吐瀉物や血痕、そして…無名の死体。あらゆるこの世の汚物が転がるストリートの路地裏に、人影がある。
「どういうことなのよ!?」
いままで、追いかける側であったモーリガン=ル=フェ(−・−・−)は、数多のハイエナ達に追われる側となった。
全ては、彼女の手にある『TMS』株式の証券のせいである。
(私が、持ち逃げすると…思っているわけ!?)
脳裏に一瞬よぎった、最悪の予想を振り払い、モーリガンは込み上げる吐き気を堪えながら、
側に転がっている死体にかぶりついた。
数瞬の後、モーリガンは恐らくその死体が生前であった筈の姿に変貌した。モーリガンには、
生まれながらにして相手のDNA情報を模写する能力があった。困惑するハイエナ達を後目に、
モーリガンは別の路地へと移った。
(こんな力だけど、生き残りのには便利よね)
モーリガンは、吐き捨てるように云った。
* * *
未だ、車椅子から降りることができない月代一馬[つきしろ・かずま]、にむかいテオフラストゥス=カルマ
(−・−)は、独白した。
「・・・・・・なあ、一馬さん。今思い出したのだが…パラケルススって名前知っているか?」
「――――確か、はるか昔の医者だったかな?」
一馬はDAKに向かいながら答えた。
「そいつは、昔の数学者だか医者だか錬金術師だかとにかく胡散臭い奴で、生前の奇行がたたって、
死後悪魔にされたいわくつきの狂人のあだ名で、その本名をテオフラストゥス=フォン=フォーエンハイム
っていうそうだ。」
「………」
「で、だ。俺はあなたのオペ中にその悪魔とやらの影を見たような気がしてならないんだ。
奴は俺に力を貸すという。“人外の生命体をも直す術、奇跡というものをお前は目の当たりに
したいのではないか?
我ならばその力、与えることができよう。無論代償はいただくが、お前はそれを望むのか?”ってな。
無論、俺の返事はYESだった…。」
「それは、【マヤカシ】である君の《守護神》と呼ばれるものではないのかね?」
「仮に、そうだとしても…【タタラ】として、俺は、神とか悪魔とか言うわけのわからない存在に
魂を売ったのかもしれない。」
「君がそう思うなら、そうなのであろうな。」
「…が、満足してるんだ。あんたのような人外のクランケをただの人間の俺がオペしたんだからな」
勝利にいたる最後の鍵は見つからない。99%という数値は、完全ではあり得ないのだ。
「しかし、倉敷の身柄が自由だというのに…緊張感がなさすぎる」
机上におかれた古風な封筒には、披露宴の招待状がおかれていた。
「こういう状況だからだ。めぐみにも息抜きは必要だ。
それに、この状況下なら公衆のほうが安全だ」
起死回生策としての拉致・暗殺が懸念される現状は、公の目に留まっていた方が確かに安全かもしれない。
夕闇が近づいてくる中、二人は長い沈黙を保った。
* * *
力、金、そして地位や名声……。何かを得るためには代価が必要となる。
今、ニューロエイジの舞台に上った俳優達には、代価の支払いが求められている。
己の支払い能力を過ぎた“モノ”を得た愚者には、その代価として命の支払いが求められていた。
「まったく、やったられねぇよ!」
場末のカプセルホテルには不似合いな、現金輸送用の防弾トランクを数個投げ出して、
樞綿彦(とぼそ・わたひこ)は悪態をついた。ちょっとした好奇心の代価が、あらゆる信用の失効であった。
銀行口座が凍結され、おそらくキャッシュの製造番号を押さえられた今、千枚はあるであろう
プラチナムの為替は、表社会ではただのガラクタである。
「チクショウ。割りの悪いところは、俺が全部総取りかよ!!」
残された方法は、有り余る金を使って“逃亡”することである。
(足下、みられるよなぁ〜)
元来、あらゆる関係を“商売”だけで成り立たせて来た樞には、〈コネ〉が少ない。
特にこういうときに頼りに成りそうな“信用の出来る”相手は……。
トゥルルルル……
突然、KーTAIに着信が入る。相手は、数少ない知己であり、先日裏切ったばかりの相手、フリュウであった。
(……事の追求か?)
数瞬迷ったが、着信を受けた。
物理学ではこう云う。『光の照度が高ければ高いほど、比例して陰は濃くなる』と……。
万物の因果も全てが相対数だとするならば、表舞台が神々しいほど、その裏は凄惨なモノとなる筈である。
ある者は、好奇心で。ある者は生き残るため。 そしてある者は、『信念(スタイル)』のため…。
華々しい表舞台の路地裏で、明日を賭けた…美しくもない、そして人に知られることのない戦いが始まろうとしていた。
TOKYO NOVA-D to Play.By.E-mail
[第5回:14th_Moon-Tails.明日-A Better Tomorrow-]
* * *
「ほんまですか〜? よかったですわぁ」
「はい。ピアさんの決死の映像は……私達の“切り札”として使えるでしょう」
再建が始まった『TMS』社屋が見える喫茶店で、月代めぐみとピア=フィルハート(−・−)が
会談をしていた。ピアが命を賭けて手に入れたVTRには、倉敷の所行の全てが刻まれていた。
倉敷が手を出してこないと言うことは、《暴露》されることを恐れているのだろう。
「しかし、唯一の問題が『株式証券』の行方が解らないということです。『株』の効果は
相変わらず健在です。こちらに害意を持つ対象の手に墜ちれば元も子もありません」
「それなら、大丈夫や。神宮はんが草の根分けても探し出す言うとりますさかい☆」
* * *
「やあ。」
「……」
画面の先の相手は、何事もなかったかのように笑顔を浮かべている。
「とりあえず、事情を聞かせてもらえないかな?」
「俺も、よくわからねぇんだよ!」
樞は、偽らざる本音を吐露した。
「こちらの調べによると、モーリガンっていう女性が株式証券を所持しているようだね」
「倉敷の側にいた女か?」
「そうだね。彼女は恐らく、変装技術に長けているよ……君は、騙されたのじゃないかな?」
(何を莫迦なことを)
そう思ったが、ここはフリュウに騙された方が都合がいいと思い直した。
「ああ。どうやら…そのようだな。 俺もヤキがまわったってことだな」
「もし、君の情報網で彼女の居場所を探し出してくれるのを手伝ってくれるのなら…
僕の方で『TMS』に言い訳をすることもできるんだけど」
(交換条件ってことか? あちらは、総取り。こちらはマイナスがゼロに戻るだけ…か)
商売としては、足下を見られているが…今の樞としては渡りに船である。そして何より、
旨く立ち回れば自分の不利益を、全てモーリガンに押しつけることが出来る。
断る理由はなかった。
* * *
「モーリガン=ル=フェ。市民IDでの照会は不能。……典型的なXランク市民か。」
ぶつぶつとぼやきながら、神宮桃次(じんぐう・とうじ)は路地裏の情報屋をまわった。
【カタナ】や【カブト】、【レッガー】のように派手に暴れることのない非登録市民の情報源は限りなく少ない。
「大体、おれはレポーターであって、情報のサルベージは苦手なんだよな。それって、【フェイト】や【ニューロ】の分野だろ?」
「しかしなぁー。モーリガン=ル=フェ、どこかで聞いたことがある名だよな。」
「ケルト神話……じゃないですか?」
突然、独り言に合いの手を入れられ、神宮は身構えた。
「害意はありません。どちらかというと、協力者ですよ。」
「誰だよあんた。」
「申し遅れました。僕はフリュウ、トレジャーハンターですよ。」
「で、その“遺跡荒らし”が何のようだ?」
「月代の姫さんから、貴方が『株式』の回収をしていると聞きましたので、私の知っている情報を提供しますよ」
「何の義理で?」
「姫さんは、大事なスポンサーなのですよ。“兎は煙で燻されて、まもなく逃げ出すでしょう”。
……貴方なら、わかりますね?」
「――――“兎狩り”か? まっ、そんな貴族趣味な道楽につき合わされるとはな。」
「『証券』が、倉敷の手に墜ちれば、一巻の終わりです。」
「モーリガンって女が、持ち逃げしたんじゃないのか?」
「……彼女は、【マネキン】です。 自分一人で生きていけないから、【マネキン】というのです・」
フリュウは、人物解析に長けていた。
* * *
ストリートの深淵。そこに、いかにも胡散臭げな連中が屯っていた。
ここでは、“表”にできない非合法の商売を取り扱う連中の取引場である。
「まあ、数多の金も…自分の命には代えられないぜ」
プラチナムがぎっしり詰まった、アタッシュケースを1つを放り投げ、樞は悪態をついた。
ストリートの闇経営コンサルタントや悪徳弁護士達は、御馳走を前にした餓鬼のように舌なめずりをしている。
「経費も手段も自由だ。 とにかく、モーリガンって女を破滅させろ!!」
N◎VAが生み出した背徳の使徒達は、亡者のようにアタッシュケースに駆け寄った。
「ヘッ、しっかりと俺の身代わりになってくれよ、モーリガンの姉御。」
その表情は、N◎VAの悪魔……【レッガー】そのものであった。
* * *
「貴方が、『千早重工』へ交渉にいく…と?」
「ええそうです。ですから私に全権大使の身分を保障して欲しいのです。」
めぐみの私邸…木更津湖畔のボートハウスの居間で、フリュウは会談していた。
「恐らく、『証券』さえ此方の手元に戻れば、倉敷氏は更迭されるはずです。その後の
交渉の下準備を始めた方が良いと思いますよ。
……尤も、『千早』と縁を切るつもりなら話は別ですけどね」
「『千早』の販売力は此方も失いたくはありません。」
「じゃあ、好意的に話を進めるということで、私に一任して貰えませんか?」
フリュウは屈託のない笑みを浮かべた。
「でも、肝心の『証券』の行方が不明じゃあどうしようもあらへんわなぁ〜」
神宮と連絡を取りながら、ピアは天井を見上げた。
「レディ。最も確実な『兎狩り』の方法をご存知ですか?」
「どんなんですか?」
「兎の巣穴には、2つの出入り口が在ります。その片方から煙を送り込みます。
兎は、あわててもう一つの穴から跳びだしてきます。
……そこで、もう一つの出入り口に罠を仕掛けるのです」
「なにか、策があるのですか?」
「私の知人が、『証券』所有者を突き止め、社会的に揺さぶりをかけているはずです。
捉えるのは、時間の問題でしょう。」
「――――では、少しだけ外に出ても大丈夫ですね」
めぐみは、悪戯っ子のように微笑みながら、封筒を取り出した。
「今、契約している【カブト】の結婚式があるんですよ☆」
* * *
(――――結局。私は誰かに依存しないと生きていけないのよね)
逃亡劇の最中、モーリガンは自問自答した。
「だから、私は…勝者の側に居たい!」
モーリガンを追いかけながら、負けじと神宮は叫んだ!
「まあ、あんたが…誰の側にいようと構わなんだけどよ。
其奴が、俺にとっちゃあ邪魔になるわけよっ!」
『正義』とかいわれる陳腐な言葉は、人の数だけあるという事なのか。
それとも、ニューロエイジでは忘れ去られた過去の遺物なのか。
「とにかく、その株式証券を渡して欲しい。それだけなんだよ!!」
「それは、出来ないわっ!」
その言葉と共に、モーリガンに“鉛の死神”が襲いかかった!
右足を打ち抜かれながらも、モーリガンは人外の跳躍を行い数メートルはあろうかという
フェンスを飛び越えた。
「チッ、この先は…『インペリアルパーク』か。厄介だな」
モーリガンは、“運命の輪”に導かれるままに、クライマックスの舞台に駆け寄った。
モーリガンがグランドフィナーレの舞台に上がれるかどうかは、狩人から逃げ切れるかどうかにかかっていた。
* * *
(といってもなぁ〜。『千早重工』の若獅子…千早雅之氏とは、面識がないんだよね)
フォーマルスーツに身を纏い、老執事を引き連れてフリュウは千早重工の正面入り口立つ。
「ルミエール・コトハ・アンスリールと申します。『TMS』よりの使者としてまいりました。社長に面会致したいのですが?」
受付嬢に身分証と紹介状を差し出す。
「社長は執務中につき、事前のアポイントのない方とは面談出来得ません」
受付嬢の事務的な返答に、フリュウは少し困った。出来れば、秘書を通さずに直接面談したいというのが本音だ。
間を通せば、情報が漏れる可能性がある。倉敷寄りの人物が秘書に居る可能性は高い。
「おや〜? アカネちゃん。どうかしたのですかぁ〜?」
昼の休憩時間はとっくに過ぎた時間帯に、爪楊枝で歯を穿りながら、先日見かけた【クグツ】らしからぬ男が受付に訪れた。
「貴男はたしか……。」
「営業部第三部庶務課の柊勇哉[ひいらぎ・いさや]ですよ。 えーっと確か……」
「フリュウです。」
「そうそう、フリュウさんでしたね! ところで、本日は本社にどのようなご用件で?」
「野暮用ですよ。社長と話がしたいなと思ったのですが、予約制だとかで」
「な〜んだ。そういうことですか。 なんなら、私がお話を伺いまいますよ?」
ケラケラと他愛もないことのように話す、この男に社長への服従心の欠片も見受けられない。
だが、フリュウの勘が“絶対あり得ないような”仮説を打ち出した。
(この男が、ただの【クグツ】でないとしたら……?)
先日も一介【クグツ】では知り得ないような、倉敷側の情報をさらりと此方に漏らした。
この男は、それだけの情報収集能力、あるいは権力を有しているということになる。それでいて、
この男の正体も目的も不明。非常に危険な賭ではある。
(賭けてみよう。いざと成れば〈虚言〉で切り抜けるまでだ)
とにかく、必要なのは……この一連の事件を千早雅之がどう思っているのか……そのことなのである。
* * *
ストリートの深淵にある秘密クラブ『サロン=ド=ドルファン』その深奥で、倉敷恭也[くらしき・きょうや]と
アルドラ=ドルファン[−・−]は、チェスに興じていた。
「そろそろ宴が始まりますわね」
アルドラの言葉を受け、倉敷が駒を持つ手を止めた。
「あら? どちらへ」
漆黒の“クロックワーク”フルオーダーを着こなし、倉敷はテンガロンハットを片手に立
ち上がった。
「グランドフィナーレですよ。私も舞台に立たなければ、観客に失礼でしょ
う?」
「それもそうね」
「貴女は?」
「私は、<夜の一族>でしてよ。昼間に外に出歩くなんて無謀は致しません
わ。」
「成る程。では、舞台は専用回線で生中継と致しましょう」
テンガロンハットを小粋に被り、倉敷は階段に向かう。
「ふふ…歴史は繰り返す…。人の諺も間違いではないようね。
チェスはね。『王』は絶対に動かしてはいけないのよ。理屈では解っていても、ストリートの魂が、それを認めない。
不完全にして、二律背反……
まぁ、だから人は面白いのかもしれないのですけど」
アルドラは、ブランデェイを優雅に飲み干した。
* * *
「ところで、貴男の身分について伺っていませんね。Sir.柊」
「いやですね〜。ですから、しがない閑職の係長ですよ☆」
フリュウの問いに対して、柊は笑って応えた。
「では、伺いますが……。どうして、秘書でもない貴男が、社長の代わりを務められるのですか?」
「好奇心ですね。私は美女の、味方なのです。中年の倉敷次長より、『TMS』の綺麗所の側にいた方が居心地が良い、それだけですよ」
「貴男の趣味と、気分では納得は出来ませんね。此方としては、『千早重工』の真意が知りたいのです。」
「――――つまり、倉敷の行動が、独断なのか。……社上げてのM&A工作なのか知りたい。 ……ということですか?」
突然の第三者の闖入。扉の前には、千早重工社長:千早雅之が立っていた。
「おや、社長。仕事中じゃないのですか?」
「事務処理は、“影”でも出来ます。 それより、『TMS』側が全権大使を寄越したと言うことは、それだけ重要な取引を
求めている…ということでしょう。」
三人は、席に着いた。フリュウは今までに入手した証拠を提出する。
「細かい話は無しにいきましょう。貴社は、『TMS』に対し害意があるか、否か……お答え頂きたいのです」
ミラーシェイドに覆われた雅之の表情を窺い知ることは出来ない。
「―――貴社の利益と安全を保護するために、非通知ではありますが、この柊に特務を与えております。これが当社の答えです。」
「――――つまり、この一連の《買収》劇は、倉敷恭也氏の独走…と受け取って宜しいわけですね?」
この返答で、情勢が一変する。【エグゼク】の一語はそれほどの価値と責任があるのだ。
「その通りです。」
千早雅之…いや、『千早重工』は、この瞬間に倉敷恭也を切り捨てた。
「では、倉敷氏が当方の利益や安全を脅かした場合、排除して宜しいでしょうか?」
千早雅之は、その言葉を待たずに立ち上がった。
「柊さん、『後方処理課』に招集をかけてください。 当方の不始末は、当方が致します。
貴男にも同行頂き、確認をして頂きたいのですが…如何ですか?」
「お付き合い致します」
そういいながら、フリュウは一つ疑問を得た。千早雅之と柊の会話は社長と社員のものではないということに……。
* * *
N◎VAインペリアルパーク内の、総合結婚式場。友人、恩人、商談相手…
多くの人々の祝福を受け、揚は結婚した。チャペルの入り口から出てくる二
人を、観衆は拍手で歓迎した。純白のドレスに身を包んだ道峰桜子は、階
段の前で手に持っているブーケを投げた。
宙に待ったブーケが、女性陣の手に舞い降りようとした瞬間!
マシンガンの銃声があたり一面に響き渡り、ブーケが四散した!
周囲が、静まりかえる中…観衆の一部が割れた。
「倉敷っ!?」
数多の【クグツ】の盾鎧に身を守られながら、漆黒の礼装を身に纏った倉敷
恭哉が人壁の中から現れた。
「我ながら、面白い趣向だと思いますが、如何かね……諸君。」
飛び交う罵倒と侮蔑の言葉を一身に受け止めながら、オーケストラを指揮
するマエストロの如く全ての視線を受けている倉敷は満悦の笑みを浮かべ
た。
「古の賢人も、いったものだ。 物事は『単純明快』にと。株の証券自体は、
まもなく手元に戻る。
その上で月代一族の身柄を押さえ、指紋・声紋・網膜のデーターベースを
押さえれば、『TMS』の最高権限を行使することができる。
組織が組織でなくなれば、時間と共に世間は忘れ去る。消失したものを問いただす暇人はこのN◎VAには存在しない。
…それだけのことだ!」
はじく指の音と共に、【クグツ】勢は“MP5クルツ”を一斉に構える。
「あんたは、悪魔や!!」
ピアの魂を抉るかのような罵声に、倉敷はニヤリと笑う。
「私は人間だよ。昔話を読み返してみたまえ、人間の方が鬼や魔物よりも、遙かに狡猾だ」
倉敷の号令で【クグツ】達のライフル掃射が始まる!
「堪忍や〜〜!!」
一丁裏のドレスをズタズタにしながら、ピアは走り回る。
* * *
「一馬さん。こっちだ!」
テオの導きに従い、銃火の雨をかいくぐり月代一馬は物陰に潜んだ。かって、モーリガンが一馬暗殺を行ったように、
『TMS』を掌握する事を目標とするならば、有能な経営者は不要であるどころか、邪魔である。
『TMS』側で一番の標的は一馬であるのは間違いない。加えて、【カブト】の人数に対し『TMS』側の守るべき対象の数は多い。
白兵戦では絶対的に不利である。
恐らく、倉敷は100人近くの企業兵隊を動員している。一番確実なのは、『インペリアルパーク』から離れることである。
「みつけたぞ!」
【クグツ】は、誰何もなくライフルのフルオート射撃を行ってくる。ストリート唯一の、『非武装区画』である公園が、
ミトラス並の戦場と化している。テオは、この理不尽さに激怒した。
「巫山戯るな!!」
大気が、震撼する!! 次の瞬間、十数人の【クグツ】が、宙に浮かび上がり、弾け飛ばされた!!
もはや、サイキックの域を超えた《天変地異》そのものの重力波に、人の壁が割れた。
「一馬さん、今の内に遠くへ!」
* * *
「始まりましたね」
チャペルの鐘堂に陣取った、フリュウ、千早雅之、柊は乱戦を見守っている。
「しかし、この状況下でこれだけの【クグツ】を動員するとは…鮮やかですね」
(果たして、千早雅之は倉敷を切り捨てたのだろうか)
冷静ではあるが、倉敷に対する敵意を感じさせない雅之の言にフリュウは不安になる。
そして、一つの仮説へと至った。
(“トライアル”。この人は、『TMS』を現状で生かすべきか、吸収するべきか…試していた?)
『千早重工』というN◎VA有数の企業を統括するには慈善家でも強欲でもいけない。全てを兼ね備えなければならないのだ。
この度は、競合に勝ち抜けたが、果たして次はどうなのか……考えるのも空恐ろしかった。
「……そろそろ、頃合いでしょうか?」
戦況は、傍目からは倉敷勢が圧しているように見える。
「後方処理課の手配は完了しております。」
鼻歌を歌いながら、降りていく柊をじっと見つめるフリュウに雅之は囁いた。
「心配は無用です。素人から見れば、『TMS』は追いつめられているように見えますが。
戦局は『TMS』側に動いています」
「揚さん、《ファイト!》や!!」
ピアの応援に、弾かれたように揚紅龍は駆け出し、《死の舞踏》を舞った!
散らされていく兵隊達。神業ともいえる活躍で、戦局は一変した。
* * *
N◎VAインペリアパーク内に設けられた、教会の前庭で繰り広げられた決戦は、
終わりを迎えようとしていた。
龍の如く敵陣を切り伏せる揚の剛刀に倉敷勢は切り伏せられていく。
倉敷勢の戦意が喪失するのは時間の問題であろう。
「だから、いっただろ? “正義は勝つ”ってね」
黒光りする銃口を向けながら、神宮はニヒルに微笑んだ。
「と、いうわけで…それを返してくれないかな?」
「…くっ!」
躊躇もなく照星をモーリガンの眉間に向け、わざと音を立てて安全装置を解除した。
理由は2つ、確実性と威嚇である。
「あ〜一応、裏で細工してあるからな。
現在、あなたのIDはN◎VAには存在しないんだよ。 モーリガンちゃん」
殺して奪うに事に対するリスクは無い…神宮は、暗にそういっている。
「【トーキー】が、人を殺せるわけ…ッ!!」
その瞬間、モーリガンの片耳が半分ほど吹き飛んだ。
「10秒待ってやる」
“機械仕掛け”の男、神宮桃次は、容赦なく死へのカウントダウンを始めた。
(この証券さえ確保すれば、負けは無い。)
背後の物陰に視線を移す。そこには、『TMS』の“王”が身を潜めていた。
「撃ってみなさいよ!」
モーリガンは神宮に《とどめの一撃》を《プリーズ!》した!!
くぐもった音と共に弾き出された、鉛の死神は紙一重でモーリガンをすり抜け、
月代一馬に突き刺さった!
「て、手前っ!!」
銃声と共に、モーリガンの左膝から鮮血が噴出す。
「やったわ! これで、『TMS』の頭脳は停止………ッ!」
その瞬間、モーリガンがみたのは、後方処理課に拘束され連れて行かれる倉敷の姿であった。
事態が収束していこうとしている最中に起きた喜劇。すべてが解らなくなったモーリガンは、洗礼者ヨハネの首を得た
サロメのように狂笑した。
* * *
「一馬さんっ!?」
突然、一馬が狙撃をうけた。声も無く倒れ行く一馬を、テオは抱きかかえる。
彼方では、狂人のように笑い続ける女。
「お、お前はっ!?」
だが、その暇は無かった。携帯しているのは、メスと縫合糸と針、そして消毒液。
これだけで弾丸を摘出し、消え行く命を繋ぎ止めなければならない。
迷っている暇は無かった。
世界の動きも忘れ、笑い続けるサロメに歩み寄る歌姫がいた。
「ピアちゃん!? ここは危険だっ!」
引きとめようとする神宮の手をすり抜け、モーリガンに歩み寄る。膝を打ち抜かれ、奇妙な体勢で笑い
続けるモーリガンの両頬に手を添えた。
「これが、あんたの望みやったの?」
涙を流しながら、モーリガンは笑い続ける。
「倉敷はんは、捕まったし。すべては、終わったんですわ。」
ピアは慈母の様に微笑んだ。
「貴女も…狂った夢から、覚めて下さい」
すべてを包み込み癒す《神の御言葉》。その暖かさに包まれ、モーリガンは瞳を閉じた…。
* * *
状況は、絶望的であった。先日の手術は専門機材と手術室が用意できたが、此度はそのどちらも存在しない。
加えて、慣れない戦闘でテオの体力も限界に来ていた。
「…………最悪だ…………」
誰彼ともなく悪態をつきながらも、両手にアルコールを振りかけ手袋をつける。やらなければならない。
ここで逃げたら、【タタラ】ではなくなる。人としてあがき続けること、それが【タタラ】である。
(……だめだ、意識が集中できない。)
精密作業の組み合わせである手術は、テオの残り少ない体力・気力を削り続ける。
油汗が噴き出し、咥内がやけに乾く。
「 力が、欲しくないか? 希望を現実に還る“奇跡”の力を…… 」
いつしか、幻聴が聞こえだした。これが、運動選手が極限状況で見るという幻覚なのだろうか。テオはふと思った。
(――だが、この人の命を救ってくれるのならば…悪魔だろうが天使だろうが何でも良い、力をかしてくれ!!)
テオは、心の中で叫んだ!!
「 ――――汝の願いを叶えよう。 」
《守護神》だかなんだか解らない存在が、そう答えた。だが、手術に没頭するテオの耳には届かない。
テオの体力は既に限界を超えていた。もはや彼を支えているのは、【タタラ】という名のスタイルでしかない。
祈り続ける人輪の中で、テオは縫合を終えた。
「――――急いで、病院に運んでくれ」
到着し、既に待機していたシルバーレスキューの隊員が、一馬を運んでいく。
それを見届けたテオは、チャペルの階段にどかりと座り込んだ。
「…………悪いが、少し疲れた。 少し休む。」
そう言い残して、全ての力を使い尽くしたテオは二度と醒めることのない眠りについた。
一つのものを得るには代価がいる。
自分一人の命を守ることが精一杯のニューロエイジに於いて分不相応の夢を描いた者達……。
それは、愚かさの象徴なのか。それとも、希望を信じる夢追い人なのか。どう評価されるかは、
最後に生き残れるかどうかである。
夜の明けるとき、望むべき明日を迎えられるのは誰であろうか。それでも人は夢を忘れることはできない。
……人は機械ではないのだから。
<幕間>
みんな、ご機嫌はどうや? うちは、ピア=フィルハート。
職業は歌唄いですわ。名残惜しいですけど…永く続いたこの舞台も、次
回でカーテンコールの時間とあいなりましたわ。
残された刻はほんの少ぅし。
皆はんに、できることは…あと1つですわ。
じゃ、みなはん………貴方らが最後にしたいことは何でしょうか?
R05b-01)この狂った劇に幕を下ろす
R05b-02)この劇を終わらせない/本性を晒す
R05b-03)彼奴の命にも幕を下ろさないとな…
R05b-04)他に、成すべき事がある
それでは、[第6回:黎明は未だ遠い -asa-]でお待ち致しますわ。
▼ 消費神業清算
・テオ 《守護神》 内容:月代一馬を蘇生
〃 《天変地異》 内容:トループを壊滅
・ピア=フィルハート 《ファイト!》 内容:揚の神業を回復
・ 〃 《神の御言葉》 内容:モーリガンを洗脳
・モーリガン 《プリーズ!》 内容:《とどめの一撃》を強要
・倉敷恭也 《買収》 内容:インペリアルパークを掌握
■業務連絡
▼テオ様/モーリガン様
残念ながら、キャストは行動不能となりました。次回、誰かに《神業》で
復活してもらわない限り、退場となります。
退場となる場合は、以下のアクションから選択してください。
R05d-01)最後の力で何かを行う(ただし対決の際は、必ず負けます)
R05d-02)○○(キャスト名)に、最後を看取ってもらう
R05d-03)○○(キャスト名)の回想に登場する
R05d-04)全く新しいキャストで登場する
●参考リアクション
・14th_Moon-Heads.宵待照星