N◎VAインペリアルパーク。そこには、N◎VAにおけるあらゆる安息が集約されたいた。ベンチに腰掛け、つかの間の幸福を満喫する人々を見ながら、墓地へと足を運ぶ。
先日、一つの幸せと、血を血で洗う激戦が繰り広げられた。フリュウ(−)は白のカーネーションの花束を片手に歩みを進める。大きな夏椿の木の傍にお目当ての墓があった。
「夏椿の大樹か…。そういえば、釈尊は夏椿の大樹の下で眠りについたのだったっけ。」
夏椿…、その正式名は“沙羅”という。
「きみは、真実を求めていたのだよね。 …それじゃあ、事の結幕を語ろうか?」
花束を墓に捧げ、フリュウは空を見上げた。曲狩剣鍬(まがり・けんしゅう)とだけ書かれた墓碑は何も応えない。
「僕としては、返事が無いのは寂しい限りなんだけど…」
【マヤカシ】の中には、死者の思念と会話する能力を持つものがいると聞く。そのような力があればと、ふと思った。
「――話を聞く相方が必要なのか?」
突然の、返答。フリュウが振り返ると、風で舞い散る沙羅の花びらに紛れて死んだ筈の男が立っていた。
話の最後に、訪れた奇跡。神の如き業。狂い出した運命に哲人達は、理由というものを模索する。
だが、哲人たちの運命は過酷だ。その高尚なる理論は、諸人には理解されない。最初に哲学を唱えた賢人:ソクラテスのように…。
ソクラテスは、何ゆえ生きる道を拒み、毒杯を呷ったのか。学問なき世に絶望したのか、行動を起こさねば世は学問に気付かないと解っているからなのか。ただ確実な事は一つ。ソクラテスは、その世界から脚切りされたという歴史の事実である。
TOKYO NOVA-D
[第6回:Full_Moon-Draw.脚切りされたソクラテス]
ピア=フィルハート(−・−)は、漆黒の簡素な衣類を身に着けた女性を同伴してストリートを歩いている。
「この、『ラルフ医院』は、癒せない病気はないっていう凄い病院なんですわ!
ここなら、モーリガンさんの心の病や、失われた記憶も治すことがきっとできますわ!!」
何かを失ったかのような寂しげな微笑を浮かべる女性を前に、ピアはこぶしに力をこめる。
「あ〜でも、モーリガンって名前は不吉ですなぁ〜〜、なんか幸福を掴めそうな名前に変えたほうがいいですなぁ〜」
ピアは、コメカミに指を添えクルクルと回しながら、うんうんと唸り出した。
(…貴女は、きっと解らないわ)
永劫の闇の中で、モーリガン=ル=フェ(−・−・−)だった思念が語り出した。
(それは、あたしが望んだ事なの?)
「うーん。そうだ! ギネヴィア、アーサー王のお后の名前にしましょう!!」
ピアはポンと手を打ち、その名案に万歳をする。
(少なくとも、私はあなたのような“幸せな人”になりたくはなかったわ)
「ギネヴィア…ですか?」
「そう! あんたは今から、ギネヴィアや! あーきっとアーサー王のような貴公子が迎えにきて熱烈なロマンスになるんや!! うらやましーー!!!」
(貴女は、それで満足かもしれないけどね。
……貴女がしている事は、“自分のスタイル”を“他人”に押し付けているだけよ!)
「あー、うちも白馬に乗った王子様がきてほしいですわぁ〜☆」
(貴女はアーサーを貴人だと思っているの? 彼は只の戦争屋。ローマやイングランドの諸侯から見れば、只の侵略者にすぎないわ。
……そしてギネヴィアは、アーサーの部下:ランスロと不倫をし、最後にはアーサーを捨てるのよ)
その時、二人の前に黒塗りの高級車がゆっくりと停車した。
「モーリガン=ル=フェ、さんでしょうか?」
ブランドもののスーツを見事に着こなした、初老の男が二人の前に降りてきた。
古風な名刺には、軌道千早のとある重役の名前と、この男は重役の秘書であると書かれていた。
「貴女は、行方不明となっていた当家の息女である可能性があります。つきましては主人が是非ともお会いしたい…と申しております。 ご同行頂けませんでしょうか?」
穏やかな微笑みを浮かべる秘書は、優雅にそれでいて考える間もなく彼女を車に乗せる。
「きゃー、ギネヴィアさん…お姫様やったんですかー! 一息ついたら、絶対に連絡してくださいな!」
「――――それでは、参りましょうか」
老秘書に、付き添われ…彼女は舞台から降りた。雑踏の中へ走り去る車にピアは手を振り続けていた。この災厄の世でも幸せは必ずあると信じて……。
* * *
「そう、君は踊らされていたんだよ」
「――誰に。」
「“女大公”アルドラ=ドルファン。君なら解るだろ?」
「無論だ。」
「ここに来る前に、会ってきたんだ。 ケジメをつけにね」
* * *
純白のテーブルクロスの上には、いくつもの料理が並んでいた。人形のように完成されたホス
トがワインボトルを手に給仕をする。
「通ぶった方々には一笑されるでしょうけど、日常消費用のテーブルワインを他国で呑むこと。
これほどの贅沢は無いと思いますがいかがですか? レディ」
“大公”アルドラ=ドルファンは、相槌をうつ。
「それで、これ以上…私に何を求めるの? Sir」
「何も求めませんよ。ただ、話をしに来ただけです。」
フリュウはそう言いながら、雉肉のロースト、プラムソースを口に運ぶ。
「倉敷氏は、更迭。少なくとも『TMS』は生き残りましたわね」
アルドラは、鴨のソテー、オレンジソースに手を付けた。
「倉敷氏の敗因は2つ在ります。 一つは、“ジョーカー”の存在を忘れていたこと……」
フリュウは、傍らにあるチェス盤に視線を送る。
「――チェスには、ジョーカーは存在しませんから」
「それで、もう一つの敗因は?」
ナプキンで口をぬぐい、フリュウはパンを口にする。
「――――“人の進化”を【アヤカシ】に求めた時点で、倉敷氏には勝つ道が閉ざされていたのではないか、と。
僕の理解では、ニューロデッキに見る【アヤカシ】とは“ただ在って変化せぬもの”……停滞の象徴でしょうから、ね」
フリュウは、そういってワインを口にする。
「彼は、“結果”を求めすぎたのよ。 私達の有する千年を越える時がさほど珍しかったのかしら?」
妖かしの笑みを浮かべながら、給仕がグラスに注ぐワインを愛おしげに眺めている。
「停滞を、永遠だと錯覚させる。神話の頃より人を騙し続けてきた【アヤカシ】の手練ですか?
…それとも、人の愚かさですか?」
「――――どちらもよ。」
グラスの内で玩ばれる、若き葡萄酒は、鮮血に瓜二つだ。
「貴方達とて、先人を騙し、あらゆるものを奪って文明を築いて来たでしょ?」
「……全ては、業ということですか?」
ふうと溜息をつき、席を立ち上がりながら、給仕にコートを持ってくるように命じる。
「あら、デザートがまだでしてよ?」
フリュウは、肩をすくめた。
「“ゲーム”は、もうこりごりでしてね。 デザートは、また次の機会…ということで」
給仕が差し出す、コートを羽織りフリュウは、サロン・ド・ドルファンを後にした。
「あら残念。今日のコースはそれにちなんだ、選りすぐりのジビエを用意しましたのに」
「野生の動物と、果物のソース。“ゲーム”と呼ばれる料理法でしたね。
今度、ゲームに参加したくなりましたら、その時に改めて……」
シルクハットを小洒落た風に被りながら、アルドラの掌に接吻する。
「ご心配なく、待つことには慣れておりますわ。……でも。最近、暇を持て余していますの」
フリュウの喉がごくりと鳴った。 紅の塗られたアルドラの唇が妖艶に開く。
「そねねぇ………。百年以内にお願い致しますわ。」
安堵感と、虚無感を胸に、フリュウはサロン=ド=ドルファンを後にした。
* * *
「――――クロマクは、伝説の【アヤカシ】、アルドラ=ドルファンだったということか……」
「そういうことになるね。詳しい背景や思惑までは解らないけど確実なことは一つ……。
君や僕も含めて、この事件の当事者は、アルドラの指すチェスの駒だったということだね」
曲狩は唇を噛んだ。
「僕たちは、“女大公”に躍らされていたわけだ。
どういう奇跡か解らないけど…、君も運良く命を拾ったわけだからさ、出来うることなら…
月代の姫さんの命を狙うのはやめて欲しいのだけど?」
曲狩は、その瞬間…狩人の目になった。
「――――それと、これとは話は別だ」
「それが謎だよ。姫さんが、僕たちに対して何か害をなしたかい?」
曲狩は、天に向けて掌を掲げた。呼びかけに応じ、退魔の太刀が顕れる。
「【アヤカシ】の存在自体が、人にとって害だ。
【アヤカシ】は人の精を喰らって生きる生物、決して人と相容れることは出来得ない。
…例えば俺達が“羊”だとしよう。“羊”は、仲良くしようと寄ってくる“狼”と共生できるか?
……狼は肉を喰らわないと生きていけない生き物だ。」
「――少なくとも姫さんと同志は、人を襲わずに生きていけるように『TMS』を建て、合意と見返りという契約の元で血を分けて貰おうとしている。
それは、【アヤカシ】としては最大限の譲歩じゃないのかな?」
「…彼らの言う理屈はこうだ。『僕は羊と共生したいから羊は食べない。代わりに兎を食べる』。
違いないだろ?」
つまり、目の前の人たちを襲わない。しかし、血を啜るという事には代わらない…ということ
なのか。
「彼らだって、僕たちのように、笑い、泣き、苦しみ……そうやって生きて居るんだよ。」
「――――我々もだ」
つまり、これは“人”と云う種と“アヤカシ”といわれる種の生存競争だというのだろうか。
そして曲狩という一族は、外敵に対する免疫抗体なのであろうか。
「僕たちだって、動物の肉を食べて生きているじゃないか。 動物は尊厳を守られる価値がないのかな?」
「曲狩の一族は、肉は食さない。」
「植物なら問題ない? そういう考えは傲慢じゃないかな? 植物がなければ、僕たちは生きていくことが出来ないよ?」
現代の科学の研究で、植物にも意志があることは発見されている。植物もまた生きているのだ。
曲狩は、反論する言葉を失った。
「君たちは、阿部清明の末裔なんでしょ? 陰陽道の由来ってしっているよね。
陰陽道は、中国の道教・仙道と日本の原始神道が融合して出来たもの。
君たちの祖先だって、他と和して共存共生しているじゃないか。きみだって出来るはずだよ」
しばらく沈黙が場を支配した。
「……月代めぐみがイレギュラーだと云うことは認めよう。ただし、万が一でも直接人の精を
啜ることとなれば、その時は斬る。」
フリュウは、意図を察しニコリと微笑んだ。
「わかってくれたのかな?」
夏椿の花びらが舞うインペリアルパークの一角で、二人の【フェイト】は、契約の握手を交わした。
* * *
「トーキョーN◎VA・シンガーズの時間がやってまいりました! 本日のゲストは、今も人気急上昇中の…ピア=フィルハートちゃんです!!」
観客からの声援を受け、ピアは舞台に上がる。
「そういえば、ピアちゃん。この前、問題を起こした『TMS』って医療会社の宣伝イメージガールになって世間を驚かせたけど。 大丈夫なの?」
ピアはにっこりほほ笑んだ。
「『TMS』は、うちが新人の頃、CMで使ってもろうた恩がありますのや。
それに、あの事件は冤罪だったと、セニットが謝罪したやろ? ちゃんと、ニュースみなきゃいけまへんよ☆
神宮桃次はんっていう、【トーキー】が特番組んでますわ。」
頭をかく司会者を尻目に、ピアはマイクを手に舞台の中央へと歩む。この世界に、ちょっとだけの幸せを贈るために…。
義人は、厭世しながら思惟に耽る。
盲人は、世界の声に耳を閉ざし、己が主張を伝え続ける
愚人は、欲望の果てに闇に消えた。
遊人は、世界の行く末を見定め続ける。
早すぎた、ソクラテス達。脚切りされ、歴史に残らなかった哲人を、哀れむ者は居るのだろうか。
革命が終わり、新たな時代が到来しようとしている。
過ぎ去った嵐の跡には何が残るのであろうか‥…。
天空に在る月は、我々を眺めるばかりである。
〈終幕〉
Thank You All Players.
…and Probably, We want the Revolutionary storm to Detonation.
▼ 消費神業清算
・? 《天罰》 効果:曲狩剣鍬を復活させる
・神宮桃次 《暴露》 効果:この事件のあらましを流し、
『TMS』の名を高める
・
■業務連絡
この度は、当方の稚拙なるゲームに参加して頂き誠にありがとう御座いました。
感想等を頂けましたら、今後の参考にしていきたいと思います。
また、皆さんの要望がありましたら、10〜11月より第2回を行いたいとも考えておりますので、その件もふまえまして感想を頂けましたら幸いです。
●参考リアクション
・Full_Moon-Heads去夢来朝
・Full_Moon-Draw.脚切りされたソクラテス