐみ…いや、月代一族の経歴が偽造であることは揚の事前調査
でわかっている。拉致の理由もわからない。
唯一、信じられるのは、彼女の瞳だけである。この、襲撃者の言葉には抗し難い響きがあった。
「……私は、人間ではありません。〈夜の一族〉と呼ばれる【アヤカシ】です。」
長い時間をかけて、めぐみは《真実》を語った。それしか、揚の真摯な姿に応える方法は無い…そう
思ったからだ。
「そう、闇にまぎれ人の生き血を啜る化生。それがお前だ、月代めぐみっ!!」
めぐみの口から、《真実》を語らせたことを以って咎の告白とみた曲狩は、満足げに口上をきった。
退魔の太刀“旭光”を向ける曲狩の前に、
揚が立ちはだかる。
「守る理由など無い。この女は、人外のバケモノだぞ!?」
「……それが、どうした?」
其の一言が、揚の意志全てを語った。
(まずい!)
真っ当な太刀合いでは、揚には勝てないことは先日の戦いでわかっている。だからこそ、《真実》を
つきつけ、手を引くように示唆したのだ。
だが、この【カブト】はそれを拒んだ。“契約が絶対”なのか、“金さえもらえれば誰でもいい”
という信念なのかは分からないが…。
一族の法が絶対である曲狩には、【ヒルコ】【アヤカシ】をヒトとみる価値観は無い。
それらの存在は、世を乱す混沌そのものなのだ。ましてや、“守るべきもの為ならば命を捨てられ
る”という【カブト】の誇りは、【カブト】でなければ理解できない。
(奥義で、勝負にでるしかない!)
曲狩は幾千年を超える時の中で愚直に研鑽し続けられた、一種の型である。正確に順を踏み、錬ずれ
ば誰もが奥技に至る。
曲狩は、大きく息を吸い…氣を錬った。
「――ッ、させん!」
その、僅かな所作に揚は気付き踊りかかった。 だが、後手である事実が勝負を分かった。
『 曲狩流退魔法奥義:闇祓い 』
無限に放たれる光の刃は、《天変地異》の如く『TMS』を両断した。
* * *
「くっ…どういうことだ。」
瓦礫の中から、太刀を杖代わりに揚が立ち上がる。腕には、意識を失っためぐみがいる。
「奥義を受け、まだ命があるだと!?」
方術の力で、空中にある曲狩は予想できない状況に驚愕した。
「どうして、動ける!? どうして、闘える!」
満身創痍の揚は、それでも刀を構える
「――【カブト】だからだ。」
だが、勝負の結果は明らかである。
その瞬間、対峙する二人を割く“鉛の死神”が飛来した!
(そ、そんな……)
何が起こったかも解らないままに曲狩は落下し、瓦礫の海に沈んだ。
揚は、周囲を見渡す。背後に気配! 振り向きざまに剣を凪いだ!
「うわっ!」
子供の声。子猫のように黒豹に咥えられたクロウと埃まみれの鈴希が立っていた。
(少なくとも、敵とは思えないが…)
敵意があるなら、めぐみか揚が、撃たれていたはずである。
「とにかく、医者だ」
揚はとにかく現場を収拾することにした。
* * *
臨時ニュースをお伝えいたします。
斑鳩の『TMS』本社ビル原因不明の
爆発事故がおきました。
爆発火災は収まらず、ビルは倒壊いたしました。
死傷者は正確な数は不明ですが、本社社員50人
が行方不明となっております。
N◎VAセニット公正取引委員会は、条例違反の研究が行われていた可能性も否定できないとし、
近く専門家を含めたチームを編成し
調査を行うと述べております。
* * *
「おもしろくなってきたわね」
「おいおい。俺達にとっては、のっとる会社がなくなったんだぜ?」
「社屋はなくなったけど、組織は健在よ。私がほしいのは、会社ではなくて技術とスタッフなの。」
雪は、含み笑いをする
「いいことを教えてあげるわ。私、行政官監査士の資格を有しているの」
「そいつは、おもしれぇ!」
樞は、ニヤリとわらった。
雨が降り出した。
かって、『TMS』の社屋のあった場
所は瓦礫の山と化していた。
瓦礫の中から、曲狩がのそりと起き上がる。
「月代めぐみ……っ、妖の法で真の漢まで誑かしたか…ッ!!
許さん、許さんぞぉぉぉ!!!」
【バサラ】は、天空の半月に向かって吼えた。
月は、無に向かって欠けだしている。
狡猾なる【クグツ】は、飽くなき策謀を張り巡らす。
黄金の魔力にとりつかれた亡者達は、このN◎VAで何を求めるのか。
そして、【クグツ】人形を操る【クロマク】は何を望むのか。
無辜なる月代の姫の涙は、乾いた大地に吸われ消えうせた。
守るべき騎士は、己の無力さに嘆いた。
暴かれた真実の果てに、人は何を選ぶのだろうか?
……神ならぬ我々の身に、全てを知る術はあり得ない……。
<幕間>
■ 次回予告 ■
本日も、ご依頼を頂きましてありがとうございます。千早重工営業部の鈴希です。
物語も本格的に進み出し、闇の先が見えてまいりました。
でも、真実の代償は“栄光”と“危険”。“安寧”という現状と貴方は天秤にかけることが出来ま
すか? え、私はどうするかですか!?
量るための天秤なんて持たないから、【クグツ】って云うのですよ☆
さて、次回のアクションは…
▼次回アクション一覧
02b-1:倉敷恭也に関わる02b-2:『TMS』
に関わる
02b-3:雪雅代に関わる02b-3:謎の狙撃手を追う
02b-4:“ノン・ヴォイス”について調べる02b-5:邪魔なあいつに引導を渡す
02b-6:他に成す
べき事がある (※少し、不利になります)
▼ 消費神業清算
・曲狩剣鍬 《真実》 内容:月代めぐみに素性を告白させる
《天変地異》 内容:TMS社屋を破
壊、アヤカシの駆除
《黄泉還り》 内容:死亡より復活
・?? 《とどめの一撃》 内
容:曲狩剣鍬を殺害
▼業務連絡/個別私信
・次回、雪は「査察官」としてTMSに現れます。彼女に味方する者・TMSを守る者、いづれ
も無為無策では勝利は覚束ないでしょう。
・月代一馬、ナイト・ゴーント関連の情報は、『1/2Moon_Tails. 朔なる一貌-Twin Face Moon-』に掲載され
ています。
・鈴希様
一年前に関する“機密情報”を発見いたしました。このデーターを解凍するか、ゴミ箱に捨てるか、
次回のアクションで記載してください。
とりあえず、“いろんな意味で”ヤバい情報であるとだけ告げておきます。
・揚様
守勢にはいるとジリ貧となります。敵のフリーランスは無尽蔵にいると思ってください。
<コネ:曲狩剣鍬>1L【感情/畏怖】を得ました。
・クロウ様
鈴希の見つけた重要情報に関して誰何することが出来ます。ただし、抵抗した場合は
対決となります。
・曲狩様
正攻法では、月代めぐみをつぶす事は出来ないようです。 考慮を期待します
なお、揚黄龍に対し恐怖を得まし
た。
・ダイチュウ様
次は、ギャグでは済みません。
●参考リアクション
・1/2Moon_Tails.
朔なる一貌-Twin Face Moon-
・1/2Moon-Otheres.硝子の振り子
・1/2Moon-Otheres.膝枕の誘惑
■新発見のニューロタング解説
Heads:ギャンブル用語、コイントスで「表」を意味する
Tails:ギャンブル用語、コイントスで「裏」を意味する