暗闇の中にあるのは、古風なオイルランプのみ。その中で二人の男女はチェ
スに興じる。
「“騎士”と“女帝”が死にましたわね。 ……そして沢山の“兵士”も」
男……倉敷恭也[くらしき・きょうや]は、ブランデェ・グラスを傾ける。
「あいつが“女王”とは、過大評価ですな。あれは、“王”を守る“城壁”です
よ。」
「――――じゃあ、“女王”はまだ存命?」
「あるいは……ね。そして、“兵士”も。」
倉敷は、サイドテーブルに転がされた、“僧正”の駒を手に取る。
「あら、相手の駒を再利用できるのは、将棋だけでしてよ」
「それは、災厄前のルール。ここは、ニューロエイジですよ。レディ」
少女……アルドラ=ドルファン[−・−]は、幼い外見にそぐわない大人の笑
みを浮かべる。
「彼方から、遠方の的を狩りとる“僧正”。何に使うつもり?」
倉敷は、遠い目で囁いた。
「相手の“城壁”を掠め、“女王”と“王”を……」
倉敷は、“駒”を動かす。
「ブルーウルフ[−]。」
その言葉と共に、アルドラの背後に男が音もなく現れる。
「貴方は、人形兵を引き連れ……遊戯に参加しなさい。」
「……Ja,Mutter(仰せのままに、大公)」
ブルーウルフは、手を胸にあて恭しく一礼した。
「どうせなら…宴は、盛大にいきたいわね」
「ふふ…心配無用です。最高の舞台をみつけました」
薄暗い闇の中で、液晶の放つ淡い光に倉敷は照らされていた。
 
ジャッジは、片方に肩入れをした。
それは……何を意味するのか。運命の歯車は、月が紅に染まる宵を待って
いた。
 
 
TOKYO NOVA-D to Play.By.E-mail
[第5回:14th_Moon-Heads.宵待照星]
 
 
あれから、いくばくかの月日が流れた。『TMS』の不祥事は、雪雅代[すずき・
まさよ]が同社株を掌握するための狂言綺語であったということで世間は納
得し、事業も事件前と同様までは行かないが稼働しだしている。
「こーりゅー、いい加減に観念しなさいよ!」
N◎VAでも指折りの【カブト】、揚紅龍(やん・ほんろん)は、義娘から突きつ
けられた純白のタキシードを前に脂汗をかいていた。
「柄ではないっ! ……それに、仕事中だ。」
額には、びっしりと汗が滲んでいる。 
「めぐみさんも、構わないって言って居るんだから、問題ないよ!
………それとも、ここまできて怖じ気づいたの!?」
ミラーシェイドの視線は、依頼主である月代めぐみ[つきしろ・−]に向けられ
る。
「私も、結婚式というものに参列してみたかったのです。エリザ、どの服を着
ていきましょうか?」
「めぐみ様。参列者の服装は、決められてるようです。」
普段はポーカーフェイスのエリザ[−]もクローゼットを開きながら心なしか楽
しそうである。
「こーりゅー、【カブト】は依頼主の意志に従う。それが掟でしょ、めぐみさんは
結婚式に出たいって言っているじゃない!」
 “無音”と対峙したときにも見せなかった、絶望感に溜め息をつきながら。こ
のような冗談をつきあえるのも状況が好転した証拠なのであろうと揚は思っ
た。
 
 
*    *    *
 
 
ホワイトハウスにある、高級マンション。ここで、N◎VAの憂うべき……いや、
誇るべき2つの禍星が会談していた。
「ダイチュウ(よう、久し振りだな)。」
「おい、お前…N◎VA軍の和泉大佐にケンカを売ったと聞いたが、よく無事
だったな!」
“死の猟犬”山本リョウジ(やまもと・−)は、空恐ろしい事をいいながら、珈琲
をのんだ。
「ダイチュウ(ハッハー、“大佐”も人と人とが“解り合える”ことに気付いたん
だよ)」
黄色い物体…ダイチュウ(−)は、アメリカンにハンバーガーにかぶりついた。
「なんだ? 人型ウォーカーに乗って、大気圏内で語り合ったのか?」
「ダイ?(なんだよそれ)」
「気にするな。ハザード前に、そういうアニメがあったんだよ」
リョウジは、そういってカップに代わりを注いだ。
「――で、俺に何のようなんだ? こうみえても、忙しい身分でな」
「ダイチュウ(じゃ、単刀直入に言う。『千早』の倉敷という“ビッチ”を殺る。手
伝ってくれ)。」
「はぁ!?」
「ダイダイ!!(奴は、俺にケンカを売ったばかりか、敬愛すべきピアちゃん
にも危害を加えようとした! その罪は万死に値する)」
「まーいいけどな。証拠はあるのか?」
「ダイダイ!(ピアちゃんの知り合いの【トーキー】がその瞬間を映像でもって
いるらしい)」
そういいながら、ダイチュウは小銭を放るかのようにプラチナムを数枚投げつ
けた。
「ダイチュウ(“既知外”からせしめた、フロリダ産“パイナップル”の威力を試
してやるぜ)。」
ダイチュウは木箱の中から、どうみてもパイナップルには見えない、ドス黒い
鉄の塊を1つ取り出し、ニヤリと悪魔のように笑った。
 
 
*    *    *
 
 
「『賢明は美徳』と申しますよ、鈴希さん。古人もそう申しております。」
『千早重工』営業部の【クグツ】、鈴希(すずき)に対し、あくまでロイアルスマ
イルを絶やさずに『千早グループ』統合査察部の若き課長、クロウ=D=G
(クロウ・ディトリッヒ・ガルガンダス)は語りかける。
「貴方が、私に極秘でなにをやっていたかは問いません。【クグツ】が上意に
逆らえないのは重々承知です。
 しかし、今…この局面で、真に社の利益を考えるならば…何をするべきか
はお解りですね?」
そういって、クロウは紅茶を口に含んだ。彼の膝の上では、さりげなく黒豹が
鈴希を見据えている。この黒豹が、クロウの最大の支援者であり……物質的
な牙であることは、鈴希は周知している。ごくりと、唾を飲み込んだ。
「倉敷氏は、事業提携相手である『TMS』を併呑しようとした。未知の技術の
独占……それは、実に当社に貢献する行為であります。しかし、その裏に己
の欲望を満たそうとする意志があるならば、話は別になります。私は、査察
官として……天秤を用意しなければ成りません。
 ……『TMS』に関わる一連の行為は、【公益】と【我欲】のどちらに傾くのか
……」
鈴希は、片方を選ぶしかなかった。
「倉敷次長の行為は、【公益】を建前とした、【我欲】であろうと……思いま
す。」
クロウは、にこりと微笑んだ。片手は飽きることなく黒豹の頭をなでている。
「そうですか。それを聞いて安心致しました。 
では、貴方に【剣】を用意して頂きたいと思います。」
「け、【剣】……ですか!?」
「……【正義】の証は、“天秤”と“剣”ですよ鈴希さん。この度は、『千早重工』
が内々に処理しなければならない。私は裁判官の立場なのですから……」
「『後方処理課』!?」
鈴希は、N◎VAの企業人ならば誰もが戦慄する、千早の刃の名を叫んだ。
「『後方処理課』ですか? それは音便ではありませんねぇ〜」
「ひ、柊係長っ!?」
二人の会話を、きいていたふにゃふにゃ顔の男、柊勇哉[ひいらぎ・いさや]
は、微笑みながら、椅子に座る。
「ああ、貴方が柊さんでしたか。
お噂は…、かねがねお聞きしております。 知らぬ事とはいえ、先日は挨拶も
なく失礼致しました。」
クロウは笑顔で会釈した。
「……で、本日はどのようなご用件で?」
「いやー、仕事をさぼっていましたらね。『後方処理課』なんて物騒な用語が
聞こえましたので、好奇心に駆られて立ち聞きしていただけなんですよ。」
クロウは、その返答に納得したような、ちょっと困ったような顔をした。
「盗み聞きの代償は高いですよ。」
「こまりましたね〜。じゃ、どうでしょう? お詫びに私しか知らない、おいしい
喫茶店をご紹介しましょう」
「それより、ちょっと…お手伝いをしてほしいのですよ」
「荒事は、苦手なんですよねー。 あ、でも鈴希さんとのデート1回で手を打ち
ましょう」
「その辺は、鈴希さんとプライベートで打ち合わせをして貰うとして……。頼り
にしていますよ。柊さん。」
 
 
*    *    *
 
 
「世の中ってさぁ、全ては“法”というもので制御されて居るんだよね。
あ、コーヒー買ってきてぇ〜。」
タバコを吹かしながら、吉本憲治(よしもと・けんじ)は、後輩に珈琲を買ってく
るように命じる。
「やっぱりさぁ〜、法を乱した者は排除される。仕方がないことだよね
それが偶然、ボクの気に触った奴だ……ということだけなんだよね。」
そういいながら、逮捕令状を作成する。
システムとしての【イヌ】と、その裏にある我欲。この二つは果たして同居する
のか?
2枚の逮捕礼状の氏名には、山本リョウジとダイチュウと書かれていた。
 
 
*    *    *
 
 
「そろそろ宴が始まりますわね」
アルドラの言葉を受け、倉敷が手にしていたチェスの駒を脇に置いた。
「あら? どちらへ」
漆黒の“クロックワーク”フルオーダーを着こなし、倉敷はハットを片手に立
ち上がった。
「グランドフィナーレですよ。私も舞台に立たなければ、観客に失礼でしょ
う?」
「それもそうね」
「貴女は?」
「私は、<夜の一族>でしてよ。昼間に外に出歩くなんて無謀は致しません
わ。」
「成る程。では、舞台は専用回線で生中継と致しましょう」
テンガロンハットを小粋に被り、倉敷は階段に向かう。
「ふふ…歴史は繰り返す…。人の諺も間違いではないようね。
チェスはね。『王』は絶対に動かしてはいけないのよ。理屈では解っていても、
ストリートの魂が、それを認めない。不完全にして、二律背反……
まぁ、だから人は面白いのかもしれないのですけど」
アルドラは、ブランデェイを優雅に飲み干した。
 
 
*    *    *
 
 
「やあ、お久しぶりです。 仕事でN◎VAに戻って来られたと聞きましたが?」
「仕事半分、里帰りが半分というところでしょうか?」
アーコロジー内にある、柊オススメの社員喫茶で、柊と二十代後半の【カブト】
が商談を行っていた。
「ところで、どうです? なかなかいい雰囲気のお店でしょう。
……実はここ、うちのOLにすごく人気なんですよ。」
「……そうですね。標準的『千早』【クグツ】の美的センスを疑いたくなる位良い
雰囲気ですよ。」
額に脂汗を滲ませている【カブト】のコメカミは青筋が立っている。
よく見ると、店員は全て男性でダークスーツにミラーシェードをかけている。そ
れだけではない、店員全員が美化整形手術を施され、同一の貌となっている。
その貌とは……千早雅之氏である。
 
「それで、私に用とは…仕事ですか?」
「ええ。社長には〈根回し〉しておきましたから、正式な依頼です。」
「――承りましょう」
「なーに、とある結婚式場の警備をしていただければ結構なんです。」
「結婚式場の警備?
広域警備ならば貴方の手駒を動かした方が早いのでは?」
「いえ、相手方が〈アストラル〉系の人たちですので…其方の方にも造詣のあ
る人間で、かつ警備までこなせる方というのは、なかなかに少なくて……。お
願いできますか? ハヤト隊員。」
「……ですから、その『SSS』っぽい呼び方はやめてください!」
「『SSS』時代からの仲じゃあないですか。 
ついでに、出来れば、報酬も友達価格だと助かるのですけど。」
「金を持っている人からは、しっかりと頂くことにしているのですが?」
「では、足りない分は私の心ばかりの愛で…ご容赦してもらうとして」
防弾仕様の分厚いアタッシュケースが運ばれてきた。
「……他言無用、ということですか?」
「身内の不始末ですので☆」
「いくら金を積もうとも、私の心までは《買収》できませんよ。」
「そのときはその時、数人の女性が嘆くだけです。」
「……あなたには、敵いませんね」
『ナイトワーデン社』所属の【カブト】、荒木ハヤト[あらき・−]は苦笑した。
 
 
*    *    *
 
 
「うわぁ、桜子さん綺麗〜っ!」
「本当に、綺麗ですよ」
純白のウェディングドレスに身を包んだ揚の婚約者、道峰桜子[どうほう・さ
くらこ]の姿に、二人の乙女は目を輝かせた。
「でも、めぐみさん。貴女の会社の株は未だに浮遊状態なのでしょう?」
『千早重工』……いや、倉敷の《買収》は免れたが、『TMS』株は未だに浮遊
状態である。所有者がその気になれば、法的に『TMS』を掌握することがで
きる。
「いま、フリーランスの方に捜索してもらっています。」
「…微妙ね。」
「そッ、微妙―ッ、びみょーっスね」
撮影用カメラを片手に、スーツを着崩したルクセイド=タカナシ[―・―]が
入ってきた。
「いやー、こちらの結婚式の余興にピア=フィルハートちゃんが歌うと聞いて
ねぇ〜。取材させていただきますよ。」
「撮影料は、高いですよ」
めぐみの言に、タカナシはニヤリと笑った。
「ご安心を。 “無音”と雪雅代の会談現場の音声付映像と…ちょっとした
サーヴィスを。」
 
 
*    *    *
 
 
「おい、本当にここで間違いがないんだろうな!」
「ダイチュウ(社長さんから借りた、データーベースで照会したから間違いな
い)。」
リョウジは降魔刀を構え、ダイチュウは右手に“パイナップル”を持ちながら、
下品にチューイングガムを噛んでいる。
「……何やって居るんだよ?」
リョウジは、冷めた眼でダイチュウを見下ろしている。
ダイチュウは、ガムの味が無くなったのを確認して、ドアノブにガムをつけ、
“パイナップル”をくっつけた。
「ダイチュウ(ハッハー、これでロックをぶち破ってやるぜ!)」
時限信管の取り付けられた、“パイナップル”は激しい爆発音と硝煙を辺り
にまき散らした。
 
「ダアアアアアアアァァァァーイイ!!」
再び三流アメリカン映画のような叫び声と共に、アサルトライフルを掃射し
ながらダイチュウが、コンドミニアムに突撃した。
「Justice iz Us!!(正しいのだ! 俺たちは!!)」
多大な問題発言と共に、リビングルームのソファーに座る人影にダイチュウ
専用降魔刀を引き抜きながら躍りかかった。
「…………おい、ちょっと待て。」
リョウジは、殺る気満々のダイチュウの尻尾をつかんだ。
「ちゃああああああああああああああぁぁぁ!!!」
宙ぶらりんになって、暴れるダイチュウを、壁に放り投げ、リョウジは、納刀し
た。
「なんで、アンタがここに居るんだよ? クロウさんよぉ。」
「いえ、実はですね。この場で倉敷さんを殺されると困るからですよ」
にこにこと笑みを絶やさぬまま、恐ろしいことをクロウは口にする。
「実は、『千早』と致しましても…彼のやったことに対して懲罰を与えなけれ
ば、対外的に示しがつかないのです。」
リョウジは降魔刀の峯で肩を叩きながら、無言で聞いている。
「つまり、このたびの事件は……『千早重工』の発展を建前に、モラルを無
視した強引な手段に出た、倉敷恭也の独走劇として幕を下ろしたいので
す。」
リョウジは、そういいながら残酷に微笑んだ。
「………じゃあ、幕の下りた後は…此方の勝手にして良いって事か?」
「『千早』と関係ない者が、ストリートで野垂れ死にするだけ…ですよ」
「………だとよ。お楽しみは後にとっておこうぜ」
血の海に沈んだダイチュウは、痙攣を起こしたまま返事はない。
 
「ここかっ!?」
二人が立ち去ろうとした瞬間、扉の方から『SSS』機動隊が突入してきた。
「何だよ? もう幕が下りたのか?」
リョウジの問いかけに、隊長らしい男が、ポケットロンを提示した
「山本巡査長。貴方に業務上過失致死の罪で召還状が降りております。
また、そちらの電気ネズミにはテロ行為の容疑がかかっております!」
「あぁ!? どういう事だよ? このネズミの行為は知らないけどよ。
俺のは、やむを得ずの〈正当防衛〉だといってんだろ!」
「も、申し開きは…警視正の前でっ!」
 
ガキンッ!!
 
口上を述べた隊長の首筋数センチ横の壁に、降魔刀が突き立てられる。
「お前…誰に対して、物をいってるんだ!? …あぁ?」
【レッガー】もかくやという程の威圧が隊長に放たれる。
「私はっ! 与えられた業務を遂行しているだけでっ!!!」
涙声の隊長を後目に、リョウジは何も言わずに退去した。機動隊は、痙攣を
おこしているダイチュウを引きずって退出した。
 
「……どういう事ですか?」
身分証を示し、クロウは隊長を問いただした。身分証を照会した隊長は、跳ね上がる
ように直立不動で最敬礼を行った!
「私は、業務上の命令でっ、容疑者の確保と、山本リョウジ巡査長の召還任務に
従事しているだけであります!」
「詳しい事情は存じませんが…、彼にどのような咎があるのでしょうか?」
「自分は………っ、知らされておりません!!」
「私的な…《制裁》、ということですか。 ああご苦労様、戻って結構ですよ」
クロウは、ポケットロンで何処かに連絡をした。数分後……
「アルクル。これから、『SSS』本部に向かいましょう」
黒豹は低く唸った。
 
 
*    *    *
 
 
(強制的に)ミラーシェイドを外された楊は、赤面する表情を隠すことが出来
得ない。
「失礼します。」
簡素だが、品の良いスーツを着た男が入室してきた。
「当式場の警備責任を預かっております、『ナイトワーデン警備保障』の荒木
ハヤトと申します。
 本日の式の打ち合わせに……っ!?」
形式的な口上述べている最中、荒木ハヤトは絶句した。
「あ…貴方は、“ドラゴン・スケイル”さん!?」
「……どういうことだ? 依頼主を呼んで貰おう」
【カブト】にとって、自分の身を他者に守って貰うことほど自尊心を傷つけら
れることはない。それが、業界で〈名声〉すら得た者ならば尚更である。
「い、いえ…依頼主の名は明かせないものでして。 まいったな。
社長の許可を得てのことです。ご不明の点は、社長に照会をして頂いて構
いません。」
揚は、無言でポケットロンの短縮番号を押した。
「やあ、揚君。結婚おめでとう」
「……どういう事です?」
「――いや、君にもしもの事があっては此方としても困るからな。
君も依頼の最中ということもある。まあ、万が一の保険……という奴だ。」
揚は、返答無く回線を切った。
「――警備の方法について説明して貰おうか?」
「畏まりました。」
館内地図を前に、流れるように説明し、揚の逐一の質問に簡潔明瞭に答え
る様は、揚をして感嘆させた。一礼して退出するハヤトを揚は呼び止めた。
「済まないが、字名を聞いていなかった」
「ただの…………【カブト】です。」
 
 
*    *    *
 
 
「これはこれは、ガルガンダス特務査察官猊下。ようこそ『SSS』へお越し下さいました。
この度の下向は、『篠原司法』の査察で?」
モミテをする総監を尻目に、クロウはロイアルスマイルを絶やさない。
「実は、当方の査察部の参考に、此方の業務書類をいくらか見せて頂きたいと思いまして立ち寄りました。」
案内されたデーター保管庫で、クロウは山本リョウジの逮捕令状について調べ上げた。
「其方の内部事情で申し訳ないですが…この、公安担当の巡査長の不祥事についてお伺いしたいのですが。」
データーを閲覧したクロウは、この逮捕に作為的なものを感じた。
(やはり、この逮捕は……狂言ですね)
「この内部の犯罪について二、三、お訊ねしたいことがあるのですが?」
 
「おい、いい加減に死んだふりはやめろよ」
そう言って、地面に転がったままのダイチュウを蹴る。牢内に鈍い音と共に絶叫が木霊する。
「ダイチュウ(おい、どういう事だよ)」
「しらねえよ。手前が、イカれたことをやりすぎたんじゃないのか?」
「ダイダイ!(俺は、俺の正義に忠実なだけだ!)」
「チッ、サイバーウェアには…緊急停止プラグが差し込まれているな」
リョウジはそう言いながら大きく背伸びをした。
「ちゃー?(これは、倉敷の陰謀か)」
「……さあな………。」
此方に近づいてくる気配を感じたリョウジは、音を立てないように扉の横へ移動する。
真似をするかのようにダイチュウも反対側に立つ。
 
ガチャリ、バタン! グシャ………。
 
鋼鉄製の押し戸を開く音と共に、ダイチュウの絶叫が楼内に響き渡った。
警察官に案内されたクロウは、その光景に呆然とした。壁と鉄扉の間からは、
ドス黒い血が流れ出している。
「まあ、いつものことだ。…気にするな」
手で頭を押さえながらリョウジは呻いた。
「……で、どうしてアンタがここに居るんだ?」
「いえ、貴方方の拿捕が余りにも不自然でしたから調査に来ただけですよ」
「で、俺達の咎は何なんだ?」
リョウジの問いにクロウはにっこり笑って答える
「間違いなく冤罪ですよ。保釈金を詰んでおきましたから、牢から出ることは出来ますが、
『SSS』としての権限は、罪が晴れるまで行使できないでしょうね。」
「ダ、ダイチュウ………(おい、だれか助けてくれ……)」
リョウジとダイチュウは罠に掛かった。それは今までの悪行の報いなのか…
それとも、彼らの名声を妬む小人の僻みなのか…。
 
 
*    *    *
 
 
N◎VAインペリアルパーク内の、総合結婚式場。友人、恩人、商談相手…
多くの人々の祝福を受け、揚は結婚した。チャペルの入り口から出てくる二
人を、観衆は拍手で歓迎した。純白のドレスに身を包んだ道峰桜子は、階
段の前で手に持っているブーケを投げた。
宙に待ったブーケが、女性陣の手に舞い降りようとした瞬間!
 
マシンガンの銃声があたり一面に響き渡り、ブーケが四散した!
周囲が、静まりかえる中…観衆の一部が割れた。
「倉敷っ!?」
数多の【クグツ】の盾鎧に身を守られながら、漆黒の礼装を身に纏った倉敷
恭哉が人壁の中から現れた。
「我ながら、面白い趣向だと思いますが、如何かね……諸君。」
飛び交う罵倒と侮蔑の言葉を一身に受け止めながら、オーケストラを指揮
するマエストロの如く全ての視線を受けている倉敷は満悦の笑みを浮かべ
た。
「古の賢人も、いったものだ。 物事は『単純明快』にと。株の証券自体は、
まもなく手元に戻る。
その上で月代一族の身柄を押さえ、指紋・声紋・網膜のデーターベースを
押さえれば、『TMS』の最高権限を行使することができる。
組織が組織でなくなれば、時間と共に世間は忘れ去る。消失したものを問いただす
暇人はこのN◎VAには存在しない。
…それだけのことだ!」
はじく指の音と共に、【クグツ】は“MP5クルツ”を一斉に構える。
「流石の“龍鱗”も、結婚式に武装は身に着けられないであろう。
……そして」
倉敷は、護身用の“P4”ピストルを引き抜く。
「依頼主と花嫁、お前はどちらを選ぶのかねっ!」
「きっ、貴様っ!?」
揚のIANUSが、高速回路を起動する。
「ふむ。“オーヴァー・ドライヴ”か…だが、素手で何をするつもりかね。この
式場は、よりよい舞台演出のために、私が全て《買収》しておいた。
君たちの知人以外は、全て私の手駒だっ!!」
鳴り止まぬ銃声。戦うための剣を持ち忘れてきた者は逃げ惑うしかない。
「…しかたが、ありません!」
めぐみは、精神を統一し<一族>の能力を行使しようとした
「この大衆の真ん中で、【アヤカシ】の法を行使するおつもりかね? 
…姫。」
真実を知るものだからこそ言えるその一言に、めぐみは茫然自失として地
面に膝をついた。
「クッ!」
動くことができない揚のIANUSに唐突に回線が繋がった。
(……Mr.“ドラゴン・スケイル”、聞こえますか?
右側の花壇の中に、貴方の太刀を仕込んであります。3秒後に、跳ね上げ
ます)
「君はっ!?」
その瞬間、リボルバーの銃声と共に倉敷の足元に火花が弾けた!
「勝機っ!」
跳ね上がる愛刀“駆龍”を引き抜きざまに、揚は倉敷に飛び掛った!
「それは、困るよ…。」
倉敷のそば…何もない空間から現れた鍵爪が、揚の一刀を防ぐ!
「俺は、ブルーウルフ。 これほどの猛者と死合えて…今回は、つくづくご機
嫌だねぇ〜」
鼻歌混じりながらも、鍵爪は容赦なく揚の首筋を狙う。揚は、間一髪で頚動
脈から爪を逸らした。
 
「何者だ?」
ショートバレル・リボルバーを構える男に倉敷は誰何する!
「ここの、警備責任者です。」
「貴様っ………。ここの最高権限は私だと伝えただろう!」
男は、左手でポケットからゴールドを取り出し、地面に捨てた。
「貴方は、知らないだけだ。金で、【カブト】の心は《買収》できない」
怒るでもなく、凛とした巌のごとき動かすことの適わない信念。その《難攻不
落》の誇りこそが、【カブト】を『世界で唯一の信頼』と言わしめるのだ。
「世迷言をっ!!」
銃声を、右手で弾く。義手の金属音が響き渡り、スキンコートが切り裂き傷
のように捲れ上がる。肌色の外皮の奥には…銀色の腕がのぞいていた。
「銀の…腕だとっ!?」
伝説の【カブト】ブロッカーの代理執行人…、彼と同じ銀の字を持つ謎の【カ
ブト】……“銀の腕”。倉敷の前には、その“伝説”が立ちはだかっていた。
「ヘッ、隠し玉かぁ!? じゃ、こっちも隠し玉といこうか!」
ブルーウルフの雄叫びと共に、逃げ惑う群集の半数が、動きを止めた。
次々とスキンコートが剥がれ落ち、礼装を身に纏い、マスケラを被った戦闘用
全身義体が現れた。腕には、人間には持ち歩くことも出来ない重火器が握られている。
「これは、なんなんやー!」
ドレスの裾を端折り、ピアは逃げ惑う。
「人形兵っ!?」
月代一馬の叫び声と同時に人形兵は機械とは思えないような俊敏な動き
で、踊りかかった。ガトリングガンの銃声が響き渡り、人々は、傷つき倒れていく…。
月代一馬[つきしろ・かずま]も流れ弾に当たり、昏倒した。
 
 
「ヘヘヘ、いいねぇ。筋肉馬鹿は筋肉馬鹿同士で殴り合ってもらうことと
して、こちらはこちらでお仕事をしないとね☆」
チャペルの鐘堂に陣取ったタカナシは、口笛を吹きながらカメラを回す。
 
ガシャン、ガシャン。
 
金属の軋む音が背後でする。ゆっくり振り向いたその先には、2つの全身
義体が仁王立ちしていた。
「そりゃ、反則だろ−」
銃火のリズムに合わせて、タカナシは無理矢理ダンスを踊らされた。
「降参しているだろーーー!!」
両手を万歳しながら階段に向かうタカナシは、スーツ姿の男三人とぶつ
かった。
「あまりお上手とは、言えませんねぇ〜」
柊勇哉と、降魔刀を構えたミラーシェイドの男は、問答無用で人形兵を
蹴散らした。もう一人の男…フリュウは後方でそれを眺めている。
「さて、S席で見学といきましょうか……雅之社長。」
「そうですね」
刀を納め、ミラーシェイドを外した男は、千早重工社長:千早雅之[ちは
や・まさゆき]であった。
絶句する、タカナシの肩に、柊はポンと手を乗せて微笑んだ。
「あ、此方は此方でやりますから、お構いなく☆
ただし、非公式訪問なので、私たちの撮影はご遠慮願いますよ。」
鼻歌まじりに階段を降りていく柊をタカナシは唖然とした顔で見送った。
 
 
*    *    *
 
「覇ぁっ!!」
斬戟をフェイントに、繰り出した蹴りに反応し切れなかったブルーウルフ
は、吹っ飛んだ。
「揚さん、《ファイト!》やぁ!! こんなマネキン人形、蹴散らした
れー!」
そこにピアの声援が飛んだ! 弾かれたように駆け出した揚は、叫声とと
もに太刀を振るった。その《死の舞踏》を舞い終えた後には、大量の金属
パーツが四散していた。 
 
 
 
人形兵の壊滅が、舞台の切り替わりとなった。
「倉敷さん、勝敗は決したようです。いまさらジタバタするのは見苦しいで
すよ。 ……もう一度言いましょう。貴方の負けです。」
気がつけば、ブルーウルフの姿は見られない。
「いいですか、倉敷さん。人は不老不死にはなれないのですよ。勿論、
我々が【アヤカシ】と呼んでいる方たちだって永遠ではありません。
いつかは朽ち果ててしまうのです。延命することは可能かもしれませ
んけどね。勿論、形而レベルでの話ですが………」
クロウの言に全員の視線が集中する。
「面白い昔話をしてあげましょう。今から結構昔の話になりますが、人々は
永遠を求めるあまりに過ちを犯しました。隠蔽されていますが、コロニーである
プロジェクトが行われたのです。【アヤカシ】の遺伝子を、精子・卵子の段階で
遺伝子に組み込み不老長寿の人間を作り出すというものです。
しかし、実験は失敗に終わりました。確かに、出産後ある時点で子どもの成長は
止まり、計画は成功したかのように思われたのです……。
しかし、数年後、沢山の子どもたちは奇怪な病に冒され朽ち果てていったのです。
生き残りも居ましたけれど。
勿論、このプロジェクトはお蔵入りし、隠蔽されました。少なからずこの一件に関わった
軌道人は、ヒトは【神】になれないことを学びました。」
ふっと息をつくクロウに対し、倉敷は激昂した!
「巫山戯るな! 先人は、森を切り開き、夜をうち破って文明を発達させた。
神の領域に挑み、神を殺し続けることで人類は進化してきたのだ!
不老不死は、人類が越えなければならない最後の【神】なのだ!」
左手を高々と上げ、【クグツ】達に発砲を命じる。
次の瞬間、倉敷の動員した部下を囲めるだけの後方処理課【クグツ】が戦場に殺到し、銃を構えた。
「倉敷次長。人事部よりの申請で、貴方の懲戒免職及び一時的拘束が只今決定
致しました……」
後方処理課の人輪の奥から、柊が出てきて言上した。
「お前は、柊っ!?」
「申し訳ないのですが、そういうことですので銃を納めて頂けませんか? 
…次長。」
「はったりだ! 役員級の社員の進退には、理事一人の肉筆サイン及び承諾印が必要
だ!」
その言葉を受け、柊はちょっと困った貌をした。
「そうだろう、柊ぃ。理事の殆どは軌道在住か支社へ視察中だ。N◎VAに
は居ない!」
倉敷は、この短時間で有閑か多忙の極みにある理事達から承諾印を得ることは
不可能であることを熟知している。そして、明確な結果さえ示せば“独断専行”ではなく
“功績”となるのが、企業社会であることも………。
「うーん、仕方がないですねぇ〜。 ………私の承諾印じゃ不満ですか? 
……倉敷君。」
柊は、面倒くさそうにスーツの裏につけた『千早重工理事章』を倉敷に見せ
た。 その瞬間…場が静まりかえる!
 
「申し遅れました。 私、千早重工非常勤理事…柊勇哉と申します。」
理事章に対し、倉敷旗下の【クグツ】は銃をおろし、敬礼した。
「今まで……、俺はお前に踊らされていたのかっ!」
倉敷は、天に向って吼えた。クロウは、倉敷に近づき…厳かに囁いた。
「もう一度、いいましょう。人間は神には近づくことは出来ない、神になれるわけが無いのです。
人は『3.5次元』の世界の中で、自分の命を全うするしかないのです!
貴方はそれを理解するべきです。」
その言葉は購うことが出来ない《神の御言葉》であった。その言葉に、倉敷はがっくりと項垂れた
全ての欲望を断たれ、廃人のように燃え尽きた倉敷を、【クグツ】たちが車に護送していく。
 
 
*    *    *
 
 
怪我人が救急車に収容され、背後の一角では重傷者の緊急手術が行われている。
血と泥にまみれたドレスを身に纏い、月代めぐみはクロウに訊ねた。
「一体『千早』は、何を考えているのですか?」
クロウは、ネクタイを整えめぐみと対峙した。
「今回倉敷が行ったことについて謝罪の余地はないと思います。
しかし、私としては業務提携を存続させていただきたいのですよ。貴方方の目的の真実を知る者の一人として。」
2人の企業重役の向かい合いは、なおも続く。
「……確かに、他社に提携を結ばれることに懸念を抱かざるを得ないと言う理由もあります。
 無論、貴方方の技術力が欲しいと言う【エグゼク】達が居るでしょうけれども……。
 私はそうは思いません。むしろ貴方方を護りたいと言うのが私の本音なのです。
今後、このような事件は少なからず絶対に起こりうるでしょう。
その時、今回のように助けてくれる人物は居ないかもしれません。
また、貴方一人で全てを抱え込もうとするおつもりですか?
……いい加減、人を信用してみませんか?」
クロウの笑みにめぐみは、嘆息した。
(私は、人と共に歩もうとしていたけれど……人を根底から信じていなかったのかもしれない。)
「そう。人間は勝手で功利的ですからね。自分から愛さなければ、誰も自分を愛してくれないのですよ」
めぐみの心奥を見透かしたかのような一言。そして、めぐみの背後では、沢山の人が見守っている。
(やっぱり、私は古の【アヤカシ】だったんだ。)
めぐみは、自分たちが生き延びるために、本当の意味で人と交わりたい…そう思った。
「そうですね。自分から歩み寄らなければ、誰にも近付くことはできないのですね」
差し出されるクロウの手をめぐみは、しっかりと握った。周囲からは万雷の拍手が木霊する。
 
「まっ、これもサーヴィスって奴ッスよ」
鐘塔から、カメラを構えたタカナシは、ゆっくりと全景をパンした。
 
 たった一つの仕合わせ。その裏で支払われた代価。それは、表舞台には全く現れない
宵を待っていた照星達は、夜を越して朝へと到った。
夢が去りて、朝が来たらじ。目が覚めた先に何があるのか……。
 
 きっと、貴方が望む朝であろう。
<幕間>
 
 
 
 
 
 
鈴希です。倉敷次長は更迭され、結局のところ世界は現状を維持されました。
私達の存在価値は何でしょうか? そして、夜が明けた先には何が待ち受けているのでしょうか?
 ……そして、最後に私達の成すべき事は……。 私達の選ぶ道は……
 
 
■次回アクション 
R05a-01)役目を終えて日常へ戻る
R05a-02)被っていた仮面を脱ぐ
R05a-03)貸し借りの精算をする
R05a-04)他に、成すべき事がある
 
 それでは、縁が在れば[第6回:Full_Moon-Heads去夢来朝]でお会いしましょう。
 
 
▼ 消費神業清算
・吉本憲治       《制裁》    内容:山本リョウジをXランクにする
・揚紅龍         《死の舞踏》   内容:トループを壊滅
・クロウ=D=G    《神の御言葉》 内容:倉敷の精神を掌握
 
・倉敷恭也       《買収》    内容:インペリアルパークを掌握
 
 
■業務連絡
 
▼タカナシ様
アクション未提出につき、この度はゲスト扱いとなりました。
 
▼ダイチュウ様
『社会戦』で、一時的に拘束されました。次回からは自由に動けます。
 
▼山本様
『社会戦』で、警察権力が剥奪されました。行動には制限がありませんが、《神業》以外の【イヌ】特技が次回使用できません。
 
 
 
●参考リアクション
14th_Moon-Tails.明日-A Better Tomorrow-

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