「社長。急な呼び出しとはどのような内容でしょうか?」
「・・・話とは、ガルガンダス特務査察官から報告に寄るものですが。」
ミラーシェイドに包まれた千早雅之の表情は読むことができない。
倉敷は、自分の部下ほどの年齢の若獅子の次の言動に集中した。
「今回の『TMS』に関する騒動は、全て貴方の狂言綺語・・・自作自演ということですか?」
倉敷は沈黙を保ち、言葉が終わるのを待った。社長の真意は読みかねるからだ。営利企業は、決して慈善団体ではない。
だとすれば、『TMS』との事業提携も“あるべき姿”への布石であることは、馬鹿か“ボーイスカウト”でもない限りは理解しているはずだ。
「――それが本当ならば、我々は『TMS』への対応を考えなければなりません。」
沈黙が社長執務室を支配する。現在の雅之は日本刀を振り回すようなことはしない。彼の刃は、死をも辞さぬ【クグツ】と金という名の
暴力である。乾ききった咥内を舌で湿らせ、倉敷は口を開いた。
「全て、事実であります。 しかし、それは本社の利益のためです!」
雅之は答えない。
「一年前、零細企業である『TMS』と異例の技術提携を御決裁された理由は、一つ・・・。『TMS』を吸収合併しやすくするための布石、
それに相違ないはず!」
「……だとしても、これは“スタンド・プレー”です。」
返事は一言。
「しかし、貴方の計画は最終段階に入っていると見受けられます。作戦はこのまま、継続してください」
倉敷は、最敬礼で応えるしかなかった。
倉敷が退席したのを見計らって秘書が、珈琲の入った銀のポットをもってくる。雅之は2つのカップを用意し、ブルーマウンテンブレンドを注いだ。
「……盗み聞きとは趣味が悪いですね。」
「いや〜、ばれちゃいましたか☆ 余りにも、面白そうな話でしたので・・・」
観賞用の鉢植えの影から、しまりのない男がヘラヘラと笑いながら出てきた。
柊勇哉[ひいらぎ・いさや]。所属は営業部三部庶務課、役職は係長。社長執務室に顔パスで入れる人物では決してありえない。
その正体は、査察部後方処理課のエージェントとなっているが、誰もが納得するこの事象も真実ではありえない。その正体は、
一切が謎に包まれている。
「本社と事業提携を結んでいる『TMS』、ご存知ですか?」
「いや〜。部署以外のことは、からっきし☆」
ヘラヘラ笑いながら、珈琲をすする。傍目からは、やる気のない【マネキン】平社員そのものだ。
雅之は無言で、ハードコピーをわたし、手短に事情を述べた。
「・・・で、実際のところ。社長は『TMS』を《買収》する腹なのですか? だとしたら、一社員の私が云うことはありませんね。
あ。ところで、私は珈琲を飲むなら高級なブランド物カップよりマグカップのほうが好きですね。」
だったら、倉敷に任せておけといいた気な顔で、カップを片手に書類を斜め読みしている。
「・・・貴方に、『TMS』の支援に廻ってもらいたいのです」
「いや〜、どうしたんですか社長。いつから“ボーイスカウト”に宗旨替えされたのですか?
この資料を拝察しましたところ、実に私の興味をそそる情報がありましたから、私としては願ったりなんですけどね。」
ヘラヘラと笑いながら、重要人物のプロファイルを開く。
「この、エリザっていう秘書さん美人ですねぇ〜。私の傍におきたいくらいです。会長さんも、後5年もしたらいい女になるでしょうねぇ〜。
お役目というならば、喜んで役務につきますが…………」
雅之は、表情一つ変えずに、マグカップを2つ用意し珈琲のお代わりをなみなみと注いだ。
「――私たちに“トライアル”をしろ……そういうことですか?」
そう訊ねる貌は、歯車たる【クグツ】ではなく、まさしく【エグゼク】のものであった。
「――私も、珈琲はマグカップの方が好きですね」
マグカップに注がれた珈琲を一口のみ、雅之はそういった。
TOKYO NOVA-D to Play.By.E-mail
[第3回:1/3Moon-Heads.朧光憐歌]
* * *
深淵の闇の中。闇を照らす灯りは三日月のみ。その中を黒い翼が駆け抜けていく。ナイト=ゴーントには貌が無い。
しかし、ナイト=ゴーントは焦っていた。夜を支配すべきモノは、今追われているのである。
「どうした!? 息があがったか?」
濃紺のポリ服に身を包んだ筋骨逞しい男は、残酷な笑みを浮かべつつ10m後方を息も切らさずに疾駆している。
その様は、獲物を追いまわす猟犬そのものである。
“死の猟犬”山本リョウジ(やまもと・−)、N◎VAで戦う為の牙を持ち続ける数少ない猟犬の一人である。
(――小物は、追いつめれば必ず巣へ逃げ帰る)
リョウジの執拗なナイト=ゴーント追撃の理由はそこにあった。根を断つには、相手の頭を燻り出さなければならない。
そのためには、小物を巣穴に逃げ込ませるのが一番である。
「狩る側から、狩られる側になった気分は…どうだ?」
ナイト=ゴーントを威嚇しながら、あえて追いつかないようにリョウジはかけ続けた。
* * *
深き闇の中、気怠そうに女性が寝台から身を起こす。女性の名はモーリガン=ル=フェ(−・−・−)、幸運の女神にして英雄に破滅を呼び込む魔女である。
「貴方の、野望を満たしてあげるわ」
妖艶に微笑み、傍らの男に接吻をする。
「何をするつもりだ?」
「『TMS』が欲しいのでしょ? この機会なら、『TMS』を沈黙させられるわ」
「――沈黙させた後、どうやって摂取するとうのだ?」
のそりと、傍らの男……倉敷恭也[くらしき・きょうや]が起きあがる。
「あら? 騙し合いは、なしにしましょう。 貴方が一年前、何をやったのか……あたしは知っているわよ」
「……一年前とは?」
「一年前、役員会議で月代継男派の役員を黙らす為に貴方が用いた武器……。まさか、あの後捨てた…て事はないでしょ?」
含み笑いをしながら、倉敷は内線で朝食を持ってくるように召使いに命じた。
「全てお見通しか? 君は、まさに勝利の女神だな。 この度は、君に任せよう」
「あまり、私が好きな方法ではないけどね……この時点での効果は折り紙付きよ。
そのために、一つ用意して欲しいものがあるのだけど」
「いいたまえ」
「貴方の部下という身分証」
「簡単なことだ」
* * *
「いやー、そこんとこ頼みますよ〜」
「お答え致しかねます」
「そちらの興亡に関わる情報なんですよ」
「――幾ら頼まれようとも、承けかねることがございます」
『TMS』仮営業所を探し出すことは楽だった。しかし、会長:月代めぐみ[つきしろ・−]へ繋ぐことは流石に伝手なしでは無茶であった。
神宮桃次(じんぐう・とうじ)は、一般受付の受付嬢の前で考え込んだ。さすがの突撃記者も伝手無しでエグゼクに会うのは至難の業であった。
「どうかしましたか?」
喧噪を聞きつけ奥から、女性用“ジェントリー”を着こなした女性が現れた。
一度、社長室で見かけたことがある。エリザ[−]とかいう社長・会長直属の秘書だ。
(チャンスはこれしかない!)
神宮は、エリザに歩み寄った。
「えーお久しぶりです」
「確か……神宮さんでしたか?」
「実は、貴社の進退に関わる重要な情報をお持ち致しまして……是非とも、会長への面通しを仲介していただけませんか」
「それでしたら、倉敷氏にお持ちすれば宜しいのでは?」
(バレてる……)
「いや〜。実は、その倉敷氏に関する情報でして」
「…………解りました。ただし、私と護衛の者も同席致しますが構いませんか」
「まあそれは……」
「もう一つ。懐のものをお預かり致します」
とにかく会わなければ、仕方がない。泣く泣く神宮は、“懐に抱く”美しき死神を氷の女神に捧げた。
* * *
千早重工社長室。千早雅之[ちはや・まさゆき]は、タップに向かい平常執務を執り行っている。突然、ディスプレイに
小型ウィンドウが開き、秘書が一礼する。
「執務中に失礼致します。社長、黄色い物体が社長に面会を求めていますが如何致しましょうか?
アポイントメントは御座いませ…ひ、ひいっ! 銃を向けないでくださいっ! だれかー早く来てぇぇー」
「……私室に通してください。」
画面先の喧噪を無視して、千早雅之は傍らに立てかけている二振りの“降魔刀”を手に、無言で席を立った。
「……お待たせ致しました」
シュンという風切り音と共に降魔刀を袈裟懸けに振り下ろす。
ガキイイイイン!!
黄色い物体の左腕にマウントされていた、鋼鉄製の鞭が繰り出され、ぶつかり合って火花を散らす!
「ダイダイ!(社長さん。何をする!)」
「あれほど、言ったではないですか。 アーコロジー内で武器を出さにように…と。ダイチュウ(−)さん」
微笑みながら、千早雅之は氷のような刃を鞘に収めた。
「ダイチュウ。(あんたの飼っている雌犬の対応が遅いからだ。ゲストの顔くらい覚えさせろ!)」
「そうですね。考慮致しましょう」
「ダイダイ(大体、戦場じゃ敵味方の識別ができなきゃ、殺されるだけだぞ。)」
………………普通、敵対者はご丁寧に受付で問い合わせはしない筈だが…………。
「――ところで、こんな時間に何のご用ですか?」
自堕落なダイチュウが、“普通の”サラリーマンが執務をする時間帯に現れるのは極稀である。
「ちゃー(あんたの部下の倉敷恭也と会談したい。場をセッティングしてくれ)」
「解りました」
千早雅之の瞳が鈍く光った…様な気がした。
* * *
「どうした!? 休み時間は終了したぞ? ……それとも、ここが終着駅か?」
リョウジは残酷な笑みを浮かべながら、ナイト=ゴーントの喉元に白刃をつきつけた。
「貴様……。マ、マサカ……ッ!?」
「そう、そのまさかだ。あんたはご丁寧にも、住処まで俺を案内してくれたわけだ」
「生カシテ、帰スワケニハ、イカナイナ……」
「ああ、そうかいそうかい。俺はどちらでもいいぜ?
ここであんたを始末すれば次の案内人が来てくれるだろ。今度はそいつに頼まぁ」
襲いかかるナイト=ゴーントを無造作にかわし、背中に蹴りを入れる。無様な音をたてて、ナイト=ゴーントは地面に真っ向から激突する。
「どした。もう終わりにするか?」
実に慈愛深そうな笑みを浮かべながら、リョウジはナイト=ゴーントを見下ろした。
「ニ、人間風情ニ……ッ!」
如来像もかくやという感じの微笑が消え、左腕の“MD”ガイストが服を破って起動した!
ガキッ!
火花を散らして、刃と鉤爪が交錯する!
「バケモノの次は、パンクな兄ちゃんか? 俺もつくづく運がねぇなあ。」
「芸術の極みは、その芸術を“崩す”ってことをしらねぇのか? “鬼殺しの”山本リョウジさん」
「……生憎だが、今日は3匹のお供はいなくてな。“桃太郎”の気分じゃねぇんだ。
で、誰だかしらねぇけど……とりあえず、名乗れよ。“ミスター・スミス”って墓名はイヤだろ?」
「好き放題言ってくれるなぁ〜。」
男は、カブキもかくやという風に見得をきり名乗りを上げた。
「俺は、“ブルー・ウルフ”って者だ。
そうだなぁ〜此奴の仕えているマスターの用心棒って奴だな」
鮫のような微笑み。リョウジは微笑んだ……
「――じゃあ、三下よりあんたに聞いた方が早そうだな」
* * *
「一馬さん。倉敷次長からの使者が来ていますが、お会いになりますか?」
「お通ししてくれ」
とても【エグゼク】には似つかわしくないストリートの診療所の寝台から起きあがり、月代一馬[つきしろ・かずま]は、
傍らの医者…テオフラストゥス=カルマ(−・−)に視線を送る。それを承けて、使者を病室に通しながら退室する。
入れ替わりに、凡庸そうな女クグツが入室してきた。
「倉敷次長からの使いを聞きましたが……どのようなご用でしょうか?」
使者は、無言でデーターファイルを差し出す。メールで添付すればいい程度のものを、わざわざ使いに持たせると言うことは、
それほど機密性の高い情報であろう。
中身は、『TMS』維持の方法13箇条。 とにかく、一見の価値がある見出しである。食い入るようにレポートに見入る一馬にとって、
それ以外の全ては《不可視》となった。
使い番のクグツは、ゆっくりと“P4”ピストルを取り出し、狙いをつけた。
パス! パス! パス!
次の瞬間、合計3発の火薬が爆ぜる音が周囲に響いた。どんな子供でも、しっかり狙えば人を殺せる。銃器とは咥内より甘く嘆美な
薫りを放つ、美しき死神である。シーツに大量の紅をまき散らし、月代一馬は血の海に沈んだ。
「――こういう事、あんまり得意じゃないのだけどね」
クグツの顔が歪み、モーリガンの貌となった。出て行きがけに、すれ違ったクグツから失敬したDNAパターンを複写し、別人の姿に化けていたのだ。
「一馬さん! お、お前は!?」
「あら、ばれたかしら? とにかく、失礼するわね……ッ!!」
その瞬間、重力の投網がモーリガンを縛った
「……お前、倉敷のヒモだったな。倉敷の指図か!?」
「しらないわよっ!!」
「――天然臓器にもならない身体にしてやろうかっ!!!」
“路地俗語”を吐きながら、さらに重力を強める。重力の網が、プレッサーに変化する!
「っ……私の相手をしていると…手遅れになるわよ」
「……ッ!!!」
モーリガンは弱みをついた、言葉でテオを〈誘惑〉した。 術の拘束力が弱まった隙をついて、ガラスを破って脱出した!
「くそっ!」
舌打ちしながら、テオは一馬を抱きかかえる。
(――寸暇を惜しむ……っ!)
テオは自問した。自分の拙い医術で、この消えゆく命を繋ぎ止められるか。いや、繋ぎ止めなければいけない!
* * *
「――――で、私に何の用でしょうか?」
「ダイチュウ。(この前の“落とし前”を着けに来た)」
「落とし前と……いいますと」
「ダイダーーイ!!(澄ました顔をするな、ビッチ! これ以上ナメた真似をしやがったら、手前ぇのケツの穴に銃をブチ込んで、
目玉吹っ飛ばすぞ!?)」
倉敷の口元がピクリと動いた。
「で、私が何をしたというのでしょうか?」
「ダイダイ!!(俺が、社長さんの命令で、雪の首を落としに行った帰りに、あんたの駄犬どもに囲まれたんだよ!)」
「気のせいでしょう。」
「ダイダイ、ダチュー(メスとヤリすぎて、まともな思考まで失せたか!? 【クグツ】だけあって、煩悩だけは盛りのついたイヌ並みだな、ビッチ)」
「……言動には気をつけろ、“クレイジィ・ラット”。ヤクが切れたなら、ストリートにいけ!」
「ハッハー(ようやく、口を開けるようになったな)、ダイダーーイ(俺は、どうして社長さんの頼みをうけて、奉仕活動に勤しんでいる最中、
あんたにケンカを売られたか知りたいだけなんだよ、ビッチ)」
「貴様、言動に気をつけろと言われただろっ!! 」
あまりの問題発言の数々に、倉敷の部下が激昂し、懐から“MP10”ピストルを取り出した。
「ダーーーイ(OK。ガッツの有るところをみせてみろよ、ルーキー)」
その時、ダイチュウの右手には安全ピンを抜き取った手榴弾が握られていた。あまりの非現実的な状況に部下は震えてトリガーを引けない!
ダイチュウはゆっくりとピンを差し込み、手榴弾を懐に仕舞った。
「ダイ(安全ピンを抜いても、取っ手を握っている限り爆発はしない。それに気付かないところが、ルーキーの証拠だ)」
改めて、倉敷にガンをつける。
「――あの段階で、雪との全面戦争は避けたかったからだ」
「だい?(あ? 言動は正確に云え、ビッチ野郎。 《腹心》の雪を消されたら困るからじゃないのか?)」
「死ねっ!!!!!」
“MP10”の乾いた銃声が室内に響き渡る。
「ダーーーーーーーーーーイ。」
発砲の瞬間、ダイチュウは【クグツ】の背後に回り込み、尻尾をくっつけて放電した。
「ああああああああああああああああああああああ!!!」
肉の焼ける嫌な薫りが室内に立ちこめ、クグツはビクビクと撥ねた。その瞬間、ダイチュウはH&K“USP Mk-23”を
抜き放ち、後頭部に45cal.ACP弾を打ち込んだ。
「ダイ(ルーキーが、調子に乗るからだ)」
朱に染まったカーペットを踏み越え、出口に向かう。
「ダイチュウ(謝罪しないのなら、“これ”を返答として受けとるからな)」
倉敷は何もいわなかった。
* * *
ガキィィン!
四本の白刃と、十個の鈎爪がぶつかり合って闇夜の中に火花を飛び散らせる!
「いいねぇ〜、あんた最高だよ!」
“ブルーウルフ”は心底戦いを楽しんでいる。
(こいつ……、ただ者じゃねぇ!?)
【カタナ】としてなら、N◎VAでも十指に入る自信があるリョウジとしては久々に歯応えのある
相手と巡り会えた。
(こうなったら、奥の手だ!)
“ブルーウルフ”の攻撃を右手の“MD”ガイストで受け止め、刃同士を交差させたまま降魔刀を繰り出した!
(何!?)
反応しきれないと悟った“ブルーウルフ”は防御をかなぐり捨て、リョウジの喉笛に噛みついた!
「ぐわっ!」
辺りに鮮血の雨が降りしきる。お互いに間一髪で急所を守ったが、深手であることには変わりない。
肩で息をしながらのにらみ合いが続く。
「――――こんな所か?」
「この辺だろ?」
どちらが先に言ったか判らないが、両者とも刃を納めた。
「マスターの住処は、そこの階段を下った先にある。俺の名前を出せば、中に入れてもらえる。
気が向いたら、来いや。」
そういって、階段に向かって歩み出す。
「ウルフ殿、コノヨウナ下郎ヲ、“大公”ニ引キ会ワセル気カッ!?」
ナイト=ゴーントの誰何に、“ブルーウルフ”は獣のような形相で振り向いた。
「ああ? 手前ぇ、誰に向かってものを言ってるんだ!?」
周囲の空気が沈黙した。
「俺に命令できるのは、“大公”と俺だけだ」
* * *
スラムの深淵の一角にある、“いかにも胡散くさげな”銃器屋。ダイチュウは躊躇することなくそこに入った。
「よう、久しぶりだな。“イエロー・キッド”!」
カウンターで、銃を磨いていた、いかにもラテンアメリカ系の男はダイチュウの<コネ>の一人であった。
「ダイ(ハッハー、相変わらずだな。“既○外”!)」
「オッケー!オッケー! ……で、今日は何の用だ? ヤバい仕事のようだな?」
「ダイチュウ(こいつに、ストリートの礼儀というものを教えて来てくれ)」
ハードコピーとプラチナム1枚を無造作にカウンターに放りだした。
「ヘイ!“殺し”か? だったら、俺よりトムに頼んだ方が専門だぜ? 俺は、しがないタクシードライバー兼ガンショップの店長だからな」
といいながら、そそくさとプラチナムを懐に入れる。
「ダイダイ(殺る必要はない。思い知らせてやればいいだけだ)」
「ハッハー! 嫌がらせか? えげつないなぁ〜、でこいつは何処のファック野郎だ?」
ダイチュウは、誰もが震え上がる千早重工の誇るエースの名前を挙げた。
「オッケェェェェェイ! 此奴に、俺の“スイート・ハニー”達の鼓動を聞かせてやるぜ!」
“既知○”と呼ばれた男は、違法すれすれに改造している“アーマード・バン”にこれまた武装が満載されたバイクを積んで飛び出していった。
* * *
「――――――というわけで、倉敷はあんた達を助ける気は更々無い。むしろ、『TMS』を《買収》するのが目的のようだ。」
木更津湖上にあるめぐみのボートハウス。神宮はそこで月代めぐみと会見することに成功した。
「ご厚意は感謝します。 しかし、何故『TMS』を狙うのでしょうか。技術ならば現在でも十分供給しているというのに」
「そればっかりは、倉敷の旦那に聞かないとな。ただ、男って云うのは…女よりもロマンチストなのさ」
「男がロマンチスト? 逆ではないですか」
神宮は、酒を呷るかのように紅茶を喉に流し込んだ。
「いんや。男って云うのは、“この程度”で満足できないものさ。どんな謙虚な野郎でも、何かを独占したくて堪らないのさ。
――たとえば、いい女を独占したいと思ったり。女か金か……価値観の相違に過ぎないさ。」
「貴方もですか?」
「そっ。俺は限度を超えて真実を報道してしまった。“この程度”で満足できなかったのさ」
* * *
(俺は、俺を俺らしく生かしてくれた…この人を救いたい)
状況は絶望的だった。場所は、設備の整わないスラムの診療所。加えて、助手はいない。
テオは、それでも臆することなくメスをとった。身に帯びた武器は、【タタラ】の技術と
誇りのみである。
(弾は、8mmショートの通常弾。弾頭が体内で砕けていたら………手の施しようがない)
鉗子で、切り開いた傷口を固定しながら、精密用ピンセットを差し込む。
ゆっくりと体内をまさぐりながら、もどかしい時間だけが経過する。
ピンセットの先が、骨とは違う固い物に接触する。
(弾頭だ!)
ゆっくりと鮮血のドレスで美しく着飾った鉛の死神を、女を触るより繊細にエスコートする。
目の前に現れた“死神”を、先ほどとはうってかわって、汚らわしいモノのように床へ放り投げ、
消毒液と抗生物質を手に取った。
(とにかく、やるだけの事はやってやろう!)
≪タイムリー!≫な奇跡なんてあるわけがないと解ってはいるが……テオはほんの少しだけ奇跡を望んだ。
* * *
「ダイ!?(どういうことだよ、“ニグロ”!?)」
ダイチュウ秘密基地で、成果を待ち望んでいたダイチュウはいっこうに起きない“交通事故”に
苛立っていた。
「ハッハー、済まないな。“キッド”。ポリに『赤切符』を切られて、ブタ箱行きになりかけたんだよ」
「ダイチュウ?(あん? お前、“プロ”だろ? 仕事しくじったらどうするのが礼儀か、わきまえているだろうな)」
「オッケーオッケー、うけとった代金は返納しとくぜ。お詫びに、フロリダ産の“パイナップル”も附けてな」
妙に、アメリカンな高笑いを残して、電話はきれた。
「へっ、世の中のことはわかっているじゃねぇか。“既○外”」
「ハッハー。オレだって命は惜しいさ。“千早”と“BH”には逆らっちゃいけねぇ。ストリートのルールを知らない奴は、いくら腕っ節が
強くても淘汰されるのサ。“イエロー・キッド”にはいい社会勉強だろ」
スラムの場末にあるBARで、二人の【レッガー】は安っぽい紫煙にまみれながら、色だけ整えられたウイスキーを傾けあった。
* * *
「誰だね…君は?」
倉敷は、自室で待っていた予定外の来訪者に銃を向けた。
「ヘヘッ……雪女史のところにいた者ですよ、旦那。そう邪険にしないでくださいよ」
「彼女は、敵対者だ。」
「まあ、そういわずに…『急いては事を仕損じる』って昔のお偉い方もいっていますからね」
不慮の来訪者:樞綿彦(とぼそ・わたひこ)は下卑な笑みを浮かべた。倉敷は、“P4”を懐に仕舞い
ソファーを奨めた。
「…で、雪の子分が何のようかね。降服なら受け入れるがね。……それとも君自身の寝返りかね?」
「社交辞令はナシでいきましょうや、“大旦那”。まあ、手見上げ代わりにあんたを脅そうとしていた、“○知外”と、“黄色いネズミ”には、
《不可触》をつけておきましたゼ。」
「…手土産は有難く受け取るが。君の推理は、飛躍しすぎているのではないかね?
情報屋をやるより、トーキーに宗旨替えしてみたらどうだ?」
「ナルホド、採用試験というわけかい? まあ、オレも信用が第一と思っている人間だからな。その気持ちは痛いほど解るぜ。
じゃ、オレの意見を聞いてもらおうか」
なにげなく珈琲を啜りながら、心中で冷や汗をかいた。
(なるほど、こいつは…只者じゃねえ。こいつにとって、自分の全ての存在はゲームの“駒”に過ぎないのじゃねえのか。)
「まず第一だ。『TMS』の株買収劇…こいつは、あまりにも上手く出来すぎている。競馬で言うところの“出来レース”ってやつだな」
「根拠を述べたまえ」
(チッ、まるで面接官だな)
「まず、雪が行っている買収劇。『TMS』は日に日に追い詰められている。しかし、『TMS』と事業提携している貴社及びあんたは、
実質的な援護策を全く打っていない。これはどう見てもおかしいわけだ!」
「…雪の手堅い戦略に、対応策が見出せなかった。 …としたら?」
樞はニヤリとわらった。予定していた対応だからだ。
「二流の投資家でも対応は出来るはずですぜ、旦那。単純な“暴力”に勝てるのは“暴力”でしかねぇ。
ましては、“仕掛けの達人”と呼ばれたかっての旦那ならな。自分が払うか、他人に払わせるかは些細な差異だろ?
…あんたは、何の対策も打っちゃいない。」
「ふむ」
「そして、次に雪がだれかの【カゲムシャ】だと言うことは自明の理だ。その辺の説明は抜かして…。
じゃ、誰が【クロマク】かと言うことだ。普通は同業者を疑うものだがな。その気配はない。
……ということは、次に疑うのは“身内”なわけだ。」
「ふむ。では、わが社に何の利がある?」
「簡単さ。『TMS』を底値、うまくいけばタダで取り込むことができる。『TMS』がパンクした時に、出来ることは2つ。自主解散か、
『千早』に頼るかだ。
旦那は“爆弾”を入手済みなんだろ? それとも、予め持っていたのかい?
……最後に……。アンタの部下が“こっち”に遊びにきていたゼ。これは弁明できないだろ?」
倉敷は、機械のような表情フッと緩めた。
「来たまえ」
倉敷は立ち上がり、自分のデスクにある機密ロッカーへ向かった。指紋、声紋、網膜、パスワードとあらゆる限りのロックを解除した先に、
アタッシュケースが1つ入っていた。
「なんだいそれは?」
「君の云う、“爆弾”だよ」
倉敷はニヤリと笑ったような気がした。そこには、すでに50%の『TMS』株が整然と詰まっていた。
「一年前、私を“英雄”にしてくれた“聖剣”だよ」
「だったら、なんで起爆スイッチを押さないんだよ!」
覚めた笑いを行う倉敷。樞にはその思考が理解できない。そこに、【レッガー】と【クロマク】の超えられない壁があった。
「“ロス・チャイルド”が何故、経済界の王者になったか知っているかな?」
「そんなアナクロ、知らねぇよ!」
「では、君への宿題だ。“ロス・チャイルド”が『ワーテルローの戦い』でなにをやったのか、研究し報告しに来たまえ。
それが、正解なら…私の遣ろうとしていることが理解できるはずだ。」
* * *
『TMS』社、不正摘発!
『TMS』の“エリキシー”ブランドは違法品を使用! か?
『TMS』社に営業停止処分!! かも
世情を煽る、様々な《暴露》ネタが、メディアの波を飛び交った。
抗議の電話が月代めぐみの私宅に殺到し、回線が遮断された。次に、抗議のデモが木更津湖畔
に現れた。深夜、ボートの舳先に立って月を見上げるめぐみを、パパラッチ野郎どもは無粋にもフラッシュの雨を浴びせる。
同じ頃、倉敷は自室にてウイスキーを傾ける。物質世界の王と、彷徨する姫、二人の行く先はいまだわからない。
<幕間>
■ 次回予告 ■
『降り止まない雨は無い』『明けない夜はない』って、古の詩人はいってるけど…ニューロエイジはどんなもんかねぇ。
おっと…俺の柄じゃあねぇよな。
俺は神宮桃次。まっ、昔はキャスター、今は情報屋さ。さて、世の中は騒がしいようだが…いささかフェアじゃないよな。
俺だって、判官贔屓の一つもしたくなるってもんだ。さて、次回はいよいよスイッチが押されるタイムリミットとなるわけだ。
単純な“暴力”で抑えるのも手の一つなんだがな。いまだに、王は真意を語らない。
……わかっているよな? 『ピースの足りないパズル』は完成形じゃないんだぜ。たとえ、足りない欠片が1つだけでもな。
で、俺たちが出来そうなことといえば……
▼次回アクション一覧
03a-1:月城めぐみに関わる
03b-2:月城一馬を守る
03b-3:倉敷に関わる
03b-4:雪に付き合う
03b-5:純粋な“暴力”を用いる
03b-6:他にやることがあるんだよ
▼ 消費神業清算
・モーリガン=ル=フェ 《不可視》 内容:月城一馬の前から存在を消す
・テオフラストゥス=カルマ《タイムリー!》 内容:月城一馬を甦生させる
・樞 綿彦 《不可触》 内容:倉敷の社会戦ダメージを消す
・雪 雅代 《暴露》 内容:『TMS』の違法をでっち上げる
▼業務連絡/個別私信
・次回、倉敷による《買収》がかかります。
・月代めぐみ、アヤカシ関連、柊という人物の情報は、『1/3Moon-Tails.聾が望んだ子守歌』に掲載されています。
・雪が【エグゼク】であるという情報がありますが、それは【カゲムシャ】能力による偽装です。
・神宮様
あなたは、いかに在るのか…そろそろ決断の時期です。 もちろん、選ばないのも一つの選択肢
・ダイチュウ様
社会戦に関しては、敵側の方が上手のようです。
・モーリガン様
〈※一期一会〉効果により、〈コネ:倉敷〉1L(外界)を得ました。
・テオ様
月城一馬は一命をとりとめましたが、次回は会話以外の活動はとれません。
あと、ゴメンナサイ。リクエストは状況が許しませんでした。次回の冒頭をお楽しみに
・樞様
倉敷に鞍替えする際は、出された宿題の回答が必要です。どのような手段を用いても可です。
但し、技能に物を言わせて判定は却下。歴史を知らなくてもヒントは今までのリアに書いてあります
●参考リアクション
1/3Moon-Tails.聾が望んだ子守歌-Crescent Noise-