山本リョウジ(やまもと・−)は、贔屓にしているBARのカウンターで日本酒を飲んでいた。
無言で男が一人隣の席に腰掛け、アイリッシュをストレートで頼んだ。
「よう。お前が帰ってきているとは思わなかったぜ」
「――仕事の打ち合わせで、偶然たち寄っただけです。
…お久しぶりですね。先輩」
リョウジはニヤリと笑った。男も懐かしそうに微笑む。
「まあな、“餅は餅屋”って云うからな。お前、揚紅龍っていうカブトをしっているか?」
穏やかだった男の、顔色が変わる。この男の貌も、【カブト】だった。
「彼を知らなければ、【カブト】としてモグリでしょう。一級のボディガードにして、凄腕の剣客です」
「ほぅ。お前と、どちらが強い?」
「ボディガードとしての総合技術なら、負けるつもりはありませんが…。純粋な戦闘力で測るならば、彼には遠く及びません」
「なるほどなるほど……、確かにあの腕は見事だった」
リョウジは、手酌で杯を満たす。一瞬の間をおいて、男が激高した!
「先輩っ! いったい何をやったのですか!?」
「おう、事件の情報を聞き出そうとしたら、そいつが邪魔をしてなぁ…。
そういえば誰に事情を聴きに云ったっけ?」
リョウジの記憶から、必要事項がすっきり抜けていた。
「それが、わからないと話にならないでしょう、先輩っ!!」
慄然としていた【カブト】の貌が、崩れていく……。泣きそうな顔で、リョウジの双肩をつかんだ。
「確か。ちょうどそのときに、お前みたいな“ボーイスカウト”が割り込んで来て……。大見得をきったんだよ!」
「なんと云ったのですか」
記憶を喪失しているといっても、概要だけであり、パーツ自体は残っている。記憶を解きほぐし、パズルの
ように断片をつなげば、失われた記憶を修復することも不可能ではない。このリョウジの後輩は、幸いにも心理療法に造詣があった。
「そうそう、『TMS』って会社の月代めぐみっていう女に会いに行ったんだよ。」
「『TMS』聞かない名ですね。仕事の関係ですか?」
「それ以上は、職務規程だ。 …お前だって云えないこともあるだろ、“銀の腕”?」
弱者の盾となるニューロエイジの騎士は、無言で肯いた。
 
一時の休息を得、ニューロエイジの嬰児達は、都会という名の迷宮へ再び挑む。
 
 
TOKYO NOVA-D to Play.By.E-mail
[第2回:1/2Moon_Tails. 朔なる一貌-Twin Face Moon-]
 
 
*    *    *
 
 
「どういうことですか?」
白衣が身に付かない、【タタラ】風の男が初老の紳士に問いをおくる。
【タタラ】の名は、テオフラストゥス・カルマ(−・−)。紳士の名は、月代一馬[つきしろ・かずま]、『TMS』の社長であり、実質的な経営責任者である。
月代一馬は、DAKのディスプレイを指さす。画面には折れ線グラフが書かれていた。
「我が社の、株価の上昇幅だ。 ためしに、今週は意図的に業務成績を落としてみた」
今週の上昇幅は、業務成績に関係なく鰻登りに成長している。
「今月一杯……というところか?」
「どういうことです?」
経済については門外漢のテオが、首を傾げた。月代一馬は、苦い顔をしながら珈琲を啜った。
「このまま上昇を続ければ、我が社の株はパンクする」
磁器の砕ける音と共に、絨毯に土色の染みが広がった。
 
 
              
*    *    *
 
 
N◎VAのRedエリアにある古びた教会。このまま博物館にいきそうな木造の懺悔室にフリュウは足を運んだ。
「……懺悔の御用ですか、ブラザー?」
格子の向こう側から涼やかな声が聞こえる。
「“主の御名を守らんがために”」
定められた、合い言葉を失われたヘブル語で口ずさんだ。
一瞬の沈黙が訪れる。
「ようこそ、『聖母殿』へ…Sir.フリュウ」
「じつは……」
フリュウは先日の体験を告白した。
「夜の従者(ナイト=ゴーント)ですか……、珍しい魔物に遭遇しましたねぇ。
そして、よく夢から覚められました。従者の術にかかると信仰の薄い者は、永劫の夢を見続けます。」
「そんなに、格の高い魔ですか?」
「いえ、能力はともかく【アヤカシ】としては劣等種です。珍しいと申したのは、従者が現世に好んで出てくることは稀なことだからで…」
「そういえば“大公”という者に呼び出されたと言っていたような…」
ダン!!と机を叩く音が、懺悔室に響き渡る。
「“大公”っ!? その言葉に相違はないですか!」
「そういったよ。 その“大公”って、何者なの?」
格子の向こうから、ため息が漏れる。
「…“女大公”アルドラ=ドルファン。彼女は、N◎VAでもっとも格の高い<夜の一族>の長です。」
(じゃあ、どうして…お嬢さんは<夜の一族>に狙われるんだろう)
フリュウは。思惟をめぐらせた。 様々な可能性がある……その中で、一番馬鹿馬鹿しくあり、納得が出来る仮説が浮かび上がった。
 
『――彼女も、<夜の一族>だったら』
 
 そう考えると、納得できる点もある。日中は必ず日笠をさし、それでも気怠そうに街中を歩く姿。
達観した視点、そして人の心を操る才気……<夜の一族>と共通する点は多々ある。
そして、誇り高い一族は…他の一族の跳梁を許さない。
 
(まぁ、仮にお嬢さんがそうだとしても……別にどうってこともないのだけどねぇ)
フリュウの故郷は、人とアヤカシが一定の距離を置きながらも共存している。そう言った意味では、フリュウの視点は世間とはずれているのかもしれない。
 
 
*    *    *
 
 
「ずいぶんと物騒になってきたもんだね〜。ま、喧嘩好きな奴はゴクローサンってところで、こっちはこっちのお仕事を始めましょうか。」
“愛と真実の情報屋”ルクセイド=タカナシ(−・−)は、アイ・オヴ・ザ・タイガーの機能を正常視野に戻し、ハンバーガーの残りを頬張った。自分の持ちうる情報網を駆使し、雪雅代の本当のオフィスの場所は押さえている。
ウェブ喫茶室を拝借して、背広に着替えたタカナシは、とりあえずは【クグツ】らしく見える。
「まっ、片方だけに探りをいれるのは失礼でしょ」
サングラスをかけながらニヤリと微笑む。
何の悪びれもなく堂々と社屋に立ち入る様は、この会社の社員にしか見えない。
「社員数は、10人余……、そのほとんどが諜報用【クグツ】と。」
タカナシは粗忽無く周囲を見回し、空調用のダクトにすばやく潜り込んだ。
(まあ、本当のオフィス自体が間借りだからな…雪って人間自体が、ダミーという可能性もあるな)
ダクトを這いながら、雪の執務室へと向かう。
雪は、来客用ソファでいかにも工作員風の【クグツ】と打ち合わせをしていた。
「……………………」
「そう、計画は順調よ。あの方に伝えて於いて」
クグツは、無言で立ち上がる。
「どうしたの? “無音”?」
“無音”と呼ばれたクグツは換気扇口を凝視し、ゆっくりと“駆風”ピストルを抜いた。
「降りろ。」
通風口にいるタカナシは、自分の存在に気付いたその手腕に驚く前に、その殺気で動けなくなった。
「10秒待つ。」
緊迫感と震えで、声が出ない。この男は間違いなく俺を撃つ。
「で、でてく…る。撃たないで…くれ!!」
掠れた声で、それだけを叫んだ。
 
 
              *    *    *
 
 
「そう、ナイトゴーントという<夜の一族>について調べているんだ。なにか、情報はないかな?」
フリュウは、知り合いの情報屋に、情報を求めた。
「バケモノは、そっちが専門だろ!? 俺に聞くなよ。 それより、お前…TMSの会長と知り合いなんだろ? 何か、変わった動きがあるんじゃないのか?」
情報屋の回答はつれなかった。 逆に、こちらが情報提供をする羽目になった。
(やれやれだ。 たしか、“大公”は『サロン・ド・ドルファン』という狩猟場を有していたよな……。調べておいて損はないよな)
 フリュウはそう思い、ストリートの深淵に最も精通するであろう、この情報屋に1つだけ訪ねた。
 
「ここが、N◎VAでもっとも格式の高い“狩猟場”……か。普通のストリートだよね」
情報屋のもつ情報によれば、このストリート全てが“女大公”アルドラ=ドルファンのテリトリーであるらしい。
 しかし、ここはどうみても普通のストリートである。歩く人を見ても、普通の人間である。
どこからともなく、深夜0時を告げる鐘が鳴った。
 
「きゃあああああああああああああああああああ!!!」
 
ストリートのど真ん中で、絹を切り裂く悲鳴が上がる。
フリュウが駆けつけると……伝説に名高い、狼男が街ゆく人を襲撃し、虐殺を行っていた。
(どういうこと!?)
突然の事態に、動く事が出来ないフリュウを後目に、狼男は十人近くの通行人を虐殺し、月に向かって雄叫びをあげた。
 
「……本日の趣向、ご満足いただけましたか?」
数分の後、初老の執事を従えた少女がいつのまにかストリートに現れた。
「最高だぜ。」
昂揚する気分を押さえきれず、荒い息をついたまま狼男は少女の腕に恭しく接吻した。
 
(あの少女が…“大公”? 確かに、禍々しいオーラを感じるけど)
狼男が、闇に消え…去ろうとする少女を、フリュウは尾行した。
数刻後、アーケードの一角にあるアンティークな造りのBARの中に、少女は入っていった。
店頭には、古風な飾り文字で『サロン・ド・ドルファン』と書かれていた。
 
 
              *    *    *
 
 
「ああ、そうだ。雪雅代[すずき・まさよ]。少しでもいい…情報が欲しい」
テオは、思いつく限りの人脈を訊ね歩いた。元々、一匹狼であるテオの人脈は少ない……。
唯一の情報源であるストリートのフィクサー、マイケル=グローリーが最後の頼みであった。
「ドクター、貴方が人捜しとは…いや、めずらしいですね」
笑みを絶やさいまま、DAKのキーボードをたたく。
「…………」
マイケルの額に汗がにじむ
「ドクター。貴方、ずいぶんと厄介な事に足を突っ込んだ可能性がありますよ」
「覚悟の上だ」
マイケルは、プリンターから1枚のハードコピーをプリントアウトした。
雪雅代のオフィスの地図が、そこには書かれていた。
「――彼女は恐らく、【カゲムシャ】です。」
「フェイク? ……【クロマク】が居るということか?」
マイケルは、アメリカンに肩をすくめた。
「あくまでも……勘ですけどね。 彼女の情報は、非常に少ないのです。いくら小さいとはいえ会社一つを掌握するだけの人物。財界にリストの一つはあるのが道理。そこに情報が無いということは…彼女自身は、企業に全く認知されていないということです。
そういう人物が、小とはいえ、企業を乗っ取る資金を有しているとは思えない…それだけです。」
 
ストリートでタクシーを拾い、TMSへ戻る途中にテオは情報を整理した。そもそもにおいて、今回の事件は納得がいかない点が多い。
 姪であり、TMS会長:月代めぐみ拉致未遂にしてもそうだ。タダの身代金誘拐にしては手が込みすぎている。
では、首脳を拉致し経営を頓挫させることを目的としたならば……?
それにしても、めぐみを誘拐する価値は薄い。実質的な経営者は一馬だからだ。
(偶然か? ――それにしては出来すぎている)
もし、この2つの事件が関係在るとしたら、考えられるのは1つ。
二方面作戦である。
(誰かが、月代一族を狙っている。 だが、何のためだ)
テオの思惟は答えには到らなかった
 
 
              *    *    *
 
 
二人の前には、数杯のカクテルグラスが空になって並んでいる。
「…で、俺は“ナイト・ゴーント”っていう、【アヤカシ】を追っている。お前知らないか?」
「…先輩も私も、【バサラ】【マヤカシ】ではないのに、アストラルと縁が深いですね。
私は、専門家ではありませんが? その手のプロには伝手があります」
「ほう? 誰だそいつは?」
「“占いじじい”、御門忍、アスタロテと並び称される……稀代の【マヤカシ】です。」
そういって、カブトはポケットロンでコールをし、相手と1分ほど話をし、リョウジにポケットロンを渡した。  
「……初めまして、ST☆Rで『KRK』という警備会社を経営しております、来栖と申します。
ナイト・ゴーントとは、ずいぶん珍しいモノに遭遇されましたね。奴は、本来はこの世界には姿を現さない、アストラルの住人です。」
「ってことは、其奴を呼びだした【クロマク】がいるってことか?」
「……そう考えた方が、よろしいと思います。それも、高位の術者か、<夜の一族>でしょう。
ナイト・ゴーントは、人の夢を操る異能を有していますが、純粋な戦闘力では【カタナ】や【カブトワリ】の足下にも及びません。目星がつくのなら、こちらから強襲する方が吉でしょう。」
 
「面倒くせぇなぁ〜。 お前、調べてくれないか?」
横のカブトに話を振る。
「私は、【フェイト】ではありませんよ? どうしてもと言うのなら、依頼と云うことで……」
「1時間1シルバーなんて、巫山戯たことをいうのか?」
リョウジは、懐からカッパーを数枚取り出しながら、視線を送った。
カウンターの向こう側では、バーテンが無言でオレンジ・ピールを創っている。
「残念ですが、先輩…。私の本業は、護衛です」
「ああ、そうだったなぁ。」
流れるような動作で、二人は傍らに立て掛けている愛用の降魔刀を抜いた。
リョウジの刃がバーテンの頸部すれすれのところで止まる。
「………どこから、話をきいていた」
「お、お客さん? ここは危険物厳禁の…ッ!!!」
「聞いているのは、俺だ。 誰に頼まれた?」
常人ならば、失禁しそうな緊迫感の中で、バーテンは一瞬驚き、2秒後…歓喜に満ちた笑みを浮かべた。
「ククク……オ前カ? 我ヲ、探シテイル痴レ者ハ?」
「だったらどうする? こちらは、二人。お前は一人…いや、一匹か?」
バーテンは、その瞬間に人の血肉をぶち撒けながら、宙に舞った。
その姿は、悪魔の翼を生やした黒い輪郭である。
「なるほど、夜の従者というのは…まちがいじゃあないな」
ニヤリとリョウジが笑う。眼で、傍らに“手を出すな”と語りつつ、
威勢良く、宙に舞った。
ガキン!
下段からの、太刀は鍵爪で受け止められた。その刹那!
機械音と共に起動した、“MDガイスト”が、落下運動のエネルギーに従い
ナイト・ゴーントの片翼を断ち切った!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
叫声と共に、切口より漆黒の闇が鮮血のように吹き出した。
「おっと、逃がさないぜ」
返す刃で、もう一方の翼に降魔刀を突き立てる。そのままナイトゴーントを、壁に磔にした。
「さっ、お前の主人について教えてもらおうか?」
抜く手も見せず、背中の“真打”を抜きはなち、頸部にあてる。
「愚カナ…。知ッタトコロデ、人間風情ガ“大公”ト太刀合エレル筈ガナカロウ」
「ああ、そうかい」
笑み。次の瞬間、ナイト・ゴーントの首が地面に転がった。胴体からは、噴水のごとく闇が飛び散る……。まるで、能の動作のごとく緩やかで、無造作で、かつ速く凄まじい《死の舞踏》であった。
「先輩っっ!!」
リョウジは、真面目な顔で首を見下ろしている。
「……【アヤカシ】は無限に近い生を持つ。判っているだろ?
 おう、帰ったら主人に伝えておけ。近々、其方の舞踏会にお呼ばれするとな!」
その台詞を合図に、ナイト・ゴーントは灰となって《霧散》した。
 
 
*    *    *
 
 
「じゃ、貴方が何者なのか…誰から頼まれたか、教えてもらいましょうか?」
雪が口を開く。“無音”の銃口が獲物に飛びかかろうとする狼のように睨んでいる。
タカナシは咥内の中の乾きを唾で誤魔化しながら、
「人にものを訊ねるときは、自分から云うっのが仁義……ッツ!!!」
耳の傍に疾風が駆け抜けた。“無音”の構える銃口からは硝煙がゆらりとのぼっている。
「訊ねているのは我々だ」
雪は、抜き取られた…ダミーのクレッドクリスを調べている。
こいつさえ信じてもらえば…、タカナシの用意した最後の罠であり、身を守る装甲である。
 
「二セットの覆面調査員!?」
「……誰であろうと、死体に口はない」
「それはまずいわ! いくらあの人でも、今セニットを敵に廻すのは得策ではない」
(――はは〜ん、この女……【クロマク】の《腹心》ってことか。なんとかして、【クロマク】の情報がほしいな)
「無礼の段、お許しください。」
拘束が解かれ、茶菓が用意された。
「で、どのようなご用でしょうか?」
「こちらの、経営について数点の再調査を命じられまして
……司政官直々の特務です」
“さらりまん”を入れたかのように、タカナシは【クグツ】らしく演技した。雛形(アーキタイプ)に沿えば沿うほど、後に残る印象は薄くなる。磨き抜かれた【カゲ】の技である。
「……なるほど、お話は承りました。ところで、貴社は『TMS』社の株を買い集めているようですが、どのようなお考えで?」
「それも、調査内容?」
「私の個人的な興味で」
「まあいいわ。 スポンサーが『TMS』を欲しがっているのよ。良くあることでしょ?
株の代行取引って」
(云っていることには、間違いはない。 つまり、雪は誰かの部下で、何者かがTMSを掌握したがっているってことか?)
真っ先に思い浮かんだのは、同系の医療会社『イワサキ』、手段を選ばない『レイド&ルーラー』……だが、この二社が動いていないのは確認済みである。
(じゃあ、だれだってんだ? 特定の資産家か……あるいは)
“10分”の沈黙が続いた。
 
 
*    *    *
 
 
(――っていうことは、これしか道はないよな)
解放されたタカナシは、【カゼ】に扮してステッペンウルフを駆っている。
尾行する相手は、連絡役としてきた“無音”という名の【クグツ】。この男は、報告のために【クロマク】の元へ戻るはずだ。BLAKK=IANUSを埋め込んだこの【クグツ】が、盗聴しやすい電話を使用して報告するはずがない。
直接【クロマク】に報告するはずだと踏んでいる。
【クグツ】の乗るどこにでもありそうな“キグナス”セダンは、隅田川を渡り……スラム地区へ向かう。
(おいおい、【クロマク】はどこかのマフィアや三合会ってオチじゃあないだろうなぁ)
任侠関係者の方々じゃあ厄介だなぁと心の中で思いつつ、路地を曲がった。
廃棄ビルが建ち並ぶ区画にセダンは停車している。人気はいない。
タカナシは様子を伺いながら、セダンに歩み寄った。
「!?」
運転席の中に“無音”と呼ばれたクグツの姿は見られなかった。
(そういえば、こいつ……銃の扱いに炊けていたな)
寒気が過ぎり、周囲を見渡す! 奴の姿は見えない。
刹那、セダンが爆発した!
火傷を負いながらも、タカナシは転がりつつステッペンウルフにたどり着く。
「!!!」
上を見上げたタカナシがみたのは、バケモノみたいな大型狙撃銃を構えた、“無音”であった。対戦車用ライフル、ブローカーに一度だけ見せてもらったことがある。戦車の装甲板をも穿つ弾丸を受ければ、急所でなくともショック死は確実である。
轟音と共に、飛び交う“鉛の死神”を、間一髪で交わしながら、バイクに飛び乗った。
大型ライフルは反動が大きく、地面に二脚架で固定する必要がある。照準を合わせる一瞬の間をついて、タカナシは全力で突っ走った。米神の傍を死神が通り過ぎた。タカナシは、さらに速度をあげた。その瞬間、タカナシはカゼになっていた……。
死地より《脱出》したことに気付いたのは、2時間がたった後である。
 
 
「一馬さん、済まない。意気込んだはいいが、何の役にも立てていない」
テオはそういって、項垂れた。
『TMS』社長室。テオと月代一馬は、情報を整理していた。
「抑もにおいて、今回の件は謎が多い。」
「謎…ですか?」
一馬は、ディスプレイに円グラフを呼び出した。
「これが、TMS株の占有率だ。我が社の役員・社員の持ち株が10〜15%。
恐らく、雪という女の持ち株が20〜30%。 実の所、市場に出回っている浮遊株が10%程度。 残り40〜50%……約半数の株が行方不明だ」
「雪は、占有率において我々の倍を有している、わけですね」
「そして、行方不明の半数を誰が有しているかだ」
「………もし、その人物が我々に敵意を持っているならば」
「浮遊株を買い占めるか、雪と手を結んだ瞬間に…我が社は《M&A》
されてしまう」
「早急に、行方不明の株を探しましょう」
 
お互いが、頷き合ったその瞬間………!
天井が割れ、巨大な光の刃が振り下ろされた!!!!
 
刃は、一馬の右腕を瞬断し、そのままTMS社屋を両断した。
「くそっ!」
倒壊する社屋の中を、テオは走り抜け…昏倒している一馬を抱きかかえ
窓から飛び出した。
 地上6F…常人ならば、即死は免れない高度の宙に、テオは浮いている。
(一体、何が起こった!?)
予告も無しに光の刃が降り注ぎ、社屋が倒壊する。恐らく、死傷者はとんでもない数であろう。上階にいた、一馬の姪は無事であろうか。
今は、確認する暇はない。
(………誰だ!)
同じく空中に、人影が見える。
(あれは、〈光の運び手〉!?)
力の区別は【バサラ】にしか判らない。いくらN◎VAとはいえ、元力使いは同じ場所に複数居るはずは無い。男は、地上に居るめぐみたち生存者に注意が向けられテオと一馬の存在に気づいていない!
「…お前かっ!?」
普段は決して見せない、憤怒の貌。 掌に力を集中させる。
空気の鉄槌をイメージした。
 
放とうとしたその瞬間。雷のような轟音と共に、目の前の男が血を吹きながら地面に墜ちた。
(狙撃手!)
 
気配はない。狙撃手は立ち去ったようだ。
(それよりも今は、負傷者を治さねば!!)
テオは【バサラ】から【タタラ】へ戻った
 
 
*    *    *
 
 
「………ここは?」
朧気ながらの意識で、月代一馬は視界に映るテオに訪ねた。
「私の診療所です。腕は繋ぎました。 …傷口が滅茶苦茶で、
痕は消えません。」
「そうか。」
蹌踉めきながら、立ち上がろうとする。
「まだ、早い!」
「会社の状態は……?」
なおも起きあがろうとする一馬を抑えて、テオはDAKのニュース速報を流した。
 
『本日、午後6:00。斑鳩にある、TMS社社屋が突然、爆発し倒壊しました。
偶然、周囲を歩いていた人4人がビルの倒壊に巻き込まれ死亡。十数名が、
重軽傷を負いました。
 また、ビル内部にいたTMS社員の内、25名が死亡。43名が意識不明の重体となっております。
会長:月代めぐみ女史の命に別状はなく、都内の病院で治療を受けております。
 セニットの公安委員会は、薬物や化学実験による事故ではないかと判断を下しており、法令違反等がないか、近く現場検証をおこなう事が決定いたしました。』
 
 
*    *    *
 
 
漆黒の闇のなか、妖艶なる少女が蝋燭だけの灯りの中でグラスを
傾けている。
「ずいぶんと、手酷くやられたわね? 【バサラ】でも居たの」
「申シ訳ゴザイマセヌ。……我ラニツイテ、幾バクカノ知識ヲ
有シタ輩ガオリマシテ……。」
「まあいいわ。傷が癒えきるまでしばらく休みなさい」
 
「……なるほど。『SSS』が動いたようですね」
“ラチェット”タップのディスプレイを眺めながら、傍らの男が
言葉を紡ぐ。
「『SSS』は、愚鈍な犬と聞きましたが?」
「何事においてもイレギュラーは存在します。しかし、貴女の従者がつかえないとなると……。少々、計画にズレが生じますね」
「愛しの姫君を、こちらに招待する事? 少し、妬けますわ」
男は、微笑みながら琥珀色の液体を口に含んだ。
「私の野望の実現には、姫の協力が必要なのですよ。 ……誘ったのは、貴方ではないですか?」
「あら、そうでしたか? 数千年も生きていると、物忘れが激しくて」
「まあ、退屈はさせませんよ。この激動する幾ばくかの日々は、無為な数百年に匹敵するでしょう」
そして、お互いに微笑み合った。
 
月は、無に向かって欠けだしている。
 
古き女大公は、月の姫の身柄を求める。
伝統と退廃に耽溺する者、過去を破り未来に生を求める者
いづれが正しき道なのか。
 
 ……神ならぬ我々の身に、それを知る術はあり得ない……。
<幕間>
 
■ 次回予告 ■
 今まで、闇に包まれていた敵さんも、徐々に活動を始めたようだね。
あ、自己紹介がまだだったね…僕の名はフリュウ。アンスリールっていう小さな自治領を収める領主の三男坊さ。
 もっとも、貴族であろうがなかろうが……この街では関係のないことだけど。
どうやら、アルドラ=ドルファンは、月代のお嬢さんの身柄を欲しているようだけど……
〈夜の一族〉の上位種同士は仲が悪いと聴いていたけど、まさか親睦会ってオチじゃあ済まないよね。
 まあ、僕は僕なりに《真実》を求めるだけだけど。 
 
さて、次回のアクションは……
 
▼次回アクション一覧
02b-1:倉敷恭也の手伝いをする
02b-2:『TMS』を救う!
02b-3:雪雅代に媚びてみる
02b-4:ナイト・ゴーントにとどめを刺す
02b-5:アルドラ=ドルファンに面会を求める
02b-6:邪魔なあいつに引導を渡す
02b-7:他に成すべき事がある (※少し、不利になります)
 
▼ 消費神業清算
・山本リョウジ     《死の舞踏》 内容:ナイトゴーントを殺害
・ルクセイド=タカナシ 《脱出》   内容:死地より逃亡
・ナイトゴーント    《霧散》   内容:ダメージを消去&退去
・“無音”        《とどめの一撃》 内容:【バサラ】を殺害
 
▼業務連絡/個別私信
・アルドラ=ドルファンに会う際は、〈社会:アストラル〉かそれを有する〈コネ〉が必要となります。なお、危険度が高いことは明記しておきます。
・月代めぐみ、倉敷恭也関連の情報は、『1/2Moon-Heads.双貌割月』に掲載されています。
 
・フリュウ様
アルドラ=ドルファンの根城を発見いたしました。
次回、[02b-05]を選択した際、他キャストに抜きんじて面談を申し込むことが出来ます。
・タカナシ様
現段階ですと、《脱出》はうまく使えません。うまく使うためには、最終話までに、今回で得た情報を『TMS』に売り飛ばし有効活用してもらう必要があります。
・山本様
〈コネ:ナイトゴーント〉1L【感情】(怨恨)を得ました。次回より、ナイトゴーントの居場所を〈コネ〉で探すことが出来ます。
 
●参考リアクション
・1/2Moon-Heads.双貌割月
・1/2Moon-Otheres.硝子の振り子
1/2Moon-Otheres.膝枕の誘惑
 
■新発見のニューロタング解説
Heads:ギャンブル用語、コイントスで「表」を意味する
Tails:ギャンブル用語、コイントスで「裏」を意味する

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