「――それで、作戦はどうするつもりなの?」
企業のオフィスに全く不似合いな美女…モーリガン=ル=フェ(−・−・−)は悪態をついた。
「私は云ったはずだ。全てを手に入れると」
「あんた“ペド”だったの? それにしては………」
視線で、今までの行状を語る。
「好きに云うがよい。目的の達成のためには汚名を着ねばならぬ事もある。」
「でも、“龍鱗”といえば、裏の業界でも知らぬ者無しの【カブト】よ?
“無音”もこれだけの時間をかけて、事を成していないじゃない。」
「……腕はな。ならば内側から潰せればよい」
「精神的に? ……それとも、社会的に?」
「その手のプロを用意した。 ……入りたまえ」
鈍い音と共に扉が開き、『SSS』の制服を着た、使えなさそうな男が入室した。
「『SSS』の吉本憲治(よしもと・けんじ)巡査です。どうぞ、よろしく〜」
TOKYO NOVA-D to Play.By.E-mail
[第4回:No_Moon-Heads.白昼幻月]
経済、ニューロエイジを支配する『見えない権力』…それを形にした物が
『株式』である。あらゆる情報が電子化されたニューロエイジに於いても、
『株』の証券だけは、ハッキング・クラッキングに対する対応策として、
残存せざるを得ない。
今日の取引では、『TMS』株を巡って大きな仕掛けが繰り広げられる事となる。
先日の、(偽装されたとはいえ)スキャンダルは会社としては打撃を受けたが
『株式』としての影響はほとんどない。これは、『TMS』の背後にある『千早重工』
の存在が非常に大きいからである。
仮に、その『千早重工』が、『TMS』を見限ったら……、有象無象の投資家達は
一斉に『TMS』株を売却し株価は大暴落することは間違いない。
「本当に、大丈夫なのでしょうか。」
エリザに付き添われためぐみが迷い犬のように、フリュウに尋ねる。
欲望の温床である取引上には似つかわしくない。
「策は、しかけてみました。もちろん、それが“A”になる保証はありませんし、
策自体が成功する保証もありませんけど…ね。
まさしく、ゲームで云うところの《チャイ!》が許してもらえるかどうか」
フリュウは、苦笑しながら応えた。
「……なるほど、“その策”を詳しく聞かせてもらいたいな。」
背後からの声に一同が振り返る。そこには、テオに付き添われた月代一馬が
車椅子に乗って来ていた。
フリュウは頷き、先日おこなった知己との密談について語り出した。
* * *
「お久しぶりです。揚さん」
DAKの向う側には、端正な顔立ちの若き千早【エグゼク】が映っている。
この男、揚紅龍(やん・ほんろん)の仕事のお得意さんでもあり、仲間でもある。この企業に対する
〈コネ〉の多さは楊の信頼と彼の仕事は、企業系が中心である事を意味している。
「すまん――情報が欲しい。」
「貴方が、人頼みとは珍しいですね…。今度の仕事はそんな難解ですか」
楊は無言で肯く。
「身内の情報を提供して欲しい…。虫の良い話だがな」
男はクスリと笑った。
「倉敷次長…ですか?」
「可能ならば。後、軌道のクロウ=D=G(※クロウ・−・−)という査察官。
そして……営業部庶務課の柊勇哉という【クグツ】もだ」
「匆々たる名前が出ましたね。倉敷氏は……まずいですね。楊さん、もしかして
『TMS』の側についているのですか?」
「会長の護衛をしている。」
「ここだけの話ですが……、倉敷氏は『TMS』を完全《買収》するために、
“ロスチャイルド”になるつもりです。」
「ロスチャイルド? 確か、災厄前に黄金経済を牛耳った…財閥か何か、だったか?」
「ロスチャイルドは、元々富豪でしたが、その力を絶対にしたのが『ワーテルローの戦い』
での国債売買です。彼は、それを再現しようとしています。」
「――なるほど、『ワーテルロー』ですか。それで、合点がいきました。
足りないパズルのピースの1つはそれでしたか。」
背後から、かかった声に反射的に、手刀を繰り出そうとして、揚はぎりぎりで止めた。
「【カブト】の反射行動なのかもしれませんが、ご容赦願いたいですね☆」
ロイアルスマイルを絶やさずに、クロウはDAKに向かって一礼をする。
「ロスチャイルドは何となく解る。
だが、『ワーテルローの戦い』に何がある?」
「説明しましょう。そもそも、英仏の戦争であるこの戦いは、勝敗が全く見えていない状態でした。
当時、経済界でも著名であったロスチャイルドは、大枚を叩いて当時は国家間でしか使用していなかった
モールス電信機を購入し、部下に持たせて戦地に赴かせました。」
全員の視線が、クロウに集中する。
「そして……誰よりも速く、自国の勝利の情報を手に入れました。そこで彼は何をしたと思います?」
「自国の国債の買い占め…か?」
楊の回答に首を横に振る。
「最終的には……ですが。
まず、彼は自分の所持する国債を、大々的に売りに出しました。著名な投資家でもある彼の行動に全ての
投資家は動揺し、自分の所持する国債を全て売りに出しました。
国債が底値になった時を見計らい、彼はダミー企業を使用して国債を買い占め、膨大な利益を得たのです。」
「つまり、国債が『TMS』株ならば……倉敷は、これ以上の株を集めて何をするつもりだ」
揚が訝しがるのも当然である。既に倉敷の手元には『TMS』の人事権を掌握できるだけの株が揃っている。
資金繰りをするのならともかく……これ以上のリスクを背負う価値は無い。少なくとも揚ならば、即座に対象を《買収》する。
「――そう、そこなのです。倉敷氏の真意がそこにあるとおもいます。」
その時、ドアを蹴破る音がして、十余人の『SSS』が躍り込んできた!
「揚紅龍! 貴様に違法物品所持の疑いがかかっている。……ご同行願おう!!」
全く予期せぬ事態と、有無も言わさぬ言動に、揚は言葉を失った。
* * *
「……旦那方、シケた顔してますなぁ〜」
ホワイトエリアにある、高級ホテルの展望BAR。レンタルの“クロックワーク”に身を包んだ、ルクセイド=タカナシ(−・−)は、
最近ハズしてばかりのブローカー達の集団に割り込んだ。
「なんでぇ、見かけないツラだなぁ?」
訝しがる一面を余所に、タカナシは思いっきり澄ました顔で、バーテンにレミィ=マルタンのXOをボトルで注文する。
「旦那方も、どうぞ。お近づきの印に御馳走いたしますわ」
驚嘆する一同を余所に、タカナシは自分としては精一杯気取ってブランディ・グラスを傾けた。
(まっ、支払うのは自分じゃないけどな。多少は良い思いをさせてやるんだし、仲介料がわりさ)
「若いの、いい羽振りしているじゃねぇか?」
「大将の、運気に便乗させてくださいよ!」
数時間後には、ブローカー達は、タカナシの術に嵌っていた。
「ここだけの話ですけどね、あのTMS事件、知ってますかぁ?」
一同は、頷いた。
「実はデスね……あれは、『千早』の倉敷って人が買収するためにやったでっち上げだそうですよ〜。
今は底値のこの株は、あとで上昇する有望株ってことです……あ、これ他の人にいっちゃいけませんよ。」
動揺し、ひそひそ話を始める一同をみてタカナシはほくそ笑んだ。
タカナシが《暴露》した情報は、近い内にN◎VAのブローカーを大混乱に陥れるであろう。
* * *
さるクロマクの御用達とも噂される寿司屋の個室。そこは、あらゆるセキュリティ対策が施された、密談用の“砦”となっている。
そこで、フリュウは樞に呼び出された。
「調子の方はどうだい?」
「悪くわ…ないな」
そう言いながら、樞はハードコピーの紙束をだした。
「悪いけどよ、こいつの解説をしてくれ。自慢じゃあないが、俺は学校なんて面倒くさいところは
行ってもいないからよ」
フリュウは、数ページ流し読みして、尋ね返した。
「“ロスチャイルド”? 君が経済学に興味があるとは思わなかったよ。」
「先公にレポートを出さなきゃいけなんだよ!」
「代筆代がわりに、情報が欲しいのだけど?」
「云える範囲内ならな」
フリュウは、知っている限りの知識を樞に授けた。
「ヘッ、なるほどな……。センセは、総取りを狙っているワケか。
じゃ、俺の仕事も決まったな。 ……ちょっと失礼するぜ」
手を振りながら、樞は退出した。
「――どうしたのかね。第一、ここのアドレスは公開されていないはずだが?」
「ヘッ、“蛇の道は蛇”ってやつさ。 ところで、先日頂いたテストの答えが解ったぜ」
「答えたまえ」
倉敷は、樞の解説と、導き出した答えを満足げに頷いた。
「及第だ。それで、君は私のために何をしてくれるのかね?」
ヘッまっていましたとばかり鼻を啜り樞は答えた。
「『株の回収屋』さ!」
「それは、雪に任せれば良いだろう」
チッチッチと指を振りながら、樞は語った。
「それは、墓穴を掘りますぜ大将。雪の姉御は、表舞台に立ってしまったからな。
【カゲムシャ】は、常に舞台裏にいるのが、セオリーですぜ。」
「正論だな。」
「雪の姉御は、セニットの査察の請負をやってしまった。その査察官が事も在ろうに、査察し、違反をみつけた企業の株を
回収したら、世間の目はどう思います?
事の真偽とは別問題で、疑惑の目がむけられるでしょう?
それが、“芋蔓”の先端になったら大事ですぜ!」
倉敷は、ふむと頷いた。
「大事なのは、回収人は大将と関わりが無いということですぜ。……となると、俺がうってつけというわけだ!!」
ドンの胸をたたく。
「いいだろう。」
「まかせときな、“金”は裏切らないぜ!」
「……ただし、部下を一人、秘書として君につける」
(――――お目付かよ、まぁ当然だな。)
回線を切断した後、樞は舌打ちした。
* * *
「――何の罪過で、私が拘留される必要がある。私には、説明を求める権利がある。」
『SSS』本部地下にある取調室。緊急逮捕された揚はそこに留め置かれていた。
室内をのろのろと歩いていた吉本は、その言葉を請けて振り向いた。
「名前、職業はー?」
揚の質問を黙殺して問いを放つ。
「揚紅龍。職業は【カブト】だ」
筆記の巡査が調書に筆を走らせようとしたのを、吉本は手で制し再度訊ねた。
「名前、職業はー?」
「揚紅龍。職業は【カブト】だっ!」
怒りを抑えながら、揚は再度名乗った。
「あーそこは、書かなくていい」
揚の言葉など耳に届かないかの如く、吉本は欠伸をした。
「先ほど、取り調べした男を連れてきてよー」
その言葉を承けて、書記の巡査は拷問でボロボロになり、自我を消失した廃人を連れてきた。時々、けたたましく卑屈に
笑うその姿は、人間と呼ぶに相応しくない。
「名前、職業は?」
揚と同じ質問を、自白した男に問いかける。
「名前は、“クソブタ”。職業は、汚物漁りでさぁー」
人間の尊厳を捨てたように、男は薄ら笑いと共に繰り返した。
「名前、職業はー?」
男が退出した後、吉本は再度……揚に問うた。
「揚紅龍っ! 職業は……があああっ!!!」
吉本の側に臨侍する筋肉質の警官の振り下ろした、スタンバトンが揚の身体を嬲る。
「――――――これ、非常時における緊急《制裁》だからね。合法だよー?
じゃ、後よろしく〜〜。僕ちゃん、面倒くさいからやらな〜い。」
そう言って、取調室から出ていく。扉の向こうからには、呻き声が微かに零れた。
「実に興味深いわね。どうして、こんな面倒くさい事をするの?
貴方なら調書をでっち上げるなり…無理矢理にも審議を進めたりできないの?」
廊下で成果を見ていたモーリガンは、蠱惑なほほえみを浮かべた。
「モーリガン君〜だったっけ? ……君は、乙女を犯したことはあるかい?
あ〜君は女性だったっけ?」
打撃音と叫び声が微かに木霊する薄汚い廊下で、この台詞は妙にお似合いであった。
「今のところはね。 ……で、それとこれと何の関係在るのかしら?
後学のために教えて頂けたら幸いだわね。」
「倉敷さん相手に試すのかな? あー失敬、失敬。」
乙女が頑強に抵抗するのは、処女性が失われるまででね〜〜。一端、汚してしまえば……後はこちらのなすがままなんだよね」
「…………へぇー」
「人間にとっての処女性……とはなんだと思う? そぅ、名前と誇りだよ、君ぃ。
【カブト】のように誇り高い人間程、一度尊厳を蹂躙すれば、後は…去勢された獣さー」
そういいながら、吉本は鼻歌を歌いながら扉を開けた。
「じゃ、もう一度始めからやろうか? 名前、職業はー?」
「揚……紅龍っ。職業は……」
吉本は、踵を返し室内に出た。
* * *
フリュウと樞は、再び向かい合い、黙々と寿司を食べた。一巻食べ終えた後、フリュウはおもむろに口火を切った。
「ところで、『TMS』の株及び経営状態と、倉敷恭也に関する情報は持っているかなぁ?」
「そりゃ、仕事柄……な」
樞はお茶を啜った。
「それに関する情報が欲しいな。……ところで、そちらはどのような位置にいるの?」
【フェイト】特有の全てを見通す瞳が樞に向けられる。隠す事は無駄と気付いた樞は、忌憚無き答えをいった
「お察しの通り、倉敷についている」
「僕は倉敷に関する、重要な情報を持っているんだ。
……そちらの情報の情報料はこちらの情報とペイして、差額は先ほどの教授料でどう?」
「いいぜ。」
「じゃあ、僕の方から君に役立つ情報を……。倉敷氏は、『TMS』を吸収合併し成績を上げるという“大義名分”の裏で、
きわめて個人的な野望を有して居るんだ」
「会社一つを押さえるだけでも大手柄じゃないのか?」
「【マヤカシ】の血統を受け継ぐ君なら、解るとは思うけど………、倉敷氏は【アヤカシ】の一族がもつと伝えられる
“不老不死”の法を手に入れようとして居るんだ。
――つまり、その法を得るために個人的に月代一族を屈服させようとしているんだ」
樞は、鮃の縁側を喉に押し込みながら、手を打った。
「なるほど。51%の株で『TMS』を奪えるのに、限りなく100%の株を得ようとしているのは、そういうことか。」
「そう。倉敷氏は“怪しいオカルトに傾倒し、個人的な理由により会社の権限を悪用し、強引な吸収工作を行った者”
ということになるね。」
「へぇ、その“オカルト”の門徒がそう言うとは…な」
「僕としては、実に興味深い事だけど……『一般社会的な』評価はそんなところじゃないかな。ああ、もちろんこの件は
『TMS』側には話しているし、『TMS』に出入りしている千早本社の査察官や契約【トーキー】にも伝わっているはずだよ。
でも、残念だよ。【マヤカシ】として、それだけの資質がありながら修行をしないなんて……。才能を無駄にしているよ。」
その言に、樞は悪態をついた。
「俺は、“努力”と“勉強”が大嫌いでね。
――で、俺にどうしろと?」
「さしあたって、欲しい情報は…雪雅代・“無音”と呼ばれる工作員と倉敷氏との関係。先ほど聞いた『ワーテルロー』の意味。
そして、君の倉敷氏からの信頼度。 ……この3点かな」
「たいした手間じゃないな。例の二人は、倉敷の子飼いの部下だ。それを示す映像・音声なら“2秒”で用意できる。
『ワーテルロー』については、これから起こりうる買収劇のことだろ?
そして、信頼度か……。まあ、利益を見せれば働くチンピラ程度じゃないのかな」
フリュウは茶を喫した。ここからは、勘だけで構築した〈虚言〉の世界である。
「君のことだから、このまま倉敷氏についているよりもは、もっと確実な儲けの口を模索しているんじゃないか?」
樞は、返事をしない。冷静に次の言葉を待っている。
「『TMS』はこの情報があれば、水際で株を買い戻すことが出来るかもしれない。そして、君がそれに協力してくれるの
ならば、ある程度有利な条件で『TMS』が君からその株を買い取るよう、僕が取り計らっても良い。どうだい?」
「――――悪くは、ねぇな。」
口元がニヤリと笑った。
* * *
「――以上が、取引のルールだ。公平性を保つため、取引場には回線を繋ぐことは出来ない。」
「じゃ、俺の勘だけで勝負しろと言うことか」
「そうだな。とりあえずのところ、予測できるレートは教えておこう。」
倉敷は、クリスタルを2つ樞に渡した。
「これが、勝負のカギだ。青い方はデータ。紅い方は…資本金運用のキーだ」
「ヘッ、任せな。」
「予定レートは、データーに入っている。私は、証券が欲しいわけだ。予定レートを余剰した分は、君への報酬としよう。
気張りたまえ」
(まあ、いくら足分とはいえ、株券を総売りした額には及ばないよな。)
その時、来訪者を告げるチャイムが鳴った。
「……入りたまえ」
ドアからは、モーリガンが微笑みを浮かべながら歩いてきた。
「『SSS』の地下室、実に官能的よ。無骨な【カブト】が蹂躙される様なんて、普通じゃみれないわ。
……思わず濡れてしまったわ。」
「言葉を慎みたまえ。」
「これは、失礼。」
居住まいを正し、倉敷はモーリガンに命令する。
「君は、この樞君の秘書として取引場にいってくれ」
「わたし、経済なんてわからないわよ」
「仕事はこの男がする。君は……」
「お目付ってこと?」
「サポートだ」
倉敷は、訂正を促した。
* * *
「いやー困ったねぇ〜。此方もさぁ、仕事が山積みなんだよねぇ〜〜。そろそろ、調書の方を取らせてくれないとさぁ、
ボクの評価にも関わるんだよね。」
そう言いながら、リモコンでDAKのスイッチを入れる。画面には、株式の取引会場が映されている。
「やーもうすぐ、取引が始まるようだねぇ〜。えーなんだったっけ『ワーテルロー』だかなんだか、ボクには関係ないけ
どさぁ……君には関係ないかな?」
流し目で、揚を見る。
「名前、……職業は?」
応じれば、解放することを仄めかしながら、慈悲深い表情で彼の望むべき答えを要求する。
「……私は……」
「選ぶのは、きみだよ」
吉本は、慈悲深く…それでいて残酷に最後通告をする。
「私は……“クソブタ”。職業は……汚物漁り……だ。」
全てを奪われたような絶望の中で揚は何を見いだしたのであろうか……
* * *
株式の公開取引。決戦の時が来た。舞台裏を知りうる者は、その尻馬に乗ろうと画策し、在る者は生き残るため
に全てを賭けていた。
取引開始の合図と共に、倉敷は所有する全『TMS』株を放出する。
「――始まりましたね」
「我々に出来ることは、この場ではない。後は、君の知り合いが誠実であることを祈るばかりだ。」
株主席で、一馬は静かに告げる。
「そうですね。ところでめぐみさん、二つばかり尋ねたい事があります。」
「なんでしょうか。」
「あなた方の〈一族〉には、『血の洗礼』以外の方法で、自我を保ったまま人が“不老不死”を得ることが出来る方法、
というものがあるのですか?」
空気が静まりかえった。
「――――ど…どこでそのことを!?」
めぐみの声が震えている。エリザがサイバーウェアを起動させたのがあからさまに解る。
「いえ、倉敷氏の目的が…ですよ。先日、“大公”と面会する機会を得まして…彼女の口から《真実》を聞きました。
倉敷氏は、一年前の騒動の際にアルドラ=ドルファンの存在を知り騒動の最中に交誼を結んでいたようです。
そして、アルドラ=ドルファンから、アストラルの知識を得て、不老不死の魅力に取り憑かれたようです。」
「地の嬰児が、楽園を追われて以来…永久に求めしもの…か。」
一馬がぼそりと語る。
「可笑しいとは思いませんか? 倉敷氏は相当前から、50%以上の株を有していながら貴社の《買収》を行わなかった。
恐らくそれは、限りなく100%の株を武器に“不老不死”との取引材料として使用するつもりだからでしょう。」
場に沈黙が流れる。暫くして、一馬が口を開いた。
「――――これで、一連の謎が解けたな。
倉敷氏が真に狙っているのは・・・めぐみ。お前だ」
一馬がそういって眉間に皺を寄せた。
「どういうことでしょうか?」
「“不老不死”の鍵は、めぐみ様にあるということです。」
* * *
「人魚の肉もしかり……、ということですか?」
「果たして、倉敷氏はこの事を知っているかどうか…。」
不老不死の伝授を受けたフリュウは、戯けて肩をすくめた。
倉敷の動向に、ブローカーは混乱し急いで所有する『TMS』株の売却を行っている。
この段階で、『TMS』の経済破綻は確定である。
「ところで――一番重要な事をもう一つ、指摘、というか訊いておきたいのですよ。それは、めぐみ嬢、貴女自身は
何を望むのか、ということです。
つまり、何をもっとも重要とし、死守すべきことなのか、ですが。〈一族〉の誇りか、〈一族〉の秘密か、貴女自身の
誇りか、それとも『TMS』という会社の存続か――。
貴女に協力してくれている人たちには、まあ僕も含めて様々な思惑があるのでしょうが、まず貴女自身が何を
もっとも重要と考えるか、を明確にしないことには協力のしようがないというものでしょう。また、貴女自身、実際に
どのように対策を取るのか、ということにもつながってくる。現状では、『TMS』側に使える時間は少ない――
後手後手に回っていますからね。もちろん、全てを守る事が出来ればそれに越したことはありませんが……ね」
その質問に、一同の視線がめぐみに集中する。
「まもりたいもの……。それは、わたしたちが生きていけるということです。
この会社は、その為の手段であり、【アヤカシ】がこの街に間借りさせて貰うための、敷金です。」
めぐみは、語った。人類の進化により、【闇】は人間の驚異では無くなった。もはや【アヤカシ】は、羊を狩る狼ではあり得ない。
だからこそ、私達は選ばなければならない。
『狩猟者としての誇りを保つために、滅ぶ』か『人間と共存して生き延びる』かの何れかを……。
「――――私は、生きる道を選びました。」
それが、長としてのめぐみの決断であった。
……株の取引は、佳境を向かえてた。
* * *
「まぁ、情報屋にゃそれなりの戦い方ってもんがあるってことさ。
せいぜい大枚はたいて買い占めてチョーダイ♪」
観覧席で、世界の動きを確認しながら、タカナシはブローカーからせしめたプラチナムを玩んだ。この功績を、
『TMS』にもっていけば、さらなる謝礼にありつけるだろう。
タカナシの笑いは、止まらない。
「そこ、いいかなぁ?」
フェイトコートを来た男が、タカナシに語りかける。刺した指先はタカナシの席を指している。
「お前ぇ、ここは俺の指定席だぜ!」
男は、嫌らしく笑った。
「関係ないよ。すぐに空席になるんだから……。ところで、君…名前は?」
「あん、俺か? 俺の名はルクセイド=タカナシ」
男は、懐からポケットロンを取り出して、書類に名前を書き込む。
「あータカナシさん? 君、詐欺罪で現行犯逮捕だから。」
「はぁ?」
見上げると、見知らぬ男は『SSS』の制服を着ていた。
「うーん。困るよね…仕事を増やして貰うとさ。上の業務にも支障が出るんだよね」
「倉敷の飼い【イヌ】かよっ!?」
その男…吉本は、口笛を吹きながら何喰わぬ顔で書類を作成している。入力をし終えて、事投げにタカナシに語った。
「そんなんじゃないんだよね。君はさぁ、上が決めたルールを破ったんだよ。
僕はさぁ、その定められたルールを乱す奴に《制裁》を加えているだけなんだよね。
じゃ、後よろしく〜〜。」
去っていく、吉本と入れ替わりに『SSS』機動隊がタカナシに殺到した。
* * *
「ヘッ、いただきだ。」
大型のアタッシュケースを片手に、樞は〈トンズラ〉をかけた。アタッシュケースの中にはしばらくは最高値にハネ
上がるであろう金の卵達が詰まっている。
「まあ、あのフェイクでしばらくは誤魔化せるだろう。倉敷の大将には悪いけどな。
俺は俺の利益のためにしか、働かないのさ!」
倉敷には、モーリガンを通じて贋物がわたっている。最も、点検されるであろう上に置いたものは本物であるが……。
「もったいないけどよ、高飛びするだけの時間は稼がないとな」
ニタニタと笑いながら、樞はストリートを歩く。
「まてよ……あいつにゃ悪いが、一度裏切るのも、二度裏切るのも同じようなもんだよな。」
歩みを止めた樞は、路地裏の金券屋へ入っていった。
「ヘヘヘ……悪いな。数パーセントは廻してやるからな」
樞は、ほんの少しだけフリュウに詫びた。
「――――“俺は俺の利益のためにしか、働かない”か。在る意味真実よね。
さて、私にとって…利益をもたらしてくれるのは、どなたかしら。」
樞が取り引きした、胡散くさげなブローカーは、似合わぬ女言葉をつかった。立ち上がったブローカーの表情が変化し、
モーリガンへと変わった。
「貴方のやっていたクズ行為の模倣だけど…うまくいったようね」
【ヒルコ】のみが有す《突然変異》の如き閃きと才知……。
繁栄に到る“青い鳥”は、モーリガンの手に墜ちた。
* * *
「どういうことだ!?」
「最後の最後で……裏切られたかっ!?」
同時刻、二人の【エグゼク】は、手に入れた証券を目の前に絶叫した!
目の前にある証券は、最初の数十枚だけが本物であった。
「フリュウ君。カケは……倉敷の勝ちだ」
「『TMS』め、何時の間に証券をすり替えた!?」
お互いに、敵対勢力に敵意を向き、そして一人の【レッガー】に探査の網を投じた。
* * *
「よう、精がでるなぁ」
一段落がついた取調室に突然の来訪者が現れた。
「これは、巡査部長殿っ!! お役目ご苦労様ですっ!」
吉本は、別人のように直立して敬礼した。
「おう、さっきの容疑者だがなぁ〜。すぐに保釈しろ」
「はっ!? し、しかし…その件は」
「承諾印か? ……俺の許可じゃあマズいのか?」
「いえ……決して、そういうわけじゃあ〜〜」
ガキン!!
コンクリート材を砕く鈍い音と、火花を散らしながら、“降魔刀”が吉本の首筋寸前に叩き込まれる。
「……手前ぇが上役に尻尾を振って好き放題やるのは勝手だが、
身内に刑法は適用できないことだけは覚えておけよ……!」
白刃とも思う眼光が、吉本を射抜く。
「俺はな……手前のような“去勢されたイヌ”が、大嫌いなんだよ!」
その一言を捨て台詞に、部署外の横暴な上司は立ち去った。
「………………」
雨の降りしきる中、揚はかって太刀合った【イヌ】に伴われ、『SSS』本部を後にした。
「すまねぇな。腑抜けな上役を説得するのに手間がかかってな。」
「――――どうして……私を……?」
「さぁな。只いえるのは、俺はこういうのが好きじゃあないってことだ。
まあ、『千早』のお偉いさんからの根回しもあったがな」
「――――私は、一体……………何をやっているんだ。」
雨は、しとしとと降り注ぐばかりである
* * *
クロウの機転と権力行使により、『SSS』本部より保釈された揚は、【カブト】としての誇りを全て奪い尽くされていた。
夢遊病者のように譫言を繰り返す揚は、精神病者そのものであった。
「どうして……こんな事に。」
エリザに伴われて、めぐみは病室で立ちつくす。
「私の対応が遅れた責任です。しかし、考えようによっては……鬼手を用い出すとは、相手も息をつき始めた証拠ですね。」
クロウの言葉は人を駒と考え、戦力を数字化する合理主義そのものであった。
「貴方は……」
「契約【カブト】は、残念ながら消耗品です。貴方も一つの組織の長ならば、犠牲を払う覚悟をもたないといけませんよ、めぐみさん。」
「――私は、そんな生き方はしたくありません。クロウさん、お願いします!
貴方の持つコネクションで、優れた心理療法士を紹介して貰えませんでしょうか!」
「貴方が、全てを自分で引き受けられるなら、ともかく…それは、傲慢ですよ。」
この少年【エグゼク】はこのような決断を強いられたことがあったのであろうか?
それとも……“そのようなものだ”と刷り込まれたのか。めぐみの懇願に、クロウは黙ってK=TAIをコールした。
数刻後、その暗い空気をうち破るかのように、バンと扉が開いた!
「紅龍ーーっ!!」
扉の開くのももどかしく、めぐみと同じ年頃の少女が飛び込んできた。
「あなたが、紅龍の依頼主っ!?」
涙を流しながら、怒りの形相でめぐみに詰め寄る。
「どうして、こうなったのよ!」
「お嬢さん。【カブト】は一端契約を果たした以上は、たとえ死んだとしても…己の責任です」
「わかっているわよ!! わかっちゃ…いるけど…………っ!!」
クロウの問いかけに少女は、理屈では解っているとだけ答えた。
「貴方……は?」
「揚さんの養女です。」
いつから、廊下に立っていたのであろうか……凛とした女性が少女に代わって答えた。
「申し遅れました。私は道峰桜子[どうほう・さくらこ]、揚のオーナーであり婚約者です。」
場の空気が、沈黙した。
「揚は、精神的に参っているだけです。」
「彼には、一番の特効薬がとどいたようですね。」
クロウは、皆に退出を促した。クロウが弄した《天罰》の対象は、だれであったのであろうか。
美しきウェブアートも、近付いてみればドットの集まりである。
そぅ、歴史の渦中にいる者には……何が正しいのかは、分かり得ない。
舞台に上げられた俳優達に台本は与えられず、己の役割を果たすために彷徨するばかりである。
限りなく満月に近い月下の下、最後の決戦の火蓋が切り落とされる。
<幕間>
■ 次回予告 ■
チルチルとミチルは、青い鳥を求めて深き杜に入るわけですが、結局鳥はみつからず、家に帰ると
青い鳥が待っていた。それが、古のお話。幸福は最も身近なところにあったというのが、物語の結びですが……、
この退廃した大地に散らばった“青い鳥”の行き着く先はだれのもとなのでしょうか?
私の下ではないか? ……ご冗談を。私、クロウ=D=Gは査察官としての分は弁えておりますよ。
何人にたりとも組みすること無い。だからこそ、査察の任務がこなせるのです。
それでは、次なる宵まで……待つことと致しましょうか。
▼次回アクション一覧
04a-1:株式証券を取り返す
04b-2:このドサクサに紛れて、敵対勢力を潰す
04b-3:私には、裁くべき者が居る
04b-4:保身に走る/自分の利益を追求する
04b-6:他にやることがあるんだよ
▼ 消費神業清算
・ルクセイド=タカナシ 《暴露》 内容:舞台裏をばらす
・吉本憲治 《制裁》 内容:揚紅龍に【洗脳(狂気)】
・ 〃 《制裁》 内容:タカナシを【拘束】
・フリュウ 《チャイ!》 内容:倉敷の《買収》を相殺
・モーリガン=ル=フェ 《突然変異》 内容:《買収》を模倣し証券を入手
・倉敷恭也 《買収》 内容:証券を買い占める
・月代めぐみ 《ファイト!》 内容:クロウの神業を増幅
▼業務連絡/個別私信
・次回、クライマックスフェイズです。気張ってご参加下さい
・舞台裏(暗躍)の情報は、『No_Moon-Tails.マヒルノツキ-Day Break-』に掲載されています。
・『TMS』の株式証券90%は、現在モーリガンの下にあります。
・タカナシ様
次回は拘束はされていませんが、『SSS』に追われます。詳細はオプショナルリア参照
・樞様
大金を手にしましたが、倉敷・『TMS』両サイドから捕捉されています。
次回、弁明をするか、高飛びするか選択してください。
・フリュウ様
【アヤカシ】の秘密については、オプショナルリアを参照下さい。
・モーリガン様
株式は貴方の手に墜ちました。これをどうするも自由ですが、一番の賞金首であることは
覚悟してください。
・揚様
残念ながら、遅刻です。アクションの判定が非常に不利となりました。
・クロウ様
アクション未提出です。残念ながら、今回はゲスト待遇です。次回の奮起を期待致します。
●参考リアクション
No_Moon-Tails.マヒルノツキ-Day Break-
No_Moon-Otheres. 無明宵舞
No_Moon-Otheres. 青い鳥のいきつく先
No_Moon-Otheres. 短命なる梢-Ephemeral plant-