千早アーコロジー内にある病棟。“療養”という名目で、倉敷恭也[くらしき・きょうや]は収容、隔離されていた。医師、看護士の来訪も稀であり、事実上の飼い殺し状態となっていた。
いくら、独断専行とはいえ、倉敷が『千早重工』にもたらした利益は大きく、一度の手落ちで処断できるものではなかった。機会がが在れば復帰の機会もある。倉敷はそう考えていた。
「倉敷さん。ご面会です」
備え付けのDAKの声と共に、特別室の扉が開いた。
「ハロ〜」
妙に馴れ馴れしい挨拶と、ともにダイチュウ(―)が花束を片手に入室してきた。
「ダイチュウ(よう、気分はどうだい?)。」
「……何をしにきた」
「ダイチュウ(入院したと聞いたから、見まいに来てやったんだよ)」
そういって、アメリカンにおどけて見せる。
倉敷は考えた。この“黄色い悪魔”が自分を殺す気ならば問答無用で襲いかかって来るはずだ。
それに、アーコロジーに危険物を持ち込むことは不可能である。 …とりあえずの危険は無い。
「ダイダイ(病院は殺風景だからな。色をつけるためにこれを持って来た)」
花束を、高々と掲げる。深紅の薔薇は、病室の白壁に、実に映える。
「ダイダイ、ダイチュウ(手前に、礼儀云々といわれたからなぁ〜。今回は、ちゃんと訪問に相応しい体裁が整うように、勉強して来たぜ)」
「ふむ。確かにいい趣味だ。」
「ダイチュウ(まあ、この薫りを嗅いでみろよ)」
差し出されるままに香りを嗅ぐ。本物のみがもつ高貴な
薫りを倉敷は、堪能した。
ガンッ!!
何の前触れも無く、火薬の炸裂音と、花束から立ちのぼる硝煙…。鮮血と脳漿を散らしながら、頭部の欠けた
倉敷が床に転がり落ちる。そして、衝撃で花弁が飛び散った花束の中には、ベネリM3-SUPER90・ショットガンが入っていた。
「ダイチュウ(勉強の成果はどうだ?
花束には、ショットガンを仕込む。伝統どうりだろ)」
(これは、粛正……なのか? いや、それ以前に……
世界は、何故…こいつを認めているのだ……)
思考する葦、倉敷は理由を求めた。 しかし、【タタラ】の誇りを失った男には、それ以前に…脳の欠けた存在に、明確な答えがでるはずがなかった。
「ダイチュウ(どうだ、少しは殺風景じゃなくなったろ?)」
白壁のキャンパスに、今ほどできた深紅のアートを眺めながら、ダイチュウは倉敷に訊ねた。
狂った道化が、舞台に幕を引いた。華々しいカーテンコールの幕裏では舞台の撤収作業が行われている。
その中で、誰知らずに消されて行くオブジェクトが数多…。物言わぬ彼らに僅かばかりの哀悼をささげよう。
次は、我が身かもしれないのが、この街の掟だから。
TOKYO NOVA-Dto Play.By.E-mail
[第6回:Full_Moon-Tales.黎明は未だ遠い -asa-]
「へっ、ここまできたら…大判振る舞いしてやろうじゃないか。」
樞綿彦(とぼそ・わたひこ)は、己の安全を確保するために、落ちぶれたモーリガンに対して
更なる攻撃を続けていた。
「――――貴方が、樞さん…ですか?」
気配もなく、“弥勒”サングラスをかけた会社員風の男が背後に立っていた。
「なんでぇ、お前は?」
その言葉を承けて、男はサングラスを外した。一見【マネキン】に見えなくもないが、その瞳は、そんな軽薄なものではない。王者の風格を湛える肉食の獣の如きである。
「申し遅れました。私、『千早重工』後方処理課の柊勇哉[ひいらぎ・いさや]と申します。」
「こ、後方処理課っ!? 俺が、なにをしたっていうんだよっ!!」
柊は、満面の笑みを絶やさない。
「いえいえ、貴方が弊社の倉敷と関係の深かった女性の追い込みをしているという情報を聞きまして……お手伝いを依頼しに来た次第ですよ。」
「お手伝い…だと? まあ、いいや幾らくれる?」
そう言いながら、樞の中で嫌な予感がする。しかし、ここで弱みを見せるわけにはいけない。
(――企業は下手に出ると、調子に乗ってレートを引き下げてくるからな。此方も強気で行かなければ……。いざとなれば、倉敷の情報を蒔くと脅せばいい。)
「物理的な報酬は、差し上げられませんね。弊社もコスト削減を命令されておりまして」
「巫山戯るな……ッ!!」
樞が激怒したその瞬間、黒服の【クグツ】達が押し寄せ…樞と柊を囲む形で円陣を組んだ!
「話は、最後まで聞いた方がトクですよ。 報酬の代わりに、貴方が倉敷と連んで行っていた行為全てを、不問と致しましょう。」
「そんなの、手前らの一人勝ちだと云ったら?」
その言葉に、柊は腕を組み…真剣に考え込んだ。
「そうですねぇ〜。貴方も“行方不明”になってもらいます。
あー、逃げても無駄ですよ。私の知り合いに、凄腕の【カブトワリ】と【トーキー】が居りますから。物理的にも社会的にも追いかけて見せますよ。」
「……俺のような、小物をいたぶって、何のトクがあるんだよ!?」
それをうけて柊はニヤリと微笑んだ。
「私、一人勝ちって許せないタチなんですよ☆」
「……《不可触》ってわかけ?」
「映画の見すぎですよ。…貴方」
* * *
「吉本君。まことに申し訳ないのだが…」
「はぁ〜?」
吉本憲治(よしもと・けんじ)は直属の上司に呼ばれた。
「実は、先日頼んだ…『重工』への便宜の件なんだけどなぁ……」
「なかったことにしてくれ? ということですか」
「そう、そうなんだ! まことに申し訳ないのだがな…」
にこにこと笑みを絶やさないまま吉本は席に戻った。総務という役席上、上役も知らない極秘文章も吉本は目を通している。倉敷が“医療ミス”で死亡したことも先刻承知済みである。 もちろん、自分は既に安全圏にまで離れている。
「まあ、『千早さん』の下請けですからねぇ〜我々は。 いろんなこともありますよねぇ」
吉本は、へらへらとしまり無い笑い声を出しながら総務部室から退出した。
* * *
「お待たせいたしました。“青い鳥”のデリバリーですぜ!」
神宮桃次(じんぐう・とうじ)は、頑丈な防弾アタッシュケースに詰め込んだ株式証券を
片手にようやく完成した『TMS』新社屋に現れた。
「これは神宮様。ご苦労様です」
秘書のエリザ[−]が神宮を出迎える。
「これは、美人の秘書さん。ご苦労様なことで。 ……で、社長か会長さんに会いたいのだけど。」
「社長は、絶対安静でして…」
「じゃあ、会長は?」
「来客中です」
月代一馬を行動不能にする、モーリガンが考えた策は今になって効果を発揮した。
一馬が今まで行っていた企業運営の執務、即ち照査・折衝・決裁その全てが、めぐみに
のしかかって来ているのだ。
「あのアマ。確実に『TMS』を傷つけていた……っうわけか」
「――その通りとも、いえる。」
受付のDAKに一馬がコンタクトをとった。
「一馬様っ!?」
「――――私が対応しよう。エリザ、部屋に案内してくれ」
「確かに、証券は受け取った。 …で、君の望む報酬は何かね?
と、いっても見ての通りの零細企業だ。 大金は期待しないでほしいのだがね」
一馬のその言葉に、神宮は口を鳴らしながら指を振った。
「そんな、“カッパー”な報酬は結構。 俺がほしいのはね、『TMS』の独占取材権さ!」
「――成る程。 それは、高い報酬になるかもしれないな」
そういいながら、一馬は咳き込む。
「あんた、【アヤカシ】なんだろ!? なんか、こう魔法の力で身体を治せないのかよ!」
その言葉に、一馬は息をついた。
「――――私は【アヤカシ】の能力を失ってしまったのだ」
「なんだって!?」
「【アヤカシ】の持つ魔性の力は、無尽蔵ではない。個人差、いや純度差があるのだ」
「どういうことだ?」
「君は聞いたことがないかね? 【バサラ】の持つ異能力は遺伝的なものであると」
「知らないね。」
「…では、聞きたまえ。我々の力は〈血脈〉と呼ばれる。
つまり、最初の【アヤカシ】…言うなれば、始祖の能力を遺伝的に受け継いでいるわけだ。」
「純度さ…? っていうことは!」
「そうだ。始祖の直系であればあるほど潜在能力が高く、傍流であるほど低い…ということになる。 無論、一般論だがな。
私は、無茶をしすぎたということだ」
「じゃ、じゃあ…あんたはこれからどうするんだよ」
「人と同じように老い。そして死ぬだろう」
「………………」
神宮は言葉を失った。
「それもいいだろう。この身ならば、どのような不穏当な風聞も効力を示さないだろう。」
「【アヤカシ】の存在ってことか?」
「それにな。限られた時間だからこそ、人間は輝けるのではないか?」
神宮はにやりと笑った。
「ああ。そいつは、間違いない!
安心してくれ、社長さん。 まあこの事件は、盛大に社会に《暴露》しておくよ」
* * *
豪奢な黒塗りの高級車の中。かって、モーリガン=ル=フェと呼ばれた女性は、後部座先で手持ち無沙汰となっていた。ピア=フィルハートの“天使の歌声”に心を洗われた彼女は、別人のような淑女となった。
ただ、その代償は・・・全ての記憶の喪失であった。そんなある日、彼女の消息を知るという労執事が現れた。彼女は、促されるままに車に乗った。
「あの・・・。」
「何かね?」
先刻まで紳士然していた助手席の老紳士は、無表情にフロントガラスを見入っている。
「これから…どこに行くのですか? 軌道ってどこですか? わたし、記憶が無くて・・・」
紳士は、小声で何事か運転手に囁く。運転手は、車を路肩につけた。
「すまないが、レディ。 行き先が変更になったよ」
ゆっくりと紳士…いや、【クグツ】は、ゆっくりと懐からSIG“SAUER”ピストルを取り出した。
「レディ、貴方の行き先は…天国だ」
9mmパラベラム弾が弾ける音が、完全防音の車内に響く。無力な淑女となったモーリガンに、
音速を超えて飛来する至近弾をかわすことは出来なかった。
「全ては闇の中…ということだ。」
【クグツ】は“SC−8”保守回線で上司に連絡を取る。
「係長…任務終了しました。 証拠を秘匿し、帰還します」
タバコに火をつけ、既に動かない男女が倒れこんでいる車の中に放り込んだ。
車は周囲のガードレールを吹き飛ばしながら、爆発四散した。それを離れた場所から見届けた【クグツ】は闇に消えた。
後日、車の中からは身元不明の人体らしきものが男女各々1つづつ発見。警察は、はた迷惑な心中事件と判断し、処理をした。
* * *
「ヘヘッ、会長さん。 というわけで、会社をピンチにした現況、モーリガンって女は始末しておきましたぜ」
『TMS』の応接室で、“いらぬお節介”の報告に来た樞を、月代めぐみ[つきしろ・−]が応対していた。
「…………貴方という人は…………っ!」
樞の善意に対し、めぐみは怒りを隠すことが出来ない。
「おー怖い。 しかし、会長さんよう。いいかげん、世界は綺麗事だけじゃ動かないってことを認めた方が良いぜ。なんで、各企業が“企業兵隊”を持つか…解ってるだろ?」
樞は、お茶を音をたてながら啜った。
「だからといって、自分たちも武装すれば、他と同じになってしまいます」
「まあ、俺たちはその方が、仕事が増えて嬉しいけどよ」
めぐみは、机の上にある分厚い封書を無言で手に取り、樞に渡した。
「――――報酬は支払います。 ただし、今後……私の前に現れないでくださいっ!!」
「【エグゼク】としては、大人気ないぜ?」
振り返っためぐみは、【アヤカシ】の貌をしていた。
「……私が、貴方を生かしておく保証がないからです……」
樞は、愛想笑いと見下すような瞳を向け、報酬を片手に立ち上がった。
「まっ、金に人格はつきまとわないからよぅ。 有り難く頂戴致し益すぜ!」
立ち去る樞の背中を、めぐみはじっと見つめていた。
* * *
「――それで、例のものは手に入ったのですか?」
『千早』アーコロジー内の社長私室で、千早雅之[ちはや・まさゆき]はダイチュウと面談していた。
「ダイチュウ(みてくれ、社長さん! ピアちゃんの完全直筆サインだ!!)」
「それは、よかったですね。」
依頼の報酬として手に入れたサインを片手にダイチュウは小躍りしている。
たった一枚の紙切れの代価として、数十人の命が支払われた。ニューロエイジにおける人間の尊厳とは、アイドルの直筆サイン一枚以下の価値しかないものなのか……。
それとも、ダイチュウこそが“新たなる災厄”なのか。千早雅之は、優雅な昼下がりにふと意味もない思惟にふけった。
「今日は、俺の奢りだ!! 店の酒、全部もって来なぁ!!!」
ストリートの高級クラブで、場にそぐわない下品な叫び声が木霊する。
泡銭を稼いだ樞は、子分達を集めて豪遊をしていた。ドンペリ・ロゼが大ジョッキに注がれ一気飲みをされる様を、店の常連達は羨望の眼差しと呆れた顔で眺めている。
「アニキー、サイコーっす!!」
「ゴイスー!!」
「一生、ついてきますぜ!!」
一番レートの高いBOX席に姉ちゃんを侍らせながら、樞は【エグゼク】を気取っていた。
今回の儲けは、尋常じゃない。数年は遊んで暮らせるが、それだけじゃあ勿体ない。もう少し有益な使い方をしたいところだ。
「よっしゃ! この勢いで、会社でも押っ立ててみるかぁ!!」
周囲の大歓声が店を支配した。この悪徳の権化こそがニューロエイジの“悪魔”そのものなのであろう。
* * *
吉本は、誰もいない資料室で、書類整理という名のサボリを決め込んでいた。
「倉敷さんも災難だったよね。
まぁ、現場の動きもわからずに、知識と理想だけで動くから“インテリ”って云うんだろ
うけど。」
缶コーヒーを飲み干し、壁際のダストシュートに放り投げる。
「やっぱり、才能がありすぎるのも問題だよね。分不相応な“願望”を持ってしまうからね。
まあ、平凡なサラリーマンが一番だよ」
懐から、愛妻と愛娘の写ったホロを取り出し、情けない笑みを浮かべる。
倉敷の一件に関して、吉本へのお咎めは一切無かった。彼は、倉敷派の上司の命令で書類を決裁した芋蔓
の末端に過ぎなかったからだ。
あるいは、その立場を貫いたからこそ、彼を咎める証拠は何一つ無い。
「よう、こんな所にいたのか?」
至福の時を邪魔された吉本は、不機嫌に振り向いた。そこには、先日謹慎がとかれたばかりの山本リョウジ(やまもと・−)巡査長が太々しい笑みを浮かべながら立っていた。
「悪いんだがなぁ〜。料金後納でこの手紙を出しといてくれよ。郵便はあんたに頼めばいいんだろ?」
リョウジから封書が手渡される。
「巡査長…。郵便なんてずいぶん古風ですねぇ」
「おう。電子郵便は、ハッキングが怖いからなぁ」
吉本は、封書をみて宛先が書いていないことに気がついた。
「巡査長。宛先が書いてません」
「そいつは、うっかりしてた!! ……急ぎなんでな、超特急便で頼むぜ」
封書を返された、リョウジはカラカラと笑った。ペンで、宛先を走り書きして吉本に放って渡した。
改めて、ミスが無いか点検しようとした吉本は、宛先を見て青ざめた。
「……巡査長、これは一体!?」
「…………そういうことだよ!!!」
その瞬間! リョウジは、太刀を袈裟懸けに振るった! 達人にしか見ることが出来ない神速の《死の舞踏》。吉本の手に握られたまま血溜まりに落ちた封筒の宛先には『地獄の入口 ケルベロス様』と書かれていた。
「じゃ、確かに頼んだぜ! くれぐれも誤送のないようにな!」
何事も無かったかのように、立ち去るリョウジ。この暴挙に対し《制裁》をくわえようという者は居ない。
彼こそが、無法という名の法を守るN◎VAの番人:【イヌ】だからだ。無法を越える法は、この街には存在はしない。
輝かしい栄光の裏には、惨めな敗者が居る。彼らは何故敗者となったのか。
それが望みだったのか。自業自得なのか。理不尽な暴力に対し、抵抗することを諦めたからなのか。
無様に消えゆく者と、黒い栄光を掴む者。その差は何なのであるか?
革命の風は収まった。
だが、忘れてはいけない。大嵐の前に、風が凪ぐと云うことを……。
ストリートに溜め込まれた澱みは、爆発する。
――それは、何をニューロエイジにもたらすのか?
どちらにせよ、このニューロエイジの黎明は未だ遠い…………
〈終幕〉
Thank You All Players.
…and Probably, We want the Revolutionary storm to Detonation.
▼ 消費神業清算
・山本リョウジ 《死の舞踏》 効果:吉本憲司を殺害
《制裁》 効果:吉本憲司を“抹殺”
・樞綿彦 《不可触》 効果:倉敷との関係を揉み潰す
▼スタイルチェンジ
月代一馬 【アヤカシ】→【タタラ】 (エグゼク◎/カゲムシャ●/タタラ)
■業務連絡
この度は、当方の稚拙なるゲームに参加して頂き誠にありがとう御座いました。
感想等を頂けましたら、今後の参考にしていきたいと思います。
また、皆さんの要望がありましたら、10〜11月より第2回を行いたいとも考えておりますので、その件もふまえまして感想を頂けましたら幸いです。
●参考リアクション
・Full_Moon-Heads去夢来朝
・Full_Moon-Drow.脚切りされたソクラテス