「『トーキョーN◎VAシンガーズ』の時間がやってきました! みんな、歌っているかーーー い?」
軽薄そうな【カブキ】の問いに、聴衆は歓声で応える。
「オッケー! じゃ、まずは…今日のゲストの紹介!
今日の、ゲストは………その甘いM◎●Nボイスでニューロな奴らを惹き付ける“天使の歌声”、 ピア=フィルハート(−・−)ちゃん!」
歓声が、いっそう高まる!
スポットライトを背に受け、少女は舞台に上がる。
「インタビューの前に、まずは歌ってチョ−ダイ! ナンバーは、空前絶後のミリオンヒットチャー ト……」
ピアは、ステージの真ん中で、一礼し大きく息を吸った。
「その曲名はぁぁぁぁぁぁ!!!
TOKYO NOVA-Dto Play.By.E-mail
[第4回:No_Moon-Tails.マヒルノツキ-Day Break-]
* * *
ピンポーン
ダイチュウ(−)が普段の生活に使っている、グリーンエリアの高級マンションのチャイムが鳴っ た。
「ダイ?(誰だよ)」
“キャンディフード”とジュースのペットボトルを床にまき散らしながら、カーペットに寝転がっ て、
くだらないDAKの放送を見ていたダイチュウは至福の時間を邪魔され、気分悪げに、インターホン先の人物を見た。
いかにも、変装した女性が立っている!
「ダイチュウ!?(刺客か!?)」
慌てて、机の上に置いてある、H&K“USP Mk-23”を手に取りながら初弾をチャンパーに装填する。返事もなく扉を
空けて女性を引きずり込み扉を閉めた!
「Gate of HEAVEN?(天国への扉を開いてやろうか?)」
フローリングに引きずり倒され、銃口を眉間に突きつけられた女性は、動く事も出来ず……泣く事も 出来ずに震えている。
明らかに、素人だ……。
「ダイ?(なんだ、刺客じゃないのか?)」
「あ……あの、貴方が…ダイチュウはん?」
“翳”ヴェールを外した女性は、著名歌手:ピアその人であった!
「大恩ある『TMS』ちう会社がピンチなんや。ストリートのことはダイチュウはんに頼めば、“大 概”はなんとかなる。
いう噂を聞きつけてやって来たんや。
出来る限りのお礼はお支払い致しまんわ!
どうか、力をかしておくんなはれ!」
DAKの中でしか見たことがない、“アイドル”の突然の光臨と依頼。ダイチュウは祖国から旅立つ 時にも感じたことの
ない興奮と緊張に支配された。
「ダ……ダイ(ほ、ほ、ほ、報酬はいい。 そのかわり……)」
「なんやろか?」
精神異常者のようにガタガタと震えながら、やっとのおもいで言葉を紡いだ。
「ダイ、ダイ、ダイチュウ(完全直筆のサインが欲しい!!)」
* * *
「よう、久しいな。」
「ええ。神宮はんも、お変わり無くて安心しましたわ☆」
ピアは、かって特集をくんでもらった縁のある【トーキー】、神宮桃次(じんぐう・とうじ)と面談 してた。
「実わやなぁ…、全国ツアーから帰ってみたら、大恩ある『TMS』っう会社が、ピンチになってお りまして、神宮はん…
なんか知恵はないやろか?」
神宮は、珈琲を一口のみ、ふと面を上げた。
「奇遇だ。俺もなぁ…『TMS』の取材をしているんだ」
「縁は奇ですぁな〜。で、腹案があるとお見受けしたんやけど?」
神宮は、まいったと言った顔をした。
「相変わらず、鋭いなぁ……。まったく、【フェイト】も顔負けだ」
「ただの勘ですわ。」
「……ピアちゃん。IANUSは入れているよな?」
「一般的なやつでしたら」
「実は、【クロマク】の裏をとってくれると…その映像で『TMS』を守ることが出来るんだけど なぁ〜。俺、トレースしておくから。
まあ、ピアちゃんは有名人だから、公式訪問すれば、なにがおきても暗殺はできないさ。」
ピアは、ドンと拳で胸をたたいた。
「よっしゃ、うちに任せとき!」
* * *
ストリートにある診療所、そこの主である【タタラ】テオフラストゥス=カルマ(−・−)は、ディ スプレイに映りだした
検査データを一文字も逃さぬように読んでいる。
「――解らない。ヒトとアヤカシ……その差異は何だ!?」
生理学的な構造は、人間と全く変わらない。月代一馬[つきしろ・かずま]は、人間ならば、即死し てもおかしくない
傷を立て続けに受けながら生き延びている。驚異的な生命力といえばそれまでなのだが……。
「……だが、今回はまずい。」
打ち込まれた弾丸の一発は肝臓のど真ん中に埋まっていた。肝臓の半分を切り取ることとなった一馬 が現場復帰
できる可能性は薄い。
「俺に、何が出来る?」
テオは、そう言いながら病室へと足を運んだ。
昏々と眠り続ける一馬の前に立ち、誰彼ともなく語りかける。
「…一馬さん、無理に元気を出せ、とも、眠っている場合ではないともいいません。ただこれだけは 聞いてください。
……情け容赦なく雨が降りしきる路地裏にへたりこんでいた時、俺はいやがおうにも“生存本能”と いうもののしぶとさを
感じました。そして、あの時の俺は生きる気力を完全に失っていました。
俺はそれが苦痛だったので意識を閉ざそうとしました。だけど、そういう状態にあってもなお、おれ の意識は、心拍、呼吸数、
精神状態、疲労状態、出血量、そしてその他諸々のデータを調べることを脳に要求してくるのです。結局、技術(わざ)の
こだわりが 無気力をねじふせました。ですから、あなたにもなにか“こだわり”があれば立ち直ることができるはずです。」
テオの持ちうる、最後の武器は医療への“こだわり”であった。
* * *
「あなたが新進気鋭のミリオンセラーアイドル、ピアさんですか。お初にお目にかかります」
倉敷のデスクには、ピア=フィルハートが来訪していた。
「はじめまして。ところで、倉敷次長はうちの過去はご存知かいなぁ?」
「お恥ずかしながら、存じ上げております。息子がファンでして……。
M◎●Nのストリート出身で、たしか最初は『TMS』のCMソングを歌って居られたそうです ね。」
苦笑しながら、倉敷が応える。
「――では、単刀直入にお願い致しますわ。
『TMS』の《買収》を取り止めて貰えまへんか?」
唐突なる台詞に、一瞬目を見開いた倉敷は、あわてて表情を取り繕う。
「貴方もご存知の通り、『千早重工』と『TMS』は盟友関係にあります。この急場に協力こそす れ、何故《買収》などと……。」
「きっと、貴方は更なる力を欲したから……、でっしゃろ?」
何気ない一言の中に、秘められた言葉の刃が倉敷に突き刺さる。
「貴様……何のつもりだ!?」
それを肯定と捉えたピアはにっこりと微笑んだ。
「うちは、ちびっとだけ勘が鋭いだけの、ただの【カブキ】ですわ。」
「つまり、『千早重工』は吸収合併の布石として『TMS』と業務提携を結び、経営難のドサクサに 支援という名目で併呑すぅ……。
倉敷次長の目論見は、この辺りだとお見受け致したんですけど?」
「――――仮にそうだとしたら、貴方はどうするつもりかね?」
「貴方が、『TMS』《買収》を放棄せんのなら、この事実をウェブ中に報道しますわ。」
「なるほど。周到な手ですな。ですが、貴方には2つの手落ちがある。
一つは、それは私の外界と組織に対する利益であり……《真実》はそれだけではないという事。
もうひとつは、君がここから無事に帰れ無いかもしれないということだ。」
「仮にそうだとしても、うちの好奇心を満たす位の温情はあるんでっしゃろ?」
「何が知りたいのかね?」
「《真実》ですわ」
倉敷が目配せをすると、女クグツが珈琲を持ってきた。
「飲みたまえ。ここで君に害を加えるくらいなら……そもそも面会はしない」
そういって、自前でグラスに注ぐ。
「――エデンの園より追い払われた人が求めて尚、手に入らないものはなにか……。
君はわかるかね?」
人が越えてはならない、神の業。或いはアヤカシの知識……ピアはそこにいたる扉を開いてしまっ た。
* * *
「はぁ〜クロウ様は、どこにいったのでしょうか……」
千早重工営業部の【クグツ】、鈴希(すずき)は、暇をもてあましていた。お守り役である軌道の少 年重役は、鈴希に
理由も告げず極秘の仕事に出てしまった。特務従事のため通常執務をカットされている。
「時間を持て余しているのかな?」
背後から、声がかかる。振り向くと、倉敷恭也[くらしき・きょうや]が立っていた。
「こ、これは倉敷次長! 今日は来客があるとか……」
あわてて取り繕いつつ、クロウから預かったデーターを展開しているテキストエディターをポップ・ ダウンさせた。
「ふむ。君の営業成績と手腕を見込んで、社長に推薦したのだが…君の能力が裏目に出ているようだ な。」
「――? といいますと?」
倉敷は、鈴希の肩に手をかけ、頭を耳元に近づけ囁いた。
「君は、『千早重工』の社員かね? …それとも『軌道』の社員かね?」
「わ、わたしに……なにをしろ……っと!?」
「考えるのは、君自身だ。 何が【クグツ】として当社の利益になるか……だ。」
そう言って、倉敷は面会室へと足を運ぶ。
(はにゃ〜ん。)
「す・ず・き・さん☆」
「ひぃやぁぁぁー!」
突然、ひんやりとした麦茶入りのグラスが頬に押しつけられた鈴希は、飛び上がった。
「ひ、柊係長!? ご冗談はよしてください!」
社員らしからぬ、ふにゃふにゃ笑顔を湛えた男は、営業三部きっての不良社員、柊勇哉[ひいらぎ・ いさや]そのひとである。
「いや〜鈴希さんがセクハラだかパワハラだかでお悩みのようですから、心をときほぐしてあげよう と思っただけで
、他意はありませんよ。
それよりどうです? こんな息の詰まるオフィスから逃亡して、息抜きでもしてみては? ……実 は、すごく感じのいい
喫茶店をみつけたんですよ。
どうです、これから一緒にお茶でも?」
【マネキン】さながらに執務時間に堂々とナンパするこの男に、周囲の視線は非常に冷たい。
なんでも、直属の上司であった小泉という課長は、昨年行われた『稲垣司政官就任記念式典』で柊が 起こした大失態の
責任を取らされ解雇……。その後、後方処理課に消去されたらしい。
「いやー、流石に執務時間中には……。」
「そういわずに。 あ〜そうですよねぇ。
貴方にも…“選ぶ権利”は、ありますからねぇ〜。
選ぶのって難しいですよねぇ〜。仕事を選べばストレスが溜まり、娯楽を選べば閑職に飛ばさ れ……」
【クグツ】とは人形の意味。人形は操り人がいなければ、只の飾りである。慈悲深くも、倉敷は悩む 鈴希に2つの選択肢を与えた。
何が、【クグツ】として正しいのか……。会社の真の利益とはいかなるものであろうか……。
* * *
「山本様…でしょうか? お待ち申し上げておりました」
整形された【クグツ】と呼ぶには余りにも完成されすぎている……さながら機械人形の
ように精密で同一な容貌のホスト達に迎えられ、山本リョウジ(やまもと・−)は、
N◎VAの深淵『サロン=ド=ドルファン』に入った。
「……失礼ですが、刃物の方は此方でお預かりさせて頂きます」
「おぅ。これは、俺の〈アイデンティティ〉だ! それは出来ないな」
「しかし、当サロンの規則では」
「手前ぇらが、勝手に決めた事だろ!?」
〈※修羅〉の如き殺気が、カウンターのホスト達に襲いかかる。
「まあ、いいじゃねぇか。俺も同席するからよ、問題はないゼ」
奥から出てきた、上物のスーツを見事に着崩した男…ブルーウルフ[−]が
仲裁する。
「よう、来てやったぜ。あんたらの大将に聞きたい事は山ほどあるからな」
そう言って、手土産代わりの一升瓶を差し出す。
「アンタTPOってもんを、…ああ『瑞雲』の大吟醸か。これはこれで大公も
喜ばれるだろうが……良く手に入れたな?」
「そこの、センムとはちょっとした仲なんだよ」
* * *
「……あんたは、悪魔やわ!」
ピアの怒りが、倉敷に向けられる。
「光栄だな。何かを得ようとすれば、代価を払わねばなるまい。
君もそうだろ?」
「犠牲の上に成り立つ栄光なんて、うちはいらへんわ!!」
「ふむ。君がどう思おうと、私がどうこうの云える資格はないがね……。
君が地面を歩くだけで、踏みつぶされる雑草や虫けらが在る。
君の得た名声の裏で、どれだけの字名も無き【カブキ】が闇に消えているか…考えたことはないのか ね?
――それこそ、偽善だよ。」
「どんな草や虫にも名前があるんや! そんな物扱いは許さへんで!!」
「死ねば、誰でも“オブジェクト”さ。……だからこそ、私は求めるのだよ。」
「ええ根性やな。 ……じゃあ、うちも一つ《真実》を告げるわ。
うちが、アーコロジーに来た瞬間から…うちの見聞きしたこと全ては、IANUSを通じて【トー キー】のデーターバンクにおくられてるんや。」
「貴様っ!!」
【クグツ】達が、“MP10”ピストルを抜き放ち、ピアの頭部に照星を向ける。
「……やめろ。この瞬間も、IANUSを通して情報が流されているのだぞ!」
倉敷が、クグツを制す。
「なるほど、上手い考えだ。……だが、君は私の素性を知らないようだな。」
倉敷が机のボタンを押すと、室内はあらゆる電波が遮断された。そして、室内に備え付けのDAKを 開く。
「――私だ。少々、調子に乗って遊びすぎてしまったようだ。此方の意図が漏れてしまった。」
「……可哀想ですが、雪に一仕事してもらいましょう。」
回線の先の“無音”は非常事態に対し表情を変えることなく応じた。
「激務だ。仕事を終えたら、雪に特別休暇を与える。お前から伝えておけ」
「――――承りました。」
通信を続けながら、倉敷は悪魔のように笑った。
「では、一つ講義をしよう。……これから起きる事は、君の英雄的行為の結果だ。」
行為を成すためには、代価が必要不可欠である。望もうと……望まぬとも。
* * *
診療室で、一つの奇跡が起きた。
「一馬さんっ! まだ、起きあがってはいけない!!
――――まさか!?」
そもそもにおいて、一馬に意識があるだけでも奇跡に近い。それを越える術はただ一つ、
「――その通りだ。【アヤカシ】の能力を使った。
しかし、私を呼び戻したのは……君だよ。テオ君」
「能力の使用には、血液が必要でしょう!」
一馬は、殆ど血液を飲んでいない。能力の使用は不可能なはずである。
「まあ、兄やめぐみほどの血の濃さがあれば、無茶をしなくともよかったのであろうが……な」
脂汗まじりに、苦笑する。
「貴方は……自分の身体がどのような状態なのか、解っているのですか!」
「済まないが…DAKをつけてくれないか?」
「一馬さん……貴方は………。」
「テオ君。私はね、兄の忘れ形見である…めぐみの後見人だ。
――――彼女のためならば、命すら惜しくはないのだよ。」
希望と資質はあれど、才気が足りない一族の長老:月代めぐみ。彼女を見守り、その代理を務めるこ と、そして
…めぐみの希望を叶えること。それが月代一馬の“こだわり”であった。
* * *
ストリートの路地裏、神宮桃次は一人の情報屋を探していた。
「――あんたか? 『TMS』の株を持っている……っていうのは?」
「へっ、そうだぜ。ここに、『TMS』株がある。」
「株は倉敷が寡占しているはずだ。場末のブローカであるお前がどうして……」
情報屋は、下品に笑った。
「信じないのなら……いいんだぜ? 恐らく、N◎VA中の投資家が血眼になって、こいつを探して いるはずだからな。」
いくばくかの金を渡し、神宮は株を買い取り、証券をみた。
「――おい。」
キャッシュの数を数えながら立ち去ろうとする情報屋を神宮は呼び止めた。
「ところで、君ぃ。ストリートで守らなきゃいけないことって知ってるかい?」
「ヘヘ、モチロン! 今も昔も、“義理と人情”!」
「――そんなのは、お題目さ。
教えてやるよ、ストリートで守らなきゃいけないことはたったの一つだけだ。
――――“嘘はついちゃいけない”……それだけさ。」
そういって、神宮は情報屋の頭部を打ち抜いた。受けとった『株券』は本物に巧妙に似せた偽物で あった。
(“偽物”が出回っている。どういうことだ?)
ウェブの株式サイトに接続した神宮は、驚愕した。
(――なんてこった!?
『TMS』の株が一斉売却されたあと、底値になった株を買い占めた奴が居る!)
神宮は【トーキー】である。その気になれば、ストリートの情報屋が持ち得ない、表社会の〈コネ〉 を使用することが出来る。
迷わずに、ポケットロンの短縮ボタンを押した。
「――お久しぶりね。」
「あんたとは、取調室以来か?
“氷の猟犬”とはツラを合わせたくなかったんだがよ……そうも云えなくてな。
お使い立てして悪いが、証券取引上の今日の売買のログが欲しいんだ。」
「貴方、『ワーテルローの戦い』に興味あるの?」
「知らないね」
「――高いわよ。」
“氷の猟犬”千早冴子は涼しげに笑った。
「言い値で買わせて頂きますよ。隊長殿、貴方のお兄様の部下の英雄ぶりを拝見させて頂きますわ」
「――貴方は、3つの間違いを犯しているわ。
1つ、倉敷は株を手に入れていない。彼が今、手にしている株の99%は偽物よ。
1つ、『TMS』も掴んだのは、“偽物”。ブローカーが最後の最後で裏切ったようね。
1つ、“青い鳥”は、現在Xランクの何者かが独り占めしているようね。」
神宮は、ニヤリと笑った。
「ご厚意、感謝するぜ。」
「感謝するなら、暇な時にでも、これから送る重犯罪者の潜伏先をみつけてもらいたいわ」
回線を切った神宮は、懐に抱く“艶めかしい死神”を愛撫した。
「“青い鳥”は、ストリートには相応しくないな。この街にはなぁ……、猟師が居るからな!」
* * *
ザシュ……。
所々、塗装のはげたアスファルトを踏みしめながら、ダイチュウは雪のオフィスの前に立っている。 その前には、
10台にも及ぶ偽装トラックが軒を連ねて停車している。
「ダイチュウ(チッ、兵隊が詰めていやがる)」
ダイチュウは舌打ちした。最初の襲撃で、雪の頭を抑えることが出来なかった失態が、尾を引いてい る。周囲には、
十分な数の企業兵隊が重武装で警戒している。
状況は、不利以外の何者でもない。しかし、ダイチュウに退くことは許されない。
(敬慕する、ピア=フィルハート嬢直々の願いだ。七回生まれ変わっても敵を討つ!)
額に帯びた『滅私奉公』の鉢巻きにかけて、成し遂げなければならない。
覚悟を決め、前に出る。
「……メイデー、メイデー!
“黄色い鼠”を目視。正面入り口に応援を要請する!」
たちまちにして、数十人の兵隊がライフル装備で人壁を築く。
「……武器を捨てて投稿せよ。彼我の戦力差は明白である!」
スピーカーから零れる、マニュアルな台詞にダイチュウは、無言で一歩踏み出した。
「警告する、これ以上武装の上で侵入した場合、当方に対し害意ありとみなし……」
戦士としての誇りの彼らも感じぬ決まり切った台詞に、ダイチュウは激怒した。
「デストロイ!!(遊びで、やってんじゃないんだよっ!!)」
問答無用で、背中に背負っていた、専用メガキャノンを構え、トループに向けてフルパワーでトリ ガーを引いた!
電磁砲の嘶きが響き、《天変地異》の如き轟音と閃光が周囲を支配した!
「……ダイ(――出てこなければ、やられなかったものを……!)」
光の退いた後、折り重なる死体の山を前にダイチュウは荒い息を吐きながら一言つぶやいた。エネル ギーの尽きた
メガキャノンを放り、グレネードランチャー付きアサルトライフルを構えながら、オフィスに入った。
足下には、血の海と1個の死体。その中で“無音”は異常を示す警報を聞いた。本来ならば、即座 に逃亡するが、
ここは機密文章を保存する“砦”仕様の気密室。窓もなければ通風口もない。
(邪魔者を殺して血路を開くしかないか……)
“駆風”を取り出したその刹那――
ドオオォォォン!!!
轟音と共に、装甲扉に風穴が空く。
「ダイチュウ(雪雅代。正義のために……御首級を頂戴する)」
紫煙を放つ、グレネードランチャー付きアサルトライフルを手にしたダイチュウが、穴から躍り込ん だ。
その瞬間、目にしたのは……自決した雪雅代[すずき・まさよ]と、銃を構えた“無音”であった。
「ダイチュウ(チッ、雪は死にやがったか)」
「……お前が、“気○いネズミ”か!?」
「ダーーーイ!(手前ぇに言われる筋合いは無い、“ホワイト・ピッグ”)」
問答無用で火を噴くライフル用高速弾を、“無音”は横飛びで避ける。
「射撃戦ならば……ッ!」
“ガッチャ”の高速照準機能でダイチュウをロック・オンした。戦術サポート機能を、思考トリガー で稼働させ、
“駆風”のトリガーをフルオートモードでひいた!
銃弾が飛び出す刹那……ダイチュウに内蔵されている“零の領域”と呼ばれる高速モードが作動す る。画像がノイズ混じりの
モノクロとなり、世界の動作が、異常な程に緩慢なものとなる……。
否、ダイチュウの機動が余りにも速くなったため、相対的に世界の動きがゆっくりと感じられるの だ!
(かわされた…だと!?)
ロックオンしたフルオート掃射でカスリ傷一つ負わせることが出来なかった。“無音”はマガジンを 取り替えながら、第二射を放つ。
サイレンサー付き拳銃のくぐもったような発射音が鳴り響く頃には、ダイチュウは射線から逸れている。
“無音”のサイバーアイに映っているのは、ダイチュウの残像でしかない。
「残像!? ……“パンサー”のサポート機能でも、処理しきれないだと!」
オーバーロード寸前のダイチュウは、冷却のために口から蒸気を噴き、間接部からの放熱現象のた め、周囲の風景は歪んでいる。
その異様な姿は、“黄色い悪魔”以外の何者でもない。熱気を煙幕代わりにダイチュウはライフルの トリガーを引いた。
「くううっ!!」
四肢を掠めるように、銃弾の雨が飛び交う。次の瞬間、左横から蒸気……!
だが、“無音”のサイバーアイには銃撃を行うダイチュウが正面に映っている!
「ば……バケモノかっ!?」
その瞬間、赤熱する鋼鉄鞭が襲いかかり、“無音”の手を灼き尽くした。
残像を放ちながら、飛び回るダイチュウの動きは《死の舞踏》そのものであった!
「バンザーーーーイ!!」
右腕を、灼熱の舌で縛り上げられた“無音”は、刀を振り上げながら迫るダイチュウから逃げることが出来なかった。
* * *
「一馬さん。」
「――なんだね?」
カルテを持つその手が震える。
「初めての事なので、推論でしかないのだが……一馬さんの【アヤカシ】としての能力は……」
「ほとんど残っていない。 そういいたいのかな?」
テオは無言で頷いた。
「元々、たいした能力は無かったわけだ。気にすることはない。」
「しかし」
「わかっている。今度は復活は出来ないということだ。」
永久の命を代価とした、復活。一馬は悔いは無いという。テオは、車椅子を押しながら、人知れず涙を流した。
青い鳥は、『TMS』の下にはたどり着かなかった。何者かは知らないが……証券を行使された時が、
会社の最後であることには変わりない。
* * *
モニターには、一つの死が映し出された。
「さて、舞台裏は堪能して頂けましたかな?」
「アンタという人は……」
「千早会長が発見された“ニューロデッキ”というものは見たことがあるかね?
それによれば【カゲムシャ】は【クロマク】の為に存在するという。
いわば、命の保険だ。これは、予定しうる当然の結幕だ。」
その刹那、『千早アーコロジー』には似つかわしくない、爆発音が轟いた。
「何事だ!?」
「ハロー。」
ボロ雑巾のようになったダイチュウが、白布で包まれた箱を2つ引きずりながら扉の前に立っていた。
「ダイチュウ(手前への手土産だ、“ビッチ”)。」
放り投げられた箱は、倉敷の足下に転がり、その衝撃で蓋が開いた。
「!!!!!」
「きゃあああああああああああああああああ!!!」
倉敷の足下には、雪と“無音”の首が転がっていた。
「OK。ミッション・コンプリート!」
自己の限界を超えた壮絶の戦いを経たダイチュウは、そう言って燃え尽きた。
「だ……ダイチュウはんっ!?」
次の瞬間、情けない寝息をたてているダイチュウに、全員が溜息をつく。
「――――茶番だな。」
気を取り直した一同は、銃口を二人に向けた。
「どうしましたか?」
「し、社長!? このようなところへ!」
その現場に、神宮を伴った千早雅之[ちはや・まさゆき]が現れた。
「こちらのトーキーの方が、千早アーコロジーの取材を行いたいとのことでしたので、案内しており ます。」
「へっ、取材はユーザーにとって《タイムリー!》なネタであることが重要でね。
プライベートに失礼しますよ」
そういって、神宮はカメラを向けた。
「おや、こちらは……ピア=フィルハートさんではないですか!
千早アーコロジのご感想は?」
神宮が持ち出した《タイムリー!》な取材のお陰で、この場は有耶無耶になってしまった。
無論、この場にいた者達が無事に生還できた事は言うまでもない。
* * *
「ということですわ。倉敷はんは、『TMS』の技術と同時に、月代はんを屈服させるつもりです わ。」
「……なるほど。51%以上の株式を求める理由はそこか。」
第二次の『ワーテルローの戦い』はドローであった。『TMS』という組織が己の力で生き残る方法 は
ただ一つ。飛んでいった、90%以上の株式証券を探し出し取り戻す事。
「神宮はんが、所持者を特定しておりますわ」
見せられた画像には、倉敷のヒモの写真がのっていた。
「この女は!?」
テオが激高する。一馬に弾玉を打ち込んだ刺客でもあるこの女を許すつもりはない。
「……この女の正体は、倉敷の手下なのか…それとも」
「……そのような事は、些細な事です。この女を誰よりも速く捕捉して、証券を取り返す。
私達の生き残る方法は、それしかありません。」
組織の長として、めぐみは決断した。
生存と繁栄をもたらす青い鳥の行き着く先は、どこなのであろうか。
<幕間>
■ 次回予告 ■
世の中、稲垣司政官様のお陰で、大人しくなってきたと思ったら、なかなか楽しい遊戯が繰り広げられているじゃないか。
おう、自己紹介がまだだったな。俺は山本リョウジ、巷では“死の猟犬”で通っている。
しかし、札束の飛び交う表舞台と異なり、此方はしめやかなもんだよな。景気づけに……二、三人くらい首を跳ばしてみようか?
――――冗談だよ。
まあ、いよいよ次はクライマックスだ。自分の邪魔をする輩はこの際始末して置いた方が後々のためだぜ。
ま、俺にケンカを売る時は、相応の覚悟はしとくんだな。
もっとも。会社の進退がどうなろうと、俺には直接関係はないけどな。
▼次回アクション一覧
04b-1:邪魔なあいつに鉛玉/鋼鉄の刃をプレゼントする
04b-2:この事実を、公表する
04b-3:『TMS』株を確保する
04b-4:他にやることがあるんだよ
▼ 消費神業清算
・ダイチュウ 《天変地異》 内容:トループを蹴散らす
・ 〃 《死の舞踏》 内容:“無音”を殺す
・ピア 《真実》 内容:倉敷の野望を聞き出す
・神宮 《タイムリー!》内容:ピアの窮地を救う
・倉敷恭也 《買収》 内容:証券を買い占める
▼業務連絡/個別私信
・次回、クライマックスフェイズです。気張ってご参加下さい
・株式争奪の情報は、『No_Moon-Heads.白昼幻月』に掲載されています。
・『TMS』の株式証券90%は、現在モーリガンの下にあります。
・ダイチュウ様
ピア=フィルハートのファンになりました。
・山本様
【不老不死】の英知を得ました。詳しくはオプショナルリアを参照下さい
・ピア様
〈※名声〉の効果により以下のコネを得ました。
〈コネ:ダイチュウ〉2L 【理性】【感情】
〈コネ:神宮桃次〉 1L 【外界】
あーところで、もしかして……キャストの元ネタは、『とらハ』ですか?
鳥居さんは、良い演技ですけど…個人的には、「2」なら従姉妹の方が…(爆)。
なお金川が〈夜の一族〉の叔母と姪のファンなのは公然の秘密デス。
・鈴希様
次回、決断を要求されます。 もちろん、なにもしないのも可。
ただし、あらゆる行為には自己責任を要求されます
・神宮様
倉敷とピアの会談の映像データーを入手しております。
●参考リアクション
No_Moon-Heads.白昼幻月
No_Moon-Otheres. 無明宵舞
No_Moon-Otheres. 青い鳥のいきつく先
No_Moon-Otheres. 短命なる梢-Ephemeral plant-