「あーあ。これからどうなってしまうのかしら。」
これから、上層部に上げる最終報告書の下書きを片手に『千早重工』の営業部のデスクに腰掛けながら、鈴希(すずき)はぼやいた。
「沢山の人が、死んじゃったものねぇ。哀しいなぁ〜」
鈴希はためいきをついた。自分では何一つ変えることが出来なかった。【クグツ】の哀愁をただよわせながら……。
「死んじゃった人たち、救いたかったなぁ……」
 
「――“Jungfrau”の御意志だ」
パーティションで区切られた同部庶務課(いわゆる窓際)の【クグツ】達が、隣席の同僚達に小声で囁く。
「“Jungfrau”の御意志は、全てに於いて優先される。」
「脳は確保できているか?」
「……『シルバーレスキュー』を装い、予め回収済。」
「――――直ちに、素体の培養を開始する!」
数人の【クグツ】は“ウィスパー”を使用しながら、意味不明の囁き合いを行っている。
「別働隊は、脳の解凍を開始せよ」
庶務課の【クグツ】達は、同時に机から立ち上がった。
「全ては、“Jungfrau”の為に!」
「Tausende Jahre! Sterne!!」
 
 物語の終わりに、今まで沈黙を保っていた“地上の星”が動き出した。
【星】は無邪気な傍観者。足掻き続ける地上の声は星霜には届かない。彼らは、地上の声を夢想するのみ。
そして……【星】は闇夜の道標。ニューロエイジの道標。
 もちろん、その道標が歪んでいなければ……の話だが。
今、禍々しき夢から、人々は目覚めるときが来た。ニューロエイジの迎える朝はどのような朝であろうか。
 
 
TOKYO NOVA-D to Play.By.E-mail
[第6回:Full_Moon-Heads去夢来朝]
 
 
「さて、私も査察部の人間として後始末をしなければ……」
事の【クロマク】倉敷恭也[くらしき・きょうや]は、収容された病棟で、“医療ミス”により事故死を遂げた。
N◎VAセニットを訪れたクロウ=D=G(クロウ・ディトリッヒ)は戸籍管理部へと足を運ぶ。『千早』という倉敷恭也の存在を消さなければならない。クロウは、裏技を使用した。『軌道千早』の裏ルートを。
「――――後はお任せ下さい。Minister,Krow」
予め、一族が《買収》しておいた潜伏社員に工作資金を渡す。
「まあ、倉敷氏には申し訳ないですが、貴方のやったことは、一【エグゼク】の手に余ることなのですよ。」
 
「あ、クロウ様。探していたのですよ!」
セニットの出口で鈴希が待ちかまえていた。
「クロウ様、『TMS』関係者の医師ですが、意識が戻りません」
「――それで?」
「クロウ様の伝手で、腕の良い医師を派遣して頂けませんでしょうか?」
クロウは、少し困った顔をした。
「鈴希さん。軌道とて、『神』ではないのです。 未だ超えられないものがある。それが、“人の生死”というものです。
 ……貴方も、倉敷氏のように、“永遠”に囚われるつもりですか?」
「それは……」
「人間の歴史は、確かに倉敷が言ったように神を越えることによって発展を遂げてきました。
 しかし、その代償、即ち罪に対しての罰が少なからず我々の先代に、若しくは我々に、もたらされたのだという事を。
それは、子々孫々まで課せられてしまったという事を……。」
そういってクスリと笑う。
「どういう事ですか?」
「さて……種明かしは後ほどにしましょう。手は、尽くしてみますよ」
立ち去るクロウに、鈴希は《ファイト!》を送った。
 
 
*    *    *
 
 
「――依頼は、完了した。」
先日完成した『TMS』の新社屋に揚紅龍(やん・ほんろん)は現れた。
「どうもありがとうございます。 貴方には、ずいぶんと辛い思いをさせてしまいました。私達の不手際の致すところです」
「その件は問題ない。【カブト】は依頼主の代わりに怪我をするのが仕事だ。」
揚の返答を受け、月代めぐみ(つきしろ・−)は微笑む。
「では、お約束通り…報酬をお渡し致します」
数枚のゴールドと、シルバーが1枚。
「……多すぎないか?」
その言葉をうけ、めぐみはクスリと悪戯っ子のように笑う。
「お祝儀です。結婚祝いと……懐妊祝いの☆」
「なっ、何故…それをっ!」
「【アヤカシ】は、何でも知っている……っていう〈都市伝説〉です。
というのは、冗談で。緋山先輩から教えて貰いました」
「!?」
「私も……清和学園の生徒ですから☆」
揚は、すっかり忘れていた彼女のプロファイルを思い出し、愕然とした。
せめて、この少女が…自分の義娘のような御転婆にならないことを祈りつつ……。 
 
 
*    *    *
 
 
「ミッション・コンプリート」
「オールグリーン」
「――よし、培養体を覚醒させる」
暗闇であった世界が、突然輝きを取り戻す……。曲狩剣鍬[まがり・けんしゅう]は、死の世界から呼び戻された。
「こ、ここは!?」
見たこともない医療施設。目の前にはよく分からない機械や設備が大量に陳列されている。
「――素体の覚醒に成功。」
「この素体に関して、“Jungfrau”から指示は出ているのか?」
「一切承っていない。」
周囲にいる、十余人の【クグツ】は、曲狩の質問に応えることはなく、まるでモルモットのように扱った。
「何故、俺を黄泉還らせた!?」
一瞬の沈黙の後、代表格の【クグツ】が応えた。
「“Jungfrau”の御意志だからだ。」
「……“Jungfrau”? それは、何者だ!?」
「――お前風情が知る必要のないお方だ。 それから、言葉は正確に使え。」
「どういう事だ。」
機械が、嘲笑った。
「お前は、蘇生したのではない。DNAデーターを元に培養した器に、回収した脳のデーターをコピーした存在。いわば、クローンだ。」
「俺が、クローン!?」
「――社会的には同一人物だ。身体的能力もほぼ同一である。
……尤も、お前ら【バサラ】が重要視する、魂が同一かどうかまでは責任は持てないがな。」
「貴様ら……っ、俺をどうするつもりだ?」
意識を集中させる。〈元力〉は使用できそうだ。場合によっては、物理的に突破しよう。
そう決めた刹那……
「何もしない。好きに立ち去るといい」
「じゃあ、何のために……俺を蘇らせたっ!?」
「“Jungfrau”の御意向だからだ。 それ以上の指示は受けていない。それだけだ。」
「ふ……、ふざけるなあああああっ!!!」
曲狩は激怒した。人の尊厳を汚し、生物全てに等しく与えられる『死』をも、認められなかった事に……。 今ある自分は…自分のコピー。完全なコピーは、果たしてオリジナルと合一なのか。
 そして最後に曲狩は、実験の終えたモルモットのように、自分の存在価値を否定された。
果たして自分は曲狩剣鍬なのであろうか。 それとも同じ姿をした別の存在なのか。
 【クグツ】は、そんな哲学的な設問に関心を持たなかった。
これこそが、分不相応な夢を抱いた者へ与えられる、生という名の《天罰》なのであろうか……。どちらにせよ、曲狩剣鍬というIDを持った存在は復活したということだけは確かである。
 
 
*    *    *
 
 
よく分からない世界。悪魔に魂を売った【タタラ】、テオフラストゥス=カルマ(−・−)は、己の《守護神》と呼ばれる存在に語りかけられていた。
「我が下僕よ。汝は、我と合一するには…未だ早い。」
「どういうことだ!? それに、お前は何者だ」
「お前が魂を売った存在だ」
「魂を売った?」
「汝は、人を超える業を望んだ。 我は、汝の魂を代償に、その業を与えた」
「で、俺を連れて行くというのか? …好きにしろ。俺は満足しているんだ」
よくわからない存在は、魂から嫌悪感を抱く不気味な笑え声をあげた。
「今宵の宴で、十分な“贄”が得られた。 汝は役に立った。 汝は、今暫く現世にて、我に捧げる“贄”を用意せよ……」
「どういうことだ!!」
意識が覚醒する。
「目が覚められましたか?」
目の前には、黒豹を携えた少年…クロウがロイアルスマイルを浮かべる。
「俺は…………」
「ええ。死んで居られましたよ。」
恐ろしいことを笑顔で云う。
「なぜだ。」
「さて、ね。 悪魔に魂を売った、貴方への《天罰》かもしれませんよ?」
「俺は、地獄に堕ちたってことか?」
「ニューロエイジという。神話の地獄よりも恐ろしい…この世の地獄へ」
テオは、ふうと溜息をついた。
 
 
*    *    *
 
 
「ちわーーーーっス、お約束の品、お届けにあがりました!」
軽快な挨拶と共に、数枚のデーターディスクを片手に“愛と真実の情報屋”ルクセイド=タカナシ(−・−)が、会長室に来訪した。
「……何をしに来た」
「いやーですからね。先日の一大イベントをカメラに納めましたので……納品に来たのですよ」
DAKを拝借して、倉敷の暴挙と抵抗する『TMS』勢という風に〈アレンジ〉した映像が流れる。
「まっ、万が一『千早』さんが強硬手段に出た際に、抑止力として使って下さいな」
「ありがとうございます。 …で、おいくらですか?」
タカナシは、手で額を叩く。
「流石、会長さん。話が早い! 1ゴールドでどうです?」
「わかりました。24時間以内に、口座に振り込んでおきます。
それで、そちらのディスクは?」
「…ああ、これッスか?」
タカナシは、ニヤリと笑いながら、DAKにディスクを差し込む。
アホくさい音楽と共に、POP体フォントで、画面に現れたタイトルは
『 揚紅龍、その愛の軌跡 』
と書かれていた。
「いやー、お二人の馴れ初めから、出来ちゃった婚までをドキュメンタリー風にアレンジした、世紀の傑作ッスよ。 ……みてみますか?」
修羅の形相で、リモコンを奪いにかかる、楊とそれから逃げ回るタカナシ。ソファーに腰掛ているめぐみは、食い入るように映像を見続けていた。
 
 
*    *    *
 
 
「テオ君。無事だったのか?」
「理由は解らない…が」
月代一馬[つきしろ・かずま]は寝台から動くことは出来ない。
「君には、何度命を助けてもらった事になるのかな。
心から、礼を言うよ。」
「――貴方が、私にしてくれた事に比べれば大したものじゃない」
「どうかな?」
「生きる意義を失った生なんて、価値は無い。
……自分から死にたがる奴は、もっと許せないが。」
「―――君は、変わって居ないな。安心したよ」
「どう言うことです?」
一馬は神妙な顔をしながら口を開いた。
「あのとき、君は私を助けるために、“高次の存在”に自らの魂を捧げていた。よく、自我が残っていたものだと。 アストラルにおいて前例の無いことだ。」
「……俺は、悪魔に魂を売って地獄に堕ちた。」
「地獄に?」
「ああ。モラルも正義も何も無い、背徳の温床…この、ニューロエイジという名の地獄に………」
「地獄か。 …そうかもしれん。」
一馬は息をついて 天を仰いだ。
「―――だが、」
「だが?」
「まだ、“希望”が残された地獄だ。」
「姪御さんですか?」
「めぐみは、我々に“未来”を見せてくれる。
……だから、護らなければならない。」
幼き光を護らなければならない。それはいつか、無明の闇夜を照らす優しき月となるだろう。
「俺は、何をするべきだろうか。」
そう思って刹那、失笑した。死にたがる馬鹿を、死なせないようにするだけだ。
「――俺は、嫌な奴だ。」
テオは悪魔のように笑った。その姿は、【タタラ】という悪魔に魂を売った当世の魔法使いであった。
 
 
*    *    *
 
 
「いや〜今回は、派手な事件でしたねぇ〜〜。
まさか、【クロマク】は身内だったとは。ドキドキものですね☆」
『千早重工』社長執務室で、千早雅之[ちはや・まさゆき]と柊という不良役員が談笑していた。
「少しは、勉強になったと思います。」
「いや〜〜【エグゼク】の苦労を満喫いたしましたよ」
「貴方ではありません。」
雅之は珈琲を一口飲んだ。
「月代めぐみです。」
柊は、カップを落としそうになって、慌てた。
(この人は、『TMS』の能力を試していたのか…。
いや、まさか……な。)
「優しく在ろうとするならば、強くなければなりません。 
―――力無き優しさは、ただの自己満足です。」
 
 
*    *    *
 
 
房総にある空港。軌道に戻るクロウを見送りに関係各者が集まった。
「さて、私は…種明かしをしなければなりません。」
全員の視線がクロウに集中する。
「先日、私は軌道人が侵した罪について語りましたが、他でもありません。あの罪によって与えられた罰を背負った子ども、その一人は私が良く知っている方なのですよ……。
 ゆえに今回の一軒は、私もボーイスカウトにならざるをえませんでした。」
「――――どういうことですか?」
鈴希の問いにクロウは応えない。
「皆さんも肝に銘じて置いてください、神が創り給うた我々、そしてこの世界に 存在している全ての生き物は、決して最期には造物主を超えることは出来ないのだと……。
 人を超えた罪には、必ず罰がある。倉敷氏も然りです。」
「クロウ様。貴方は……何を知っているのですか!?」
搭乗窓口に歩むクロウは、振り返り…そして哀しげに微笑んだ。
「種を明かしましょう。
……フフ、私は、今年で33年目の誕生日を迎えるのですよ。
 私は罰を課せられたモノの一人なのですから。」 
「そ、それって……!?」
「さっ、アルクル。いこっか♪」
天に戻る星と、地上の星。互いに何かを失っている。
夢が去りて、朝が来たとき、目覚めた先にある現実はいかなるものであろうか。天にむかって飛び立つシャトルを眺めながら、一同は何を思ったのだろうか。
 
「私は、この世界で生きていけるくらい強くなりたいです!」
めぐみは、シャトルを見上げながら、天に叫んだ。
世界では革命の嵐が吹き荒れている。合理的な強さを求めない者や、“誇り”とかいう“カッパー”にもならない要素に縛られている時代遅れは、淘汰されるであろう。
「――あなたは、きっと楽ではない道を選んでいる。」
揚の問いにめぐみは微笑んだ。
「後悔はしていません。私も、この街がすきですから!」
この微笑みは、きっと沢山の人を惹き付けるだろう。それと同時に、多くの悪徳も。彼女は、荒野に咲く一輪の花なのだ。誰もがこの可憐な花を狙っている。花は美しいが無力である。だからこそ、それを守る者がいる。慕う者がいる。
 ……そして、忘れてはいけない。花がなければ種は実らないのである。
 溜まり込んだ、欲望は限界点を超えた。爆発した欲望の行き着く先は何処であろうか。
 
 ようこそ、完全なる自由の魔都:トーキョーN◎VAへ。
貴方達には自由が用意されている。
 我々は、君たちの欲望を全て受け容れてあげよう。
ただし、我々は、要求に見合った代価は要求する。しかし、我々も無慈悲ではない。無一文の者達にも2つの自由を与えよう。
 それは、生きる自由と死ぬ自由だ。 力があるなら生き残れるであろう。 
 
 この街は、優しさだけでは生き残れないのだ。
 
 
〈終幕〉
 
Thank You All Players.
…and Probably, We want the Revolutionary storm to Detonation.
 
 
 
▼ 消費神業清算
・鈴希      《天罰》    効果:曲狩剣鍬を復活
         《ファイト!》 効果:クロウの神業を増幅
・クロウ     《天罰》    効果:テオを復活
 
▼スタイルチェンジ
月代一馬 【アヤカシ】→【タタラ】 (エグゼク◎/カゲムシャ●/タタラ)
 
 
■業務連絡
この度は、当方の稚拙なるゲームに参加して頂き誠にありがとう御座いました。
感想等を頂けましたら、今後の参考にしていきたいと思います。
 また、皆さんの要望がありましたら、10〜11月より第2回を行いたいとも考えておりますので、その件もふまえまして感想を頂けましたら幸いです。
 
 
 
●参考リアクション
・Full_Moon-Tales.黎明は未だ遠い -asa-
・Full_Moon-Drow.脚切りされたソクラテス
 
 
 
 

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