「フリュウ様。ご依頼の薔薇をお持ち致しました。」
「有り難う、ロッシェ。」
(しかし、依頼したのが一昨日…。故郷の特産である薔薇の最高級品を手配し、それを枯らさずにアンスリール公領から
N◎VAまで運ぼうとすると、どんなに急いでも一週間はかかるはずなんだけどなぁ〜)
まさか、必要な品を全て予測して用意しているでは…ふと空恐ろしい事を考えた。
「それと、フィルリーア様から伝言を預かっております。あまり無理はなされないように…とのことです」
「わかっているよ、ロッシェ。僕は自分の分は弁えているつもりさ」
“クロックワーク”スーツに袖を通しながら、フリュウ(−)の脳裏にふと自嘲的な考えがよぎる
(でも、今回は……無茶だよな)
何の面識もない、N◎VAの闇を統べる“夜の女王”アルドラ=ドルファンに直談判をするつもりなのだ。N◎VAで買おうと
すれば、1プラチナムは越えるであろうアンスリール産の天然薔薇の花束は、せめてもの手土産のつもりだ。
「彼女に少しでも聞く耳があればいいんだけどなぁ……。」
フリュウは、アルドラ=ドルファンが聾(つんぼ)でないことを、アンスリールの神に祈った。
 
TOKYO NOVA-D to Play.By.E-mail
[第3回:1/3Moon-Tails.聾が望んだ子守歌-Crescent Noise-]
 
揚紅龍(やん・ほんろん)のポケットロンに着信が入る。あまり良友とはいえないが、知己からの連絡である。
話を聞いている内に、揚の表情が一瞬だけ変わる。
「――会おう。済まないが、こちらが指定するポイントまで来てくれ」
無言で、ポケットロンを懐にしまう揚の様子を、二人の女性がじっとみつめていた。
「貴女を狙う、“ノン・ヴォイス”という人物について有力な情報が手に入った」
「本当でしょうか!?」
エリザ[−]という名の会長付き秘書が、身を乗り出した。あまり表情のない彼女だが、主人である月代めぐみ[つきしろ・−]
に関しては主従関係以上の忠誠心を有している。
「まもなく、こちらに情報提供者が来る。貴方達も会ったことがある奴だ」
深い闇の中で、ほんの僅かだけ光が差し込んだような気がする。今、『TMS』は興亡を分かつ瀬戸際に立たされている。
革命的な対応策を出さない限り、恐らく査察団はなんらかの“不備”をでっち上げるであろう。もちろん、『TMS』掌握を目論む
雪に《買収》が通じるはずはない。
「揚さんなら……、どうしますか?」
先日のビル倒壊事件(正確には襲撃)で負った外傷は癒えたが、心の傷は癒えきっていない。
年頃の少女のように弱々しく……めぐみは訊ねた。
「――自分はただの盾であり、剣であるため、語る言葉を持たない」
揚の言葉は素っ気なかった。
「どうするべきかは貴女自身が、一番良く知っているはずだ」
人外の化生である自分に、身を以て盾となり危険から庇ってくれている、この人はこの人なりに答えを教えてくれたのだと思った。
だったらほんの少しの勇気と希望を大切にしたい。めぐみはそう思った。
 その時、来訪を告げるチャイムが鳴った。
 
 
*    *    *
 
 
千早重工営業部オフィス、鈴希(すずき)は自分の机で、物憂げそうにディスプレイにみいっていた。偶然あらわれたサンタクロース
からのプレゼントは、あまりにも過激なものであった。
 内容は、この報告だけをみれば只の倉敷のスキャンダルに過ぎない。N◎VAスポにても投書すれば、小遣いくらいは貰えるであろう。
何せ対象は、たった一年で無名の社員から一躍管理職に躍り出た、“英雄”である。恥ずかしい記事としては申し分ない。何せ、
秘密クラブらしきところで幼女と戯れているのであるから……。また、この幼女は月代家となんらかの関わりがある存在らしい。
この事が公になったら、今後の『TMS』対応に不備が出ること受け合いである。
「よし、揉んじゃえ〜☆」
“臭いものには蓋をせよ”、“ヤバいものには関わり合うな”……という実に涙ぐましい【クグツ】的苦悩と判断により、一年前に倉敷が
月代家騒動の裏で行った暗躍は《完全偽装》された。
「――――パズルのピースが足りないのですよ」
背後からの声に、鈴希は跳ね上がった!
「ククククク、クロウ様!? 脅かさないでください〜!!」
軌道から特命を請けて降りてきた、クロウ=D=G(クロウ・ディトリッヒ・ガルガンダス)特務査察官は、鈴希の動転にも構わず、
にこにことロイアルスマイルを浮かべていた。
「これは、失礼しました。ところで先日頂いた資料ですが……どうも、一年前の事件で裏事情が不鮮明な点がありまして……、
なにかデーターベースに残っていませんでしたか?」
「いいいいい、いえ! 特にございませんんんんー!!」
明らかに妖しい。そこら辺のガキでも気付くリアクションである。
「鈴希さん。私に何か隠していませんか? 貴女にもいろいろと事情があるとは思いますが、社のためを思うなら…
“云わない方が害になる”ということもありますよ?
 貴女には迷惑がかからないように致しますから、教えて貰えませんか?」
(は、はにゃーーーん)
 誤魔化すのに、一時間を要した。
「とりあえず、お話はわかりました。 これから“ノン・ヴォイス”という人物について調査を行います。貴女も持ちうる
手段を駆使して調べてください」
「恩を売るのですか?」
「――それは、私には関係ありません。どう転ぼうとも、只…今は…彼女に死なれては困るのです。」
 
 
*    *    *
 
 
スラムの深淵にある秘密倶楽部『サロン・ド・ドルファン』。その入口の前に、深紅の薔薇の花束を片手にしたフリュウが立っている。
正装を身につけたフリュウには普段とは異なる貴族のみが有する気品があった。それ故、黒服に追い散らかされる事もなく丁重に
受け付けをおこなうことができる。
「初めての方ですね? ご芳名と…紹介状を、お見せいただけますか」
「名前は、ルミエール=コトハ=アンスリール。残念ながら紹介状はありません。用件は……大公とお話したい、
ではいけませんか?」
普段は面倒くさいので絶対に名乗らない、本名を名乗りつつ薔薇の花束を受け付けに手渡した。なまじ金を積むより貴族ならば、
このようなモノの方が喜ぶはずである。
数分もしたであろうか……先ほどの黒服が戻ってきた。彫金が施された純銀の盆には、古風な仮面がのっていた。
「大公は、ただいま来客中でございまして、暫く中でお待ち頂きたいとのことです」
仮面をつけるように促される。
 
スラムの深淵とは思えない程豪奢な造りの社交場には、時代錯誤な仮面園遊会が挙行されていた。黒服の給仕が持ってきた、
フルートグラスに注がれたシャンパンをなにげに一口飲んでフリュウは驚いた。
(これは、シャルボーじゃないか。きっと10年近くは瓶内熟成されているだろう)
実家で一度だけのんだことがあるプレミアブランドのシャンパンのヴィンテージものであった。この度は予定外の推参だが、
会員として入るときはいったい幾ら支払うのであろうか……。
(しかし、ここにいる連中は相当に“名のある”層なのだろうな)
このサロンでは、決して素顔も氏素性も語り合わない。ただ優雅に退廃的に酒食と遊戯を愉しむだけである。
実に貴族的であり、非現実的であった。
「――お待たせいたしました、Sir.アンスリール。主人がお会いになるそうです」
フリュウは、ごくりと唾を飲み込んだ。
 
 
*    *    *
 
「これはこれは、お久しゅうございます。お嬢様」
「初めまして……私は貴女とは初見ですが?」
めぐみの自宅代わりにしている木更津湖畔のボートハウスに来訪したのは、ルクセイド=タカナシ(−・−)であった。
「いえいえ、先日は貴女の叔父である社長にお世話になりまして、そのお礼代わりに情報をお持ちした次第で……」
相変わらず、食えない笑顔で善人ぶりを発揮している。そう揚は思った。
「――話を聞こう。」
エリザが、さり気なくブラインドを降ろし、扉に鍵をかけた。
「とにかく、手が足りないのですよ! 排除役がね」
珍しく、タカナシは単刀直入に切り出した。
「どういうことです?」
「――奴を捕捉したんですよ。百聞は一見にしかずって昔の偉い人がいっているじゃあないですか。奴を抑えれば情報は
聞き放題、最悪殺っちまっても当座の身の安全は確保できるってことですよ!」
「悪くない。 ……だが、手が足りない」
「何を云って居るんですか〜、日本も黙る剣客“龍鱗”がいるじゃないですか〜☆」
「仕事中だ」
手がないならば、どうしようもないと揚は肩をすくめた。
「……しばらくならば、構いませんよ。 今日は外出の予定はありません。それにエリザも居ます。」
「へぇ〜この美人さん。荒事が出来るんすかー?」
後ろにいるエリザを見ようと振り返ったタカナシは凍り付いた。エリザの二の腕からは短機関銃が跳ね上がっていた。
「彼女の肉体は、戦闘用の義体だ。遊ぶと後悔するぞ」
もうしていますよ、という顔でタカナシは向き直った。
 
「…あいつにギャラを払ってやってくれ。手段は胡散臭いがソースは確かだ。」
そう言って、揚は刀を片手に立ち上がった。
 
 
*    *    *
 
 
ストリートの路地を揚とタカナシは歩いていた
「――どういうつもりだ?」
「え? どういうつもりって……」
ミラーシェイドで覆われた視線をタカナシに向ける。めぐみのボートハウスを出て、この方、タカナシに連れ出されたのは、
いかにも“信頼できそうにない”情報屋廻りであった。
そこで、情報戦には門外漢の揚ですら、危うくなるような露骨さで、賄(まいない)も出さずに“ノン・ヴォイス”という人物の
情報を探し回っている。
「いやー、揚の旦那。相手の居場所が解らないときはどうするかご存知ですかい?」
「――――知らん…っ!?」
タカナシは悪魔的な笑みを浮かべた。
「そう、相手さんに来てもらうのが、一番! そのための、【カブト】です」
場所は、人気のいない路地裏の空地であった。
「お誂えの、場所っしょ?」
二人の背後には、殺気を纏った気配があった。
「お前は、左に飛べ――っ!」
そう言うと同時に、揚は右に転がった。その場所を、鉛の死神が駆け抜けた!
転がりながら、左手のトランクを開ける! そのなかには、【カブト】の誇り、“クリスタル・ウォール”が入っていた。
黒服をみたタカナシはある記憶と情報が一致した。
「落とし前は、後でつけてもらう!」
「『寄らばカブトの影』と私のおじの甥か言っていた。頑張ってくれたまへ♪」
そういって、タカナシの存在は闇に消えた……。
 
ガイン!!!
 
鈍い音をして、シールドに鉛玉が食い込む。
(――明らかに、不利だ。)
いくら二対一とは云え、タカナシは非戦闘員、こちらの得物は剣に対し、彼方は拳銃。
寄りつく前に、銃弾が急所を抉る可能性は高い。
武器を銃器に持ち替えるのは論外である。好んで相手の得意とするレンジに飛び込むようなものだ。
(――彼奴は、自力で脱出できるだろう)
揚は、全力で退却することを決断した。危険時に全てを捨てて逃げ出す決断が出来る、それはプロの証拠である。
素人は逃げ出すことが出来ない。彼我の戦力差が見切れないからだ。
「――――お前相手に、一人では失礼だろぅ? ……“龍鱗”!」
背後から、企業兵隊とおぼしき集団が、2台のワゴンで押し寄せてきた。
「買いかぶってくれる……ッ!」
有象無象とは云え、十倍の相手に突撃するバカは居ない。活路は、“ノン・ヴォイス”に肉薄し、血路を拓くしかない! 
瞬時に、生死を受け入れた揚は、叫声を上げながら突撃する!!
 
ダン!
 
乾いた銃声と共に、襲いかかる銃弾を最小限の動きで見切る。頬に血の筋を造りながも、揚の突撃は速度を落とさない!
小細工無しの大上段からの一刃! “ノン・ヴォイス”のミラーシェイドが砕け、飛び交う鮮血が、彼の視覚を奪う。
(……ッ、浅いっ!)
“パンサー”で結線された銃器は目が見えなくとも撃つことが出来る。大振りの代償として、揚はシールドを捨てていた! 
銃口が、揚に向いた刹那!
「――ところで、大将は何をする気なんですかい?」
いつのまにか背後に忍び寄っていたタカナシが場違いな一言を述べる。
「倉敷様は、『TMS』と会長の身柄を欲して――――ッ!?」
余りにも《不可視》の位置からの質問に口を滑らせてしまった。
「話は、IANUSとポケットロンにしっかりと記憶しましたぜ。なるほどなるほど、あんたは倉敷氏の手駒でしたか。」
次の瞬間には、タカナシは全力で走り出した!
 
 
*    *    *
 
 
「初めまして。Sir.アンスリール。当世のアイルランド……アンスリール領の話は、聞き及んでおりますわ」
少女の容姿と、〈夜の一族〉の始祖たる貫禄。その全てが矛盾しながら同居している。まさしく混沌そのものではないか…
公領にいる【アヤカシ】とは格が違う。
「噂に名高い、レディ・ドルファンに面会が叶いました事は光栄の至りです」
右手をとり軽く口づけする。
「素晴らしい花でしたわ。この世界で遺伝子操作の行っていない純粋な薔薇を産出できる土地は如何ほどにあるでしょうか。
 …この薔薇の花束は、千金の価値ともいえるでしょう」
大公の後ろには、上等なスーツを着崩した総髪の男が立っている。恐らく護衛だろう。フリュウの勘が【アヤカシ】であり
【チャクラ】であることを告げている。しかし…この着崩し方も、芸能の極意である“崩し”に通ずる優雅さをもっている。
全てが、一流と云う事か。
「さて、Sir.アンスリール。立ち話もなんでしょう。どうぞお掛け下さい」
促されて、ソファーに腰掛ける。
「お飲物は?」
「――紅茶を」
出てきた紅茶は、恍惚たるマスカットの芳香を漂わせるダージリンだった。普通のダージリンは、意識して薫りを嗅ごうとしないと
マスカット香はしない。薫りが強いと言う事は、それだけで特急品である証拠である。
「……おわかりですか」
茶葉の産地を訪ねるドルファンの手にある白磁のカップに深紅のルージュの痕が背徳的に艶めかしい。
「キャッスルトン…ですか」
「良くおわかりで」
 
 端から見れば、進歩もない非生産的な談笑が如何ほどに続いたであろうか。
「――で、貴方がここに来るということは“交渉人”と考えて良いのかしら?」
「私は、自分の興味で来ただけです。心配はご無用です、レディ。」
「じゃあ、そういうことにするわ。」
「それでは、単刀直入に…この度の筋書きを知りたいのです」
「知って……どうするのですか、Sir。」
「そうですね。 どうするかは、知った後に考えますよ。私の推理では、この度は貴方の『家』が、『月代の一族』に決闘を仕掛けた…
という形跡は見受けられません。だとするならば、月代めぐみ嬢は貴女の存在に気付くはずです。」
「あら、えらく“夜の者”として年端もいかない小娘の肩を持ちますのね。ああいう、乳の薫りがする娘がお好みかしら? Sir。」
責めるわけでも、詰るわけでもない。ただただ、興味深げにドルファンはフリュウの推理を聞く。
「……とするならば、何者かが意図を描き、貴方に協力を求めた、と考えるのが妥当な線です。如何でしょうか?」
さり気ない仕草で興味をひき、フリュウはアルドラに返答を求めた。
「そうねぇ……。貴方の推理は、大体当たっているわ。 じゃあ、私に話を持ちかけたのは誰だと思います?」
フリュウは、数瞬目を閉じ……意外な一言を口から紡いだ。
「――――倉敷恭也。如何ですか?」
鬼手ではあったが、当てずっぽう…というわけではなかった。
「面白い推理ね……理由は?」
「彼が一番、失うものもなく……得るものが、大きいからです。」
アルドラは好奇の瞳を向けながら、蠱惑的に口を開く。
「そうね……。持ちかけたのは彼よ。 いくつかの情報が、貴方には足りていないようですから、補足しましょう。
 ……彼が、我々の存在を知り、友誼を結んだのは一年前……」
(――ということは、『月代の一族』の内乱が直接のきっかけということかな)
「そう。『TMS』の援助をおこなっていた倉敷氏は、調査の課程で〈夜の一族〉の存在を知ったわ。未知の知識との遭遇。科学者として
の彼の好奇心を駆り立てるには十分だったのね」
まるで、フリュウの思考を読んだかのごとく、言葉を続ける。
「じゃあ、彼が欲しがっているものは……?」
「そうねぇ、貴方なら名前くらいは聞いたことがあると思うけど……。あなた達が『錬金術』或いは『本草学』と呼び、異端視した古の化学技術よ。
そして……地の仔(人)が永遠に求めしもの」
 
(――“不老不死”!?)
 
「火の仔(天使)ならいざ知らず……。それに、貴女達にそのような能力があるのですか」
カップをコースターに置き。軽く溜息をつく。
「どうなのかしら。 私達〈始祖〉で自然死を成した者は、誰一人としていませんから。
実験をしてないものに結果を求められても困りますわ。
ただ、短命なる、地の仔を私達と近い程度に生き延びさせる方法はありますわ」
「――“血の洗礼”!?」
吸血鬼伝説に名高い、血を吸った対象を魅了し、下位の吸血鬼に仕立てる魔性の業。
「それもあるけど、それじゃあ自我がなくなるでしょ。彼はそれを望まないわ」
「では、どのような方法が……」
アストラルに親しんでいるフリュウをしても難解な事であった。
「それは、教えられないわね。 
 ……最も、貴男が私達と共に歩むつもりが在るのなら、考えますけど?」
「――――最後にひとつ。月代めぐみ嬢をつけ狙っている、曲狩という退魔師の存在についてご存知ですか?」
アルドラは含み笑いをした。
「物語において、道化(トリック・スター)は必要不可欠でしょう?」
アルドラが護衛に目配せをすると、木製の蓄音機をサイドテーブルにおき、一礼して退室した。古ぼけたレコードに針をおく。
 レコードはノイズ混じりの賛美歌を流しながら、回転を始めた。紡がれるアメイジング・グレイスは、この場に不似合いだった。
「この曲はお嫌い?」
フリュウの表情を詠んで、アルドラが訊ねた。
「――――この曲は、人の死を連想させますので」
「あら、だからよ。私達とて、倒れゆく役者を悼む心はありましてよ」
フリュウは悟った。やはり彼女は真の【アヤカシ】なのだと。僕たちは彼女らにしてみれば、家畜であり愛玩すべきペットなのだと。
 人は生きるために、動物を殺し肉を喰らう。娯楽と称して動物たちを競わせる。寂しさを癒すために、動物を囲い愛す。
〈夜の一族〉が人の精気を吸う事、自分たちを殺戮遊戯に駆り立てること、時に優しさを振りまくこと。  すべては、同じなのだと。
 
知り得た《真実》は、余りにも残酷であり…闇に覆われていた。
 
 
*    *    *
 
 
「……! 皆殺しだ!!」
虚仮にされた“ノン・ヴォイス”は、懐より“駆風”をもう一丁取り出し、殺気の固まりを二人に向ける。“オートマン”の人工スキルの
サポートで、背後にいるタカナシに視線も向けずにフルオート掃射をかけた。脚を打ち抜かれ、タカナシは無様に地を這う。
揚は、間一髪で銃弾をかわす!
(シールド取りに行った瞬間に殺される!)
博打覚悟で肉薄するか、シールドをとるか……覚悟を決めたその瞬間……
 
「みーなーさーーーーん! こっちで殺しあいをしていますよーーーー!!」
 
場違いな声が、周囲に響き渡った。時間をかけすぎたことを悟った“ノン・ヴォイス”は
目線で、兵隊たちに退却を指示し、自分も《不可視》の境地で闇に消えた!
「いや〜、あぶないところでしたねぇ〜〜。彼らが逃げ出してくれなかったらと思うと、ドキドキしちゃいましたよ」
いつのまにか、どうみても【マネキン】にしか見えないジェントリーを着た男が、二人の傍にいた。
「誰だ?」
いつでも、刃を振るえるように構えた揚の声に耳を傾けず、男はへらへらと締まりのない笑顔をうかべたまま、タカナシに歩み寄る。
「あー、弾は貫通していますし、骨は大丈夫なようですねぇ〜。とりあえず傷口くらいは塞いでみましょうか」
傷口を掴み、気合をいれると、出血が収まった。男は手慣れた手つきで傷口をハンカチーフで縛った。
「……【チャクラ】か?」
「そんな、大層な者じゃないです。あ〜自己紹介がまだでしたね。
私、『千早重工』営業三部庶務課で係長をしております、柊勇哉[ひいらぎ・いさや]と申します。以後、お見知り置きを」
「――揚紅龍だ。」
二人が名乗り会うのと、喧噪を聞きつけたクロウと鈴希が駆けつけたのはほぼ同時であった。
 
「結局のところ…奴は、何者なのだ?」
一同は、クロウの提案に従い座を喫茶店の防音個室へ移した。
「一言で言えば…“ノン・ヴォイス”は、倉敷の飼っている懐刀です」
「専ら、“ノン・ヴォイス”ではなく…“無音”と呼ばれるようです」
クロウの説明を鈴希が補足する。
「っ、てことは………あれだ」
コーラを飲み干し、氷を噛み砕きながらタカナシは勿体ぶったように
口を開いた。
「俺たちを含め、『TMS』は、初めから倉敷の書いたシナリオに踊らされていた
ってことだ。この事件の真相は、千早さんの《M&A》計画でした。
めでたし、めでたし!」
「……どういうことだ!?」
ジロリと、揚の視線がタカナシに向く。
「まあまあ、俺…すごい事を知って居るんですよ。“ノン・ヴォイス”……
いや“無音”の方がいいのかな? 奴は、【クロマク】の連絡員として雪の
オフィスにも出入りしていたんすよ。
…ってことは、雪に指令を出している【クロマク】は倉敷と考えるのが妥当なのでは?
いや〜これだから、企業の皆さんは…今ひとつ信用できないのですよね☆」
意味ありげに、千早関係者に視線を移す。
「……詳しく説明してもらおうか?」
壁にかけた降魔刀・真打に手を伸ばしながら、楊は千早関係者3名に視線を向ける。
「わ、私はただの営業担当ですっ! 社の枢機はわかりませんっ!!」
「私は、グループ本社所属の査察官です。一子会社に組みする事はありません」
二人は、自分の立場を述べた。
「柊さん……だっけ、旦那はどうなんだい?」
ザッハ・トルテを口に運んでいた柊は、唐突な誰何に気にもとめず、フォークを
ケーキに刺したまま笑顔で宣わった。
「じゃ、私は“美女の味方”ってことでお願いします。」
 
「……旦那らは、関係ないってことか? じゃあ、今回は倉敷の旦那の独走って
判断して良いんだな?」
「もう一つ。貴方方は、『TMS』を守るのか、倉敷の手伝いをするのか…どちらだ?」
楊の答えほど、企業人に答えづらいものはない。全ては社の御心次第なのだ。
「そうですねぇ〜。雪女史よりも、私はエリザさんの方が好みですね☆」
毒を抜かれた揚は、ガタンと音を立てて楊が席から立ち上がった。
「……クライアントの妨害をするならば、何人たりとも容赦はしない。」
「いやですねぇ〜。私は美女の味方だと……」
「――何の目的で、近づいた?」
「少なくとも、あなたの邪魔はしませんよ」
「邪魔になるかどうかは、クライアントが判断する」
その無骨な態度に柊は思い出し笑いをする。
「ふふ……、いや失礼。知り合いを思い出しまして。カブトというのも面倒なお仕事ですね。
 では、お節介ついでに一つ。今、仕入れた情報によると…セニットの査察団が、『TMS』に強制査察に立ち入ったようです。
依頼主のお側を離れたままでよろしいのでしょうか?」
カッパーを放り、駆け出しながら揚は一言だけ柊に告げた。
「――恩に着る」
 
 
*    *    *
 
 
「――セニットより業務委託を請け、貴社の運営状況と先日の事故の調査に参りました、行政監査士の雪雅代ともうします。」
あくまでも、慇懃に初対面をよおそいながら雪雅代は、子飼いの【クグツ】をひきつれて『TMS』社屋跡に現れた。
「エリザ。叔父さん……いえ、社長は?」
その言葉を承け、エリザはIANUSの保守回線で問い合わせる。数十秒後、沈着冷静なエリザの身体がガタガタとふるえだした。
震えながらも、めぐみに耳打ちする。
「……一馬様は、入院先の病室で暴徒の襲撃にあい瀕死の重傷を負われたようです…ただいま、テオ様が緊急手術に取り掛かるとのこと。」
あまりの事態に、めぐみは地面に膝をついた。勇気を振り絞り、声を出す。
「も…申し訳在りませんが、取締役社長は事故により、立ち会いが出来なくなりました。
日を改めていただけないでしょうか?」
「――取締役社長より上位の代表取締役会長が居るのに、なんの不備がありますか?」
氷のように冷たく、事務的に雪は言い放った。
「これより、セニットより依託された事項の調査と査察を行います。」
かくて、欲望に染まった大人達の手により、運命の扉はこじ開けられた。
 
 
*    *    *
 
 
「ロッシェ。」
ストリートにある事務所で、フリュウはタキシードを脱ぎながら執事を呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
「済まないけど、この男の行方を捜してほしいんだ」
「曲狩? …【バサラ】とお見受けいたしますが?」
「そう、騙されて僕の知人の命を狙っている。説得しなければならない」
「―――畏まりました」
老執事は、慇懃に一礼した。
 
*    *    *
 
 
「――――研究所跡地より、違法薬品のサンプルが検出されました」
「血液の保存施設の保守点検を期日通りに行っていません」
「医療薬品の管理に不備があり」
 
本人達の手の及ばぬところで、身に覚えのない違反事項が次々と検出されていった。研究者の殆どが先日の倒壊の余波
で立ち会えなくなっていた。設備について熟知している一馬の立ち会いもない現在は、この報告が正確なものなのか確認する術がない。
 めぐみには、査察官達の台詞が別世界での睦言のように聞こえた……。
 
「――以上の不備が、貴社の施設より発見されました。改めて証拠物の押収に参りますので、それまで敷地内に足を踏み入れないように」
雪は、機械のように報告書の写を渡し、【クグツ】を引きつれ撤収した。
 
 
*    *    *
 
 
『TMS』社、不正摘発!
『TMS』の“エリキシー”ブランドは違法品を使用! か?
『TMS』社に営業停止処分!! かも
 
世情を煽る、様々な《暴露》ネタが、メディアの波を飛び交った。
抗議の電話がめぐみの私宅に殺到し、回線が遮断された。次に、抗議のデモが木更津湖畔
に現れた。
「――一旦、身をひそめた方がいい。」
扇動された群衆ほど厄介なものはない。シュプレヒコールは実害を為さないが、その空間は無法地帯と化す。群衆にまぎれた
凶客を判別する方法など皆無に等しい。
とりあえずは、揚の所有する隠れ家に移動することとなった。
 
電飾の消えたスラムの一角。唯一の灯明は虚空の三日月のみ。真夜中の繁華街に、一つの影が一行を待ち構えていた。
めぐみとエリザを制し、揚が前に出る。
「―――口上はないのか?」
蒼き月影を受けて、鉄塔の上に立つ少年…曲狩剣鍬は、退魔の太刀を構え無言で地に降り立った。
「万物は何れ砂に還る。その宿命には何人たりとも逆らうことはでき得ぬ。その万物の理を曲げる者は滅びの定めより逃れぬことはできぬだろう。
 人、それを『天意』と云う」
「―――その『天意』の為に、無関係な人…数多を危めるのか?」
揚の一言は、千を越える年月のうちに使い続けられた幾百もの科白より重かった。
(ここで、退いたら俺が俺で無くなるっ!)
勝敗は、もはや関係なかった。曲狩の定めを貫くため、曲狩の法の使徒として今ここに自分は居る。そう信ずれば、
あらゆる迷いが無くなる。
「お前のやっていることは、思想テロルだという事に気付かないのかっ!!」
「―――もはや、語るまいっ!!!」
鋼鉄の牙を携え、月下の闇夜に駆け寄る二つの影、勝敗は既に明らかであった。交差する刹那、剣鍬の太刀が片手で
握られている事に揚は気付いた、
(暗器かっ!?)
自分に向けられるであろう、手裏剣を受け止めるためにシールドを前面に出した揚は、驚愕した。
剣鍬の視線は、自分ではなく…めぐみに向けて放たれていた!
「ぬおおおおおおおおおおおおーーーっ!!!」
叫びながら、重荷であるシールドを捨て腕を差し出す。
 
「やめろおおおぉぉーっ!!!」
 
月明かりの中、フリュウがこちらに駆けてくる……。
その瞬間――鮮血の雨が舞った!!
 
揚の刃は剣鍬の胸板を射抜き…、剣鍬の手裏剣は揚の左手の掌に突き刺さった。
揚の見せたは剛勇そのものの《死の舞踏》であり、傷を負っても揺るぎもせぬ《難攻不落》の覚悟であった。
 音をたてて、剣鍬は地面に崩れ落ちる。
「……戦う必要は……なかったんだ。」
致命傷なのは、この場にいる全員が解っている。
「お前も……【フェイト】か。ここに来たからには…伝えることがあるのだろ…?」
フリュウは、死に瀕した剣鍬に真実を伝えることが出来なかった。それは、彼の全てを無に帰す行為だからだ。
だから、代わりに質問した。
「君は、【フェイト】とは何だと思う?」
「――正義を示す貌だ」
フリュウは、真実を伝えた。
「違うよ。僕たちは…【正義】なんかじゃない! 僕たちは……【天秤】なんだ。」
剣鍬は、ようやく貌の解釈の間違いを悟った。
「傾いた天秤は、役に立たない……か。
……そうか……俺は、道から外れたから負け…た……の………か……………………」
 
揚は俯き、フリュウは虚空の月を見上げた。彼は、真実を知らずに眠りについた。真実を伝えなかった事は、救いだったのか。
 それとも、偽善なのであろうか。
 
「こんな、無茶はしないでください」
ハンカチで、血塗れた左手を結びながら、めぐみは心の底から祈った。
(――――私は、この子を…守りきることができるのか)
肉体的な暴力ならば、たとえ自分が死体となろうとも守りきる覚悟はある。だが……社会的に追いつめられていく事には
自分は何も出来得ない。揚は己の無力を呪った。
 少年を一人斬り殺しても、事態に何の変化も訪れないのだ。めぐみが自分に寄せてくれる信頼に応えられるのか。 
いや、応えなければならない。【カブト】の誇りとか、契約とか、そういうもの以前の、人として……。
〈幕間〉
 
 
■ 次回予告 ■
 へい、毎度。情報をお求めで? いい品が入っていますぜ!
そうそう。ボクはストリートで“愛と真実”をモットーに情報屋をしている、ルクセイド=タカナシってもんさ。
以後ヨロシクってことで!
 まあ、『最後にモノを云うのは暴力だ』っう、トリガーハッピーな殺人狂はノーセンキューっだけど……。
ボクは血を見るのがダイキライナンデスヨ……。
 え、能書きは良いから情報をだせって!? まあ『TMS』株は大暴落、次回《買収》がかけられること間違いなしだね。
“ボーイスカウト”な人たちは要チェック!
 ついでに、火事場泥棒をしたい人も仕事の時間が来たってとこか?
あ〜親切ついでに、“日和見”を決め込んでる企業系の人も、早いとこスタンスを決めないと、『勝負が見えたとこで、
おこぼれに預かる』なんて甘いことは、このニューロエイジじゃできないぜ!
じゃ、料金は――――こんなとこで。 そうそう、あんたが次回に出来ることと云えば……
 
▼次回アクション一覧
03b-1:倉敷恭也についてみる
03b-2:雪雅代のおこぼれに預かる
03b-3:俺、月代めぐみにつくわ
03b-4:柊勇哉に興味があるな
03b-5:【アヤカシ】の深淵に浸かってみようかな
03b-6:他にやることがあるんだよ
 
 
▼ 消費神業清算
・鈴希          《完全偽装》   内容:ヤバい情報を抹消する
・ルクセイド=タカナシ  《不可視》    内容:“無音”の前から姿を消す
・フリュウ         《真実》      内容:アルドラの意図を聞き出す
・揚 紅龍        《死の舞踏》   内容:曲狩を殺害
             《難攻不落》   内容:月代めぐみを守る
・雪 雅代         《暴露》      内容:『TMS』の違法をでっち上げる
 
▼業務連絡/個別私信
・次回、倉敷による《買収》がかかります。
・月代一馬、倉敷関連の情報は、『1/3Moon-Heads.朧光憐歌』に掲載されています。
・雪が【エグゼク】であるという情報がありますが、それは【カゲムシャ】能力による偽装です。
 
・山本様
『サロン・ド・ドルファン』への出入り許可を手に入れました。
・フリュウ様
『サロン・ド・ドルファン』への出入り許可を手に入れました。知り得た《真実》を如何に使うかは貴方しだいですが、
アヤカシは社会的に認知されていませんので、いきなり《暴露》というわけにはいきません。ご了承下さい。
・曲狩様
残念ですが、貴方は死亡いたしました。復活を希望する場合は、次回だれかに甦生してもらう必要があります。
 復活を望まず、今後も継続して参加を希望される場合は、新キャラを投入して下さい。
その際は、途中参加ということで幾らかの“ボーナス”を用意します。
・タカナシ様
この度手に入れた情報は、如何様にも利用できます。次回に期待?
・鈴希様
さて、以後如何致しますか?
・クロウ様
“査察官”という立場として…貴方は如何に動きますか? もちろん、何もしないのも、それまた人生
・揚様
カブトとは、脳さえ無事ならば任務達成でしょうか。 無論、法的に貴方への報酬は社の口座に用意はされていますが……



●参考リアクション
1/3Moon-Heads.朧光憐歌


Back